ななき
2023-07-07 16:56:27
10699文字
Public 吸死
 

可哀想な同居人

(ドラロナ)フッたくせに手を離せない吸血鬼と、恋人と別れた日は甘やかしてもらえると学習した退治人の話。どっちにも若干クズ要素あり。年齢制限はなくてもいいくらいの性描写あり。(補完ページに進まない場合は)この二人はずっとディスコミュニケーションのセフレのままです。エロの練習でもありましたが、エロむずかしい。
### みつからなかったハピエンを無理やり見つけて3ページ目に追加しました。もやっとした終わりが気になる方だけどうぞ。ジョンは最強なので。 ###
(2023.8.30 加筆修正)


 ◆◆◆

 防音加工のおかげで静かな部屋の中、へたれ気味のマットレスに胡座をかいてドラルクを待つ。明かりは点けていない。俺にはよくわからない、配信機材の電源ランプだけが光っている。
 黒いエプロンは外してくるだろうか。つけたままで来てくれればいいのに。あの紐を解くのはプレゼントの包みを開けるようで楽しい。

 早く来い。自業自得で可哀想なことになっている同居人。
 いつかの明け方、溢れて零してしまった「好きだ」に、顔も見ず「忘れろ、聞かなかったことにする」とだけ返してよこした男。
 フった相手、それも同居人と寝ている最低なヤツ。俺がすり寄れば悲壮な顔をするくせに、拒みもしないド腐れ野郎。
 ……馬鹿で最悪でかわいい、俺の好きなヒト。

 ◇

 この『遊び』の最初のきっかけは、妹と出かける約束ではしゃいだこと。大学が忙しいとかで会う機会も減っていたから、それはもうウキウキだった。ヒマリの隣を歩くなら自分の好みは抑えて、兄らしく大人に見えるよう落ち着いた服にしようか。普段は作家業で人に会うとき用にしている地味な服を並べて思案していれば後ろから声がかかった。
「そんなに浮かれてデートにでも出かけるのかね」
なんて投げてきたアイツは冗談か、いつもの煽りのつもりだったんじゃないだろうか。俺は浮かれたままに答えたと思う。
「そう。すげぇかわいくて大事な子とデート」
 それきり、いつもなら跳ね返ってくる煽りがなかった。無言を訝しんで振り返れば、硬直した同居人がいた。よく回る口は止まり、大げさなくらいの身振りもなく、ただ目を見開いて俺をみていた。元々血色の悪い顔は、さらに血の気が引いてほとんど灰色だった。信じたくないものをみた顔。

 ――勝った、と思った。
 飽きっぽくて我慢が嫌いで毎日を楽しいことだけで染めて生きているこの吸血鬼の執着が、俺にも向いていると確信した瞬間だった。いつかの告白へのにべもない返答は、本当にただ、俺にその価値を認めていないからだと思っていたのに違ったらしい。こんな面するくらいには、俺を自分のものだと思っている。自分勝手なことだ。
 だから、笑いだしそうなほどの高揚の中で俺はささやかな復讐を決めた。受け取ってさえ貰えなかった恋の仇討ちだ。

 やったことは単純。デートなんかじゃないと訂正せず、いもしない彼女がいるように演じただけ。上手くできていたわけもないし、ギルドの誰かにでも話を向けられればバレただろう、そんな程度の嘘。
 それなのにアイツは深く話を聞くことも誰かに確かめることもしなかった。確かめて、情報が補強されるのがイヤだったんだろう。嫌いなものから逃げるクセのあるアイツらしい。

 『彼女』の話をすると、赤い虹彩が細く人外の形に引き絞られるのが嬉しかった。吸血鬼のくせに、オムライスに使う卵を数え間違えたりするのがかわいらしかった。澄ました態度に隠しきれずにチラつく執着の影をみつけるたび、もっともっと欲しくなる。

 どうなんだろうな。一度フってくれたくらいだ。本人はもしかしたら無自覚なのかもしれない。……無自覚なら自覚すればいい。目を逸らしてるなら逸らせないくらいになればいい。自分はアレの特別だと自惚れられるなら、返ってくるのが恋じゃなくたって構わない。
 俺の持っていた手札、本当なら死ぬまで見せるつもりのなかった恋心というカードは既に一度開けてしまったのだから、怖いことなどもうなかった。

