(ドラロナ)フッたくせに手を離せない吸血鬼と、恋人と別れた日は甘やかしてもらえると学習した退治人の話。どっちにも若干クズ要素あり。年齢制限はなくてもいいくらいの性描写あり。(補完ページに進まない場合は)この二人はずっとディスコミュニケーションのセフレのままです。エロの練習でもありましたが、エロむずかしい。
### みつからなかったハピエンを無理やり見つけて3ページ目に追加しました。もやっとした終わりが気になる方だけどうぞ。ジョンは最強なので。 ###
(2023.8.30 加筆修正)
ガチャリと音がして調理台から顔を上げれば、ロナルド君が帰ってきたところだった。先日新調したらしい落ち着いた色のジャケットが良く似合っている。私の美しい同居人。予定よりかなり早く帰ってきたその同居人は機嫌が良さそうで……またか、と胃が締め付けられる。
「デートって言ってなかったか」
「フられた」
「……またか」
「まただぜ」
くすくすと笑う横顔に悲壮感は欠片もない。真新しいジャケットが乱暴にソファに投げられる。シワになるというのに。それに目もくれず、ジャケットの中身はキッチンに立つ私の背後へ。肩には形のよいあごがのせられ、腹には太くしなやかな腕が巻き付いてくる。
「飯なに。唐揚げ?」
「これは明日。今日は無いぞ。君、外で食べる予定だっただろう」
「ふぅん」
何が楽しいのか、またくすくすと少しだけ空気が揺れた。
「ジョンは」
「町内EDMフェス」
知ってるくせに。
腰のあたりでエプロンが軽く引かれる。ねだるように、または、そそのかすように。
「なぁ」
耳の後ろで落とされた吐息混じりの囁きは、いっそぞっとするほど艶めかしい。
「……先に風呂行ってこい」
「ん」
今月三回目の失恋で傷心しているはずの男は、同居吸血鬼の首に唇で触れてから離れていった。鼻歌でも歌いそうなほど楽しげに。
その背中から視線を引き剥がし、手元に戻す。
まな板の上には鶏肉の塊が無言で居座っている。温めれば食べられるところまで仕上げる予定だったが、今日はもうその余裕はない。最低限の下拵えだけとしよう。
これを冷蔵庫にしまう頃には、シャワーの音が止んで、ドライヤーの音が響いている。じきにそれも止んで、次に予備室のドアが閉まる音がするだろう。
もう見慣れた。ドアの向こう、配信機材の隣には、いつの間にか引っ張り出されてきた古いマットレス。その上には、傷心を慰めてくれと哀れっぽくきゅんきゅん鳴くくせに、尾が振れているのを隠せていない銀色の獣が待っている。赤い舌で嗤いながら。
……私は間違えたのだ。
◇
あの若造に恋人ができたのは突然だった。コンビ兼同居人の私をして、予兆すらわからなかった。会わせてくれなかったし教えてもくれなかったから、相手は知らない。仕事関係者ではなさそうだったが。
浮かれてデートに出かけるのを見送った日から、毎日のように惚気を聞かされた。作家の語彙をどこかに落としてきた、具体性の欠片もないフワッフワの、でも幸せいっぱいの惚気だ。熱に浮かされて潤み星でも映しているような青い瞳、照れて伏せられる白銀のまつげ、頬には鮮やかな朱をのせて、恋する青年の顔で滔々と。
目の前のココアも、それを淹れてやった吸血鬼のことも目に入っちゃいなかった。そのくらい、ロナルド君は恋人に夢中だった。
それが期間にして一ヶ月、二回目のデートで無残にもふられた、らしい。おそらくは一方的に。夢見がちで柔いところのある男だ、相当堪えたのだろう。いつものように子供みたいに泣くでもなく、悄然とソファに座る姿はあんまりにも可哀想だった。
だからだ。間違えた。
タイミング悪く、そして最悪なことにジョンは外出中だった。他の同居吸血鬼達もスリープ中だったり、水槽のメンテナンスのため移されていたりで不在。つまりは珍しくもふたりきり。
愛の化身たるジョンの力があれば、何でもない日常に流せたかもしれない。いや、そもそもその力を借りられないのなら、からかって煽って怒らせて、喧嘩すればよかった。ここに転がり込んだ初めから、そうしてきたのだから。
それなのに、私は甘やかしてやろうと……違う。傷つけようと、した。
何より自分のことだ、よくわかっているとも。あの時の私は。茫然とソファに座るロナルド君を前にした私は、彼を傷つけたかった。彼を可哀想にした誰かよりも手酷く、二度と癒えないくらいにだ。
靴下にさえ執着する吸血鬼の性質が、銀の十字架よりも私を焼いていた。ロナルド君が一回目のデートに出掛けていってから、ずっと。
