百鬼の夜に福来る

MHRウ教×ハ♀。相思相愛。
節分の日の里。

鬼面を着けた不思議な訪問者の話。

燃えるような斜陽に照らされたカムラの里の茜空に、無数の流れ星の如く福豆が飛び交っている。

「鬼はーー外っ! 福はーー内ーーっ!」
「鬼は外ーー!」

白い息と共に天高く燃え上がるような、 ときの声。

節分という今日のために、里の教官ウツシが用意した鬼の面やおかめの面を着けた里の人間と観光客、老若男女問わず様々な人々がたたら場前広場に溢れていた。

皆一様に、片手にころりとした福豆で満ちた白茶色 しらちゃいろの小さな升を持ち、空に、里の人間扮する黒衣の鬼役に向けて福豆を投げている。

里の英雄『猛き炎』と呼ばれし娘も、頭におかめの面を着けて升を片手に、そんな人々の中に混じっていた。今日は狩猟ではなく、里の行事で季節を感じようと考えていたから。

けれど彼女はまだ一度も投げていない。人々の姿を見ているだけで満たされつつあった。

「おにはー! そとーっ!」
「ぐわおおぉっ! やーらーれーたぁーっ!」

やられ声に聞き覚えしかない娘が、既に表情に ほころばせて声のした方に顔を向ける。

広場の片隅に、鬼におかめにモンスターとそれぞれ好きなお面を着けた子どもたちに囲まれた青鬼の面を着けたウツシ。
面を着けているが、彼だけは他の鬼役と異なって、身に纏う装備品がいつものままなので、彼女にはすぐに分かった。

子どもならではの無慈悲な力で福豆をぶつけられながら逃げて行く彼の様子はとても無邪気且つ楽しげで、大袈裟に体を動かしながら、翔蟲でたたら場の屋根上へ軽やかに飛び上がって行く。

それを見た娘も同じ場所を目指して翔蟲を放ち、大地を蹴って宙を舞った。

「ウツシ教官! お疲れ様です」
「やあ! 楽しんでいるかい、愛弟子!」

慣れた手つきで赤鬼面を外したウツシは口元を帷子 かたびらで覆っているにも関わらず、湯気のような白息を吐きながら娘に軽く手を振って、寒さも疲労も感じさせず目尻を下げて微笑む。

彼の笑顔につられるように、娘も口角を綻ばせた。

「鬼役、子どもたちに大人気ですけど大変そうですね?」
「ハッハッハ、そんなことないさ。まあ、 装備品を着けてお面までしてるのに豆が痛いことがあるけどね……! 」

眉を下げて苦笑しながら、ウツシが片手で労るように自らの目元を撫でていく。

「本当にたまになんだけど……お面の隙間から的確に目に当たったりするんだよ……
「それは……凄い狙いですね? ふふふ、見どころのある子たち」
「ハハハ、それは間違いないね!」

悪戯っぽく笑い合った娘とウツシの耳には変わらず、広場から立ち昇るような「鬼は外!」「福は内!」の声が響いて。
季節と共に、今や災禍に見舞われ続けていた里とは思えない安寧を感じながら、二人は同時にたたら場の屋根上から広場を見下ろした。

里を一望できる、里で最も高い場所。

今は空山 くうざんの彼方へ沈まんとする炎のような夕陽が視界を焼き尽くすように眩しく、福豆を投げる人々が皆、輝いて見えた。

「ねえ愛弟子。素晴らしいことだと思わない?」
「え? 何が、ですか?」
「こうして皆で、季節の行事を楽しめるようになったことさ。少し前までは考えられなかったからね」

穏やかに目を細め、ウツシがゆったりと隣に立つ娘の横顔を改めて見つめる。
夕陽を たたえる金色の瞳に揺れるのは、感謝と同等の誇り。

「これも全て、キミのおかげだね。本当にありがとう、我が愛弟子……『猛き炎』よ」
「そ、れは……こちらこそ……!」

清純な感謝を真っ直ぐ告げてくるウツシの方に、娘はぽつりと言葉を返すのがやっとだった。
顔を上げられない彼女の頬は夕陽のせいか寒さのせいか、それとも照れか、耳まで赤く染まっている。

そんな彼女があまりにも愛くるしくて、愛おしくて。
次第にウツシの眼差しは艶やかに煌めき、口から「フフ」と吐息が盛れた。

……ねえ、愛弟子。せっかく、二人きりになれたね?」
「え?」
「恋人になって、初めての節分だし……
「!」

恋人。

確かにその通りだが、こんな場所で突然何を言い出すのかと娘がウツシの方へ顔を上げようとした刹那、その動きはぴたりと止まる。

……ん? 愛弟子?」

少々不満げに、そして不思議そうにウツシが呼びかけると、娘は視線の向きを固定したまま「教官」とひどく低声で呟いた。
察した彼は同じ方向を確認し、彼女と同じものを見て瞬時に、眉を ひそめる。

里の門へ続き存在感を放つ、朱色の太鼓橋付近の路地裏。

薄暗く狭い場所に小さな影が合計三つ、 うごめいていた。
大きさから三人とも子どものようだがその気配は不穏で、明らかに二つの人影が一つの人影を囲い込んで追い詰めている。

「あれは……何をしているんだ……!?」

怪訝にウツシが呟くよりも素早く、娘の体は弾丸のように翔蟲と共に飛び出して行った。

彼女の耳には師が自分を呼ぶ声が聞こえたものの、その声に動きを止めるほどの力はない。

屋根上の彼女の立っていた場所には、彼女が片手に持っていた升だけが残された。

@acadine