 もっとも、嘘をつき続けるのは性に合わなさすぎて長くは続かなかったけれど。
 本当なら、あの決定的な日、嘘は終わりになるはずだった。小さな復讐も気が済んだし演技も辛くなってきた、よし、架空の彼女に退場してもらおう、とよそ行きの服で出掛けて、帰ってきて、落ち込んでいるようにみえるか緊張しながらソファに座って待っていた。
「デートは?」
「フられた」
 会話はそれだけ。茶化して日常に戻してくれるだろうと期待していた。もしかしたら少しばかり甘やかしてもくれるんじゃないかという下心があったことは否定しない。

 結果として、世話焼きな吸血鬼はまんまと引っかかった。
 俺が実は天才的な役者だったのか、見たいものをアイツが見たのか。おそらく後者。泣けないほど傷ついたとでも思ったのだろう。そんな可愛いタマに見えるんだろうか。見えてるんだろうな。五歳児とはドラ公がよく使う罵倒だが、どうも本当に子供のような純粋さを俺に見ている気配があるから。

 抱きよせられ、髪を柔らかく梳かれて心臓が跳ねた。好物でも作ってくれないか程度の期待だったのに、どうも甘やかしの方向性が予想と違うとそこでようやく気づいて、同時に直感した。戻るなら、ガキ扱いするなと拳を振るって逃げるなら、ここが最後だと。
 そうだ。それがわかっていて振り払いもせず、突き飛ばして砂にもせず、胸を締め付ける香りを感じるまま、自分はこんなに欲に弱かったかと愕然としながらじっとしていた。手触りのいいシャツをそっと握れば、視界の端で薄い唇が弧を描くのが見えた。

 慰めてあげると俺を誘う口先ばかりは優しかった。ちっさい赤い瞳は光っているのかと思うほど爛々としていたし、アイツの作るイチゴジャムみたいに煮詰められた執着が、声にも指先にもたっぷり絡んでいて隠せていやしない。笑ってやろうと思った。フった相手に何を、と。
 それなのに。詰ってやろうとした瞬間、恋人にするような優しいキスをされて全部吹っ飛んだ。
 だって、まだ好きだ。
 鼻の奥がツンとして目の前が滲んだ。殺せなかった恋心が、嘘でも慰めでも正気でなかったとしても、目の前の男が、ドラルクが欲しいと叫んでいた。

 胸を押す手に抵抗しなかった。伸し掛かってくる体も重ねられるキスもシャツの中に入り込んでくる手も、ただ、うっとりと受け入れた。
 ベルトに手が掛かったときは流石に抵抗したけれど。どこまで何をするつもりかをさて置いても、フェアじゃない。何に対する公平さかは知らないが。
「大丈夫、大丈夫。痛いことはしないから」
 そんな心配はしていないとは言わせてもらえなかった。喉奥まで長い舌でなぞられて声も呼吸も支配される。上顎を舐められるぞわぞわに気をとられている間に、ベルトは外されズボンごと下着もずり下げられていた。引きずりだされた急所をひんやりした手で擦りあげられてあっさりイってしまったのはしかたないと主張したい。キスだけで痛いくらいだったんだから。
「あっは。まだちょっと触っただけなのに」
 面白くてたまらないという声。わざわざ、俺の出したもので汚れた手を見せつけながら、だ。
 ちかちかする視界とか漏れてしまった声とかいろんな恥ずかしさとかでいっぱいいっぱいになっていれば、目じりの涙を舐めとられ、汚れていない方の手がまた俺の髪を撫でた。
「ああ、泣くな、泣くな。大丈夫だから」
 ゆるゆるとまた上下に擦られれば素直に反応してしまう俺の身体。引きつった高い声が喉から漏れた。身を捩って逃げようとしたけれど、信じられないほど軽いとは言え、自分と同じくらいの身長の男に乗られていれば抜け出すのはそんなに簡単ではない。いや、力任せにはねのけることはもちろん出来た。でもそうしたら間違いなく砂になる。それが嫌だった。望んでいた体温を、自分の拳で崩してしまうことがどうしても、惜しかった。

「だから、全部忘れてしまえ」
 キスの合間の、二センチ先で言い聞かせるような声。忘れる? 何を? と霞のかかった頭で考えて、そうだ、失恋したことになっていたんだった、と思い出した。違う、と言おうとしたが喉も舌も経験したことのない刺激で強張っていてまともな声は出なかった。かろうじて首だけは横に振ったはずだけれど。
……ふぅん」
 この時なぜか滲んだ不機嫌さは、すぐに甘ったるさの向こうに隠れて見えなくなった。
「今だけ、殺すなよ」

