夜明 奈央
2024-05-06 08:15:51
9343文字
Public 中太小説
 

オート・クチュール

ハイブランドの雇われデザイナー×ショーモデル。同じ世界線でうっすら繋がってる短編3つ
*全年齢程度の情事描写あり
2023年5月5日初出



「パリに行きたい」とどちらが先に言い出したのか、今では良く覚えていない。そんなことは瑣末な問題で、その夢はいつしか「一緒にパリに行きたい」に変わっていた。中也がデザインした服を着て、太宰がパリのランウェイを歩く。それが2人の夢になった。
 先に言い出したのがどちらかなんて瑣末な問題だ。先にパリの大舞台に立ったのが太宰だという事実に比べれば、ずっと。

 パリの大舞台を歩く太宰は美しかった。今まで見たどのランウェイよりも凄みがあって、ひと目で中也の心を奪っていった。それは身内贔屓なんかじゃなくて、観客の心だってがっちりと掴んだ。会場の歓声が、拍手が、空気が、それを表していた。
 着ている服をデザインしたのは、中也ではなかった。
 太宰を最も輝かせるのは自分のデザインした服だという自負が、打ち砕かれた。悔しかった。それ以降、中也は太宰とまともに顔を合わせることができないでいる。

 だっせーなー、と自嘲する。そろそろ痺れを切らした太宰が強行突破で乗り込んできてもおかしくなかった。けれどまだ、顔を合わせる気にはなれなかった。

***

 中也に避けられている。
 パリ滞在中にも薄々感じてはいたのだが、太宰が確信を持ったのは帰国後だった。
 パリ・コレクション――通称パリコレ。ファッションの世界にいるものであれば誰もが夢見るその大舞台に、太宰は今回初めて立つことができた。中也がデザイナーとして働くブランドも出展しているが、まだパリコレを任される程ではない。着実に力をつけて徐々に大きな仕事を任されるようになっているから、きっと近いうちに中也のデザインした服だってパリに行けるだろう。
 いつかは中也のデザインした服を着てそのランウェイを歩く。それが2人の夢だ。中也に一歩先を行かれているような気がしていたが、実際パリの舞台に立つのは太宰が先だった。着実に、2人の夢に近づいている。
 だというのに、一体どうしてこんなことになったのか。正直なところ、心当たりがない。
 仕事が決まった時には一緒に大喜びしてくれて、「先越されたな」と悔しがっていた。しばらくして中也も自分のブランドのパリコレ現地入りチームに選ばれて、太宰のランウェイが生で見れると喜んでいた。当日のパフォーマンスもなかなか満足のいく出来だったと思う。
 おそらく避けられているのはその頃からだろう。いつもならショーが終わるとすぐにでも電話がかかってくるのだが、その日は深夜に「良かった」と一言メッセージが送られてきただけだった。その時は仕事が忙しいのかもしれないとそこまで気にしていなかったが、帰国した今でもそれが続いている。
 電話を掛けても出ない。メッセージの返事はそっけない最低限。家にはほとんど帰ってこない。喧嘩をした心当たりはない。せめて話をしないと原因を探ることもできやしない。仕事場に乗り込むという手はあるが、流石にそれは最終手段にしたい。
 帰国してもう4日目。別に、そのくらいろくに話をしないことは珍しくもない。でも、今までで1番の大仕事を成し遂げたのだ。恋人にもう少し喜んでもらいたいと思うのは、甘えすぎなのだろうか。

