百鬼の夜に福来る

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
節分の日の里。

鬼面を着けた不思議な訪問者の話。



広場では里の人間も観光客も関係なく寄り添い合い、談笑しながら各々が片手に持った升の中から福豆を味わい、季節と行事を楽しんでいる。

娘も広場隣にある茶屋にて同じように楽しんでいた。

吊り提灯の灯火揺らめく、枝だけの桜木 おうぼくを背に、暗がりにも映える毛氈 もうせん縁台 えんだい かたわらに立ち、家族と同義の見慣れた顔に囲まれて福豆を味わいながら、季節の分かれ目という今日に、時の流れに想いを馳せる。

「ええっ!? ゴコクさま、まだ食べるのぉ!?」

頓狂声 とんきょうごえを上げたヨモギの横に立っていたミノトが「ゴコクさまですから」と冷静に告げ、ヒノエもくすくすと意味深に笑っている。

ゴコクは茶屋席に座り、卓上に置いた大きな升から、浴びるように次々と福豆を頬張っていた。
それを正面から、ヨモギが呆然と見つめている。

「も、もう豆だけでお腹いっぱいになれそうだね……!?」
「まだまだゲコ! 歳の数ならたらふく食えるゲコ! そういえばカゲロウだってもっと食べられるはずゲコ、遠慮するなゲコ!」
「そ、それがしは、もうこのへんで……!」
「ええー! カゲロウさん、全然食べてないよ?」

ほらほら、とヨモギが溢れんばかりに山盛りの福豆が入った升を、目立たぬ片隅に立っていたカゲロウに押し付け、彼は札に隠れた顔の奥で苦笑しながら「ご勘弁を」と傘を持ったまま一礼する。

二人を見ながら小さく笑い、とっくに豆を食べ終えたイオリが、不意に縁台に座っていたハモンの隣に歩み寄って行く。

「おじいちゃんも、ちゃんと食べてる? ボクはもう全部食べたよ!」
「何だ、突然。何粒食べたかなどもう忘れたわ」
「ええ! ダメだよ、ちゃんと食べて! ボク、おじいちゃんにはまだまだ元気でいてほしいんだから!」
……分かっておる、ワシとて、孫の成長をまだまだ見守っていたいからな」

職人気質 しょくにんかたぎのハモンの性格を知り尽くすイオリが、少し驚いたように目を見開いたが、すぐに「ありがとう」とあどけなく、端正に微笑む。
祖父の素直な言葉は、あまりにも貴重だった。

里の人々の様子を眺めながら一緒に笑っていた娘だったが、彼女は升も持たず、ふらりと船着場の方へ足を運んだ。
桟橋に立ち、星々を映してきらきら揺らめく海へ続く大河の水面を見つめる彼女の脳裏には、まだ先ほどの青鬼面の子のことが、ぐるぐると巡っている。

あれは、誰だったのか。
しいたげられて、きっと嫌な思いをしただろう。
早く元気になってくれればと、今や当人には決して伝えられない想いが、心の奥底に回り続けていた。

……愛弟子。はい、これ!」
「! あ……

そんな娘の背中を決して見失うことなく追って来たウツシが、彼女の前に福豆で満ちた小さな升を差し出す。
その表情は、福の神のように満開の笑顔が溢れていて。

「俺、鬼役ばっかりしてたからさ! 良かったら俺と一緒に、最後にパーッと景気良く! 豆まきしようよ! 」
……ふふっ、そうですね。良いですよ」

両手で升を受け取った娘は、ウツシを見上げて小さな笑顔を返した。

この言葉も行為も全て、彼が自分を想ってくれているからこそだと痛いほど理解できる。
高らかに声を出せ、 よどみを吐き出せと。

笑顔のまま、ウツシは自分の片手の升から福豆を握りしめ、大きく腕を振り上げる。

「鬼はぁああッ! 外おぉぉおッッ!!」

天を揺るがし、大河の彼方、海の彼方まで届くのではと錯覚しそうなウツシの大声量。
同時に彼の手から舞った福豆は天高く、星たちと調和した。

茶屋に居た里の人々が「うわあっ!?」と驚声を重ねる中、彼の最も近くに居た娘は、鼓膜を揺るがし脳天までびりびり震えるような彼の声の振動に「ふふふっ!」と笑顔を零す。

そしてそのまま、笑顔で彼から渡された升の中に手を突っ込んだ。

「私だって! 鬼はーーーー外おぉおっ!!」

ウツシの隣で同じように腕を振り上げた娘が、大河に福豆を解き放つ。

彼譲りの呼吸法と声量、体内の酸素を全て吐き出す勢いで、白息混じりに叫んで大きく息を吸った瞬間、寒空 さむぞらの中で自分自身が浄化されていくような感覚に、娘は晴れやかに微笑んだ。

微笑みながら、また升の中の福豆を握りしめて、腕を振り上げる。

「福はぁーーーー! 内ーーーーっ!!」
「いいぞぉ!その調子だ、愛弟子!」
「ね、教官もっ! 鬼はぁああぁー外ぉーっ!!」
「福はぁああぁあッ! 内ぃぃいいいッ!!」

天に昇らんとする、炎の如き情熱と願いの雄叫びが夜闇を貫き、遙か彼方へ響いていく。

船着場の師弟の様子に呆れたように顔を見合わせて笑いつつ、けれど、二人を止める者は里の中に誰もいなかった。

@acadine