 そのまま、俺からは何もさせて貰えなかった。動こうとすると器用に押さえこんでくるのだ。だから、半端に脱がされたまま、手で、舌で、言葉で、一方的になぶられた。半ば無理矢理に何度もイかされて、俺は気絶のように眠ってしまったんだと思う。目を覚ましたら肌は拭われていて、吸血鬼は棺桶の中。

 汚れた服は、洗濯機に適当に突っ込んだ。クルクル回るジャケットをしゃがみこんで見ていたら、寂しさとも悲しさともつかない空虚ですこしだけ泣けてしまった。
 馬鹿みたいだと思う。本当は知っている。吸血鬼の執着は恋や愛とは限らない。でもその表面をなぞるだけなら、恋による独占欲に似ていなくもない。
 本物は手に入らない。対価に差し出せる俺の感情は、すでに拒絶されている。だからこれでよかったじゃないかと考えながら、これでは足りないどうしたって本物がほしい、と心が言う。馬鹿だよな。本当に。
 洗濯機のおかげで、声は棺桶には届かなかったと思う。

 酷い思い出だが、それでも自分を納得させるつもりでいた。慰めてくれたんだろうから。復讐は完遂だ。身勝手な恋心はまだ悲鳴を上げて胸を引っ掻いていたけれど、宥めすかして癒えるいつかを待つ。それで、ビジネスパートナー兼同居人に戻ろう……そう思えたのは、ほんの少しの間だけ。なにもなかったか、なにも覚えていないかのように振る舞うあいつに我慢がならなくなるまでのこと。全部なかったことにされて、どうして慰めだと納得できるだろうか。それだけは、耐えられなかった。

 得意の料理で宥めるのでも、得意の口先で気を逸らすのでもなく、あんな真似をしたのはなぜだ。自分が受け取りもしなかった感情、それが俺の手にまだあることを疑いもしていないからのくせに。どこまで傲慢で残酷なのか。

 関係が変わることを期待したわけじゃない。ただ、このまま逃がしてやるものか、と思っただけ。
 また架空の彼女を作って、ほんの数日でフられてやった。フられたという俺の言葉で、途端に逃げた視線と腕を捕らえて、抱えるようにして引きずり込んだ暗い予備室で尖った耳に吹き込んだ。「全部忘れたい」「抱いてくれ」。
 望み通りにしてくれたあの吸血鬼は優しいのかクズなのかどっちだろう。これでノブレスオブリージュとか言い出したら指差して笑ってやる。だいたい、男同士なのにあっさりできたことを少しはおかしいと思わなかったのだろうか。それとも、それすらわかっていてなんだろうか。

 それから、何度も居もしない恋人にフられている。俺がフられたと言うそのたびに、後ろめたげに視線を逸らす同居人を予備室に連れ込むためだけに。
 ドラルクだって、本当に俺が恋人を作っているとはまさか思ってはいないだろう。でも一度も、この嘘を暴かない。問いただしもしない。俺の気持ちなんてお見通しで、応えるつもりはなくて、それなのに、俺への執着を捨てることもできないんだろう。吸血鬼の執着はそういうものだ。可哀想に、な。

 正しさなんてよくわからないが、健全ではないことはわかる。正しくお互いを思う恋なら、もっと幸せできれいだろう。経験がないのが、悔しいけれど。
 それでもいい、と俺は思うところまで来ている。嘘でも傷ついているのだといえば、ほんの少しの時間、お前が欲しいということが許される。もうそれだけでいい。

 ◇

 ドアの向こう、よく知った吸血鬼の気配がする。物わかりのいい夜の住人のふりに失敗し続けている、かわいそうな同居人の気配が。
 この部屋の中では、ほとんど会話はない。目も合わない。絡みそうになるたびにフイと逸らされる視線にどれだけ胸が痛むかあの馬鹿はきっと知らない。そんなザマでもこの遊びの最後、雄の本能で俺を求める時には、俺の名前の形をした音が落ちてくる。その瞬間だけ、空洞が満たされる……満たされる幻を見る。幻だと理解していても、その音が恋しくてたまらない。

 ドラルクはいつも、ドアを開けるのに躊躇する。
 もし、ノックして飯だと声をかけてきたなら、今度こそ、全部終わりにすると決めている。ただのバディに戻ってやろうじゃないか。
 俺はただ、ドアが開く音を楽しみに待っている。

 小さくドアが軋んだ。廊下の明かりが筋になって差し込む。今日はまだ夕飯は出来上がっていないらしい。
 だから、俺の好きなヒトがもうすぐここに来てくれる。

◆◆◆