***

 デザイン画を提出する時は、いつだって緊張する。自分では渾身の出来だと思っているものを提出しているのに、評価は高かったり低かったり色々だ。最近ではなんとなく傾向が読めてきて、コンスタントに一定以上の評価を得られるようになってきた。
 けれどそれが、自分のやりたいデザインではなくて、上司に評価されるためのデザインになっている気がして、もやもやする。その迷いが、今回こそはと思っていたパリコレ用デザインの社内コンペ落ちに繋がったような気がする。
「まずまずといったところかの」
 中也の提出したデザイン画資料をペラペラと捲りながら、上司の紅葉が批評する。長らく大きな批判をされたことはない。同時に、大きく褒められたこともない。
 紅葉が一定のペースで資料を捲っていた手をぴたりと止めた。じっくりと検分し始めたページがどれなのか気になって、失礼にならない程度に覗き込む。それはパリコレ本番の太宰を見て思いついたデザインだった。評価されるかは、正直なところよくわからなかった。
「惜しいのう。これをもう3ヶ月早く出してくれれば今回のコレクションに加えたのに」
 3ヶ月、といえばコレクションに加えるには随分タイトなスケジュールだ。その頃にはショーの構成はほとんど固まっている。紅葉の言葉が本心であれば、相当の高評価だといえよう。
「今回のコレクション、経験を積ませる意味で連れていったが、正解だったみたいじゃの」
 紅葉ににこりと微笑まれて、ようやっと自分が褒められているのだと理解できた。

***

 太宰が帰宅して玄関を開けると、そこにはしばらく振りに見る中也の靴が行儀良く並んでいた。廊下を小走りで通り抜け、リビングに入るとそこには予想通りの顔。
「おー、おかえり」
 明るく挨拶をする中也があまりに通常運転で、太宰は思わずきょとんと見つめてしまった。
「えーと、何か怒ってたわけではない?」
 首を傾げると、途端に中也は罰の悪そうな顔をした。後頭部をがしがしと掻いて俯くのは、中也が言い出しにくいことを切り出す時の癖だ。避けていた自覚はあるのだろう。太宰には特に心当たりはないので、大人しく中也が説明するのを待つことにする。
「怒ってたってより、拗ねてた?」
 拗ねてた? 脳内で中也の言葉を復唱する。
「私が中也のじゃない服でパリコレ歩いたから?」
「違げーよ」
 すぐさま否定の言葉が飛んできて少し安心する。お互いプロの道に足を突っ込んでそれなりに長い。今更そんなことで拗ねられても困る。
 でも、先にパリの舞台に立つことも、中也が私の全部の出番を見られないことも事前にわかっていたことだし、終わってから改めて拗ねるようなことも他にあまり思いつかない。
「手前のランウェイ、すごく良かった」
「ありがとう?」
「今までで、1番良かった」
「そりゃどーも?」
「1番は、俺の服着てる時が良かった」
「は?」
 あまりに予想外の理由で中也の顔をまじまじと見つめる。中也の頬がじわじわと赤くなっていくのを見て、自分の顔にも熱が集まってくる。
「それ、本気で言ってる?」
「本気じゃなきゃこんなこと言うかよ」
 そういえば1番良かったなんて表現をされたのは、直近で中也の服を着て歩いたあのショーだったな、なんて頭の片隅で思い出す。
「それで妬いてたの?」
「妬いてない。拗ねてただけだ」
 どっちでも大差ないような気がするが、本人がこだわっているようなのでそういうことにする。そこで「妬いた」って言われた方が可愛い気はするのだが。
「ああいう大舞台で良い演技ができるってのは手前が良いモデルだって証拠だろ。だからそれを否定するつもりはねぇよ。ねぇけど、ムカつくから今度は俺の服で1番良い演技させてやろうと思って。だから、その、満足いく服ができるまで、顔合わせらんねぇなって……
 黙って聞いていると、中也にいつもの紙袋を渡された。
 こういう負けん気の強いところが、太宰が中也を好ましく思う所以で、この業界で生きていくのに必須の資質だ。慰める必要はないらしい。そんなもの、望まれたってしてやるつもりはないけれど。
「これ、また着ればいいの?」
「おう。今回のは次の会議に提出するつもりだから絶対外で喋るなよ」
 今までになかった台詞に素直に驚く。いつもならここで渡されるのは太宰のためだけに作った服だ。
「まずは、パリコレのメインデザイナーに選ばれねぇと話になんねぇからな」
 それは、ずっと太宰が待っていた言葉だった。
「そうだね。待ってる」
 近い将来に2人の夢が叶うことを願って、太宰は渡された紙袋をぎゅっと抱きしめた。


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