恋を、するなんて。私のものだ。私のものなのに。好きだと言った。私を、あんな目で、いまだって。それでも耐えた。幸福であれと願って、願えるうちにと手放す痛みに、奪われる痛みに、耐えたのに。
それだけで死ねそうなほど腹が煮えていた。どこの誰とも知らん人間に心を向けるロナルド君にも、その心を手に入れておいてあっさり投げ捨てた人間にも。
弱った彼を甘やかしたなら、傷つくとわかっていた。――傷ついて欲しかった。さっきまで恋人だった誰かをまだ想いながら、私に慰められてしまう自分自身に、きっと。
可哀想だから甘やかしたいなんて、私の身体より脆い建前だ。
落ち込みきった獲物は、雛鳥よりも無抵抗だった。
そんな世界が終わったような顔をするんじゃない、君を放り出すようなひどい人間のことは忘れてしまえ。そう囁いて抱きしめて、額には小さい子供にするようにキスを贈る。嫌がらないどころか縋りついてくる指がいじらしくて胸が高鳴った。そっと唇にもキスしてやれば、ロナルド君は少しだけ驚いていたように思う。見開かれた青が私だけを映すのを感じた瞬間、どこかで、錠前が焼き切れた気がした。
ねぇ慰めてあげようか。今だけ何にも考えられないようにしてやろう。吸血鬼の甘言に小さく頷いた獲物は、自分から唇を重ねてきさえした。どこで覚えたと詰りたくなるのをこらえてその胸を軽く押せば、絶対に動かせないはずの身体が、あっさりとソファに倒れて ――我に返ったのは、彼が意識を手放したとき。彼が何を言っても追い詰めるのを止めず、何度も吐き出させたもので私の手はどろどろになっていた。デート用だと言っていた新しい服は半端に脱げて色んなもので汚れてくしゃくしゃで、耳の奥には好き勝手に鳴かせた声の残滓。可哀想に。
可哀想に可哀想に可哀想に!! 笑っていたかもしれない。可哀想だった彼が、自分の手でもっと可哀想になったのを見て。経験がないほど残酷な気分で、同時にこの上なく満足だった。
頬に残る涙の痕で頭が冷えて、罪悪感で文字通り死んだけれど。何が慰めてあげようかだ。どこの三流ナンパ師だ。ジェントル違反も違反、切符切られたなら一発免停だ。最っ低。
あの出来事がロナルド君に、最悪な条件付けをしてしまったと悟ったのはしばらく経ってから。
彼が、いつの間にかまた新しく恋人をつくって、あっという間にフられて、私の腕を掴んだまま「慰めてくれねぇの?」と。不可思議に揺れるその青の深いところ、似合わない暗さで澱む期待と欲を掬いあげてしまってからだ。
それから彼は何度も、恋人を作っては別れることを繰り返している。それぞれの恋人との交際期間はせいぜい長くて二週間。最短で三日。そして別れた日には、他の同居吸血鬼達の目を掻いくぐるようにして私の袖を引く。言葉にせずねだるのだ。慰めてくれ、あの時と同じように、酷いことをしてくれ、と。
ピュアな子供が最低のクソ男へ大進化……では、たぶんない。そう器用な男ではないのはよく知っているし、そもそもそんな真似をすれば週バンあたりが容赦なくすっぱ抜く。何より半田君にやんわり水を向けても、話も写真も出てこないのがその証拠。
それでも、忘れるのは嫌だと抵抗した、最初の一人だけは本当だったのかもしれないが。
だから、やっぱりこれは私の間違いだ。
一度は昼の子を昼に留めようとしたくせに、未練がましく手を離しきれなかったこと。彼に嘘を吐かせ続けていること。……昼の世界の恋人より己を望んでいることを確かめたい、なんて、あんまりにも勝手な理由で。
◇
鶏肉が、冷蔵庫の中に収まった。予備室のドアは、とっくに閉まっている。
予備室の前に立つ。
この重いドアの向こうには、舌舐めずりをする獣がいる。私の執着を喰わせろと、銀と青の獣が待っている。
ドアノブに手をかける。
ここで夕飯だといいながら開けたなら、中の獣は良く知った同居人に戻る。そしてその同居人は、二度と幻の恋人との逢瀬にはいかない。当然、私の慰めを求めることもなくなる。そういう男だ。彼が先に部屋で待つのは私に選択権を渡すため。彼なりの優しさで、自覚のない残酷さだ。
ドアをゆっくりと押す。
ただ楽しいから。最初の間違いは自分のせいだから。彼が望むから。今はまだ、彼の隣は空席だから。あらゆる言い訳を脳内で書き連ねる。
……今日はまだ、ロナルド君はフられて帰ってきたから。
背後でドアが閉まれば腕が伸びてくる。
手を取れば、恋しい男がほどけるように笑った。
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