夜明 奈央
2024-05-06 08:15:51
9343文字
Public 中太小説
 

オート・クチュール

ハイブランドの雇われデザイナー×ショーモデル。同じ世界線でうっすら繋がってる短編3つ
*全年齢程度の情事描写あり
2023年5月5日初出

「なあ、これ着てくんね?」
 帰宅するなり「ただいま」より先に出た第一声に、私は「またか」と内心ため息を吐いた。手には大きめの紙袋。
 これは今に始まったことじゃない。今は立派にデザイナーとして認められている中也が、まだ雑用や下働きをしていた頃からの習慣だ。私に着せるためにデザインした服。それはモデルとしても恋人としても大変光栄なことではあるのだが、どうしてももったいないなと思ってしまう。
「着るけどごはん食べてからにしなよ」
「手前は?」
「もう食べた」
「んじゃいいじゃん。食うからその間に着て見せろよ」
「やーだ。着たら絶対そこで手直し始めるじゃん」
 押し問答の末にどうにか言いくるめて食事を始めさせる。その間に紙袋の中身を取り出すと、出てきたのは予想通り仮縫い状態の新しい服だ。次のショーに出しても申し分ない出来だと思うのだけれど、中也は家に持って帰ってきた服は絶対にブランドから発表することはない。守秘義務なんかを考えると仕方がないのかもしれないけれど、やっぱりもったいないなと思う。
 いつだって中也が私のために作る服は最高なのだ。仕事で作る服より絶対に趣味で作る私のためだけの服の方が素晴らしいと思う。1度だけ本人にそう伝えたら「でも手前以外に着てほしくねぇ」と顰めっ面をされた。それが独占欲だと気づいてしまったから、私はそれ以上口出ししないことに決めた。だって可愛らしいじゃないか。
 でも、デザイナーとして伸し上がるなら、もっと貪欲になるべきなんじゃないかとはずっと思っている。
「どうだ?」
「いいんじゃない?」
「だろ? 早く着て見せてくれよ」
「食べ終わったらねー」
 いつもこうやって焦らすけれど、早く着てみたいのは私だって一緒だ。そうして袖を通すと、着る前以上に素敵に見えるのだ。
「な、そこ歩いて見せろよ」
「はいはい」
 開催されるのは2人だけのファッションショー。私は中也のためだけに歩く。玄関からリビングまでの直線が私たちのランウェイだ。
「袖、もうちょいゆったりさせた方が動きやすいか?」
「動きやすさで言えばそうだね。でもシルエットは今の方が綺麗じゃない?」
「んー、そうだよなー。もうちょい考える」
「いいよ別に」
 中也はムッと顔を顰めたが、それ以上は何も言わなかった。きっと私が言外に含ませた「どうせ着ないし」というニュアンスを感じ取ったのだ。
 外では着れない。私は毎年ブランドとの専属契約をしているし、誰かに「どこで買ったの?」なんて聞かれると困るから。
 家でも着れない。正確には着たくない。中也は着てほしそうにするけれど、着ると中也は必ず仕事の顔をするから。お互い仕事とプライベートの境目なんてあってないような仕事をしているから、切り離せるならなるべく切り離したい。
 この問答は何度も繰り返して、どちらも譲らないから話題にあげないのが暗黙の了解になった。
 だから私が中也の服を着るのは仮縫いの試着と、完成品のお披露目の2回だけ。中也がなかなか納得しなくて仮縫いで何度も着ることはあるけれど、それだけだ。少なくとも中也は、そう思っているはずだ。

***

「んじゃな、帰りは金曜日の予定」
「はーい、いってらっしゃい」
……なんか機嫌良くねぇ?」
「えー、気の所為じゃない?」
 中也は今日から3日間の出張だ。見送りの玄関で不審がられるが、気にせず力技で送り出す。そんなにわかりやすいつもりはないのだけれど、中也にはお見通しみたいで自分でもまだまだだなと思う。でも、外にいる間は四六時中猫を被っているのだから、家でぐらい気を抜いても許してほしい。
「今日はあれが着たいんだよねー」
 自分以外誰もいなくなった空間で、ついつい声もステップも弾む。
 中也が出張で家を空ける日と私の休日が重なる日、私は中也のデザインした服を着る。店で売っている既製品じゃなくて、中也が私のためだけに作った服。
 私だって着たくないわけじゃないのだ。最近じゃ浮かれすぎて怪しまれているような気がする。でもたぶん、中也が疑うとしたら浮気だろう。そっちはいくらでも弁明できる自信はあるのであまり心配はしていない。
 クローゼットからこないだ貰ったばかりの服を取り出す。中也は時間があればいくらでも作ってしまうから、中也が作った服だけでクローゼットの一角が埋まってしまっている。お互いの仕事柄ただでさえ服は多いのに。捨てる気にはならないので、そろそろ収納を考え直す必要があるかもしれない。
 さっきまで着ていた服を脱いで、代わりに中也に貰った服を身につける。鏡に映るのは、白のグランパシャツと黒のコットンパンツを着た、上機嫌の私。中也が仕事で作るのはハイブランドのモード系だけど、私に持ってくるのはカジュアルもフォーマルもモードもなんでもありだ。ほとんど着ないとわかっているはずなのに、着心地には随分こだわっているみたいで、どれを着たって休日をのんびり過ごすのに支障はない。
 さて、今日は何をしようかな。鏡に映る自分を見つめる。胸元がなんだか寂しい気がして、手持ちのネックレスの中から1つを選んで身につける。意識せずとも口角が上がって、そんな自分がおかしくて笑ってしまった。だから服が、ファッションが好きなのだ。

 いつの間にか寝てしまっていたらしい、と気づいたのは、もう日が暮れる頃だった。くありと欠伸をして時計を見る。そんなに疲れていたつもりはなかったのだが、1時間近く眠ってしまっていたらしい。
 夜眠れるかな、と心配しながらソファを降りようとしたところで身体の上に覚えのないタオルケットが掛かっていることに気づく。まさかと思って見回すと、ダイニングに座っている中也がこちらを向いていた。
「おはよ」
「あぁ、うん」
 何故出張に行ったはずの中也がいるのか。混乱していると、私が問いかける前に教えてくれた。
「先方でトラブルがあったらしくてな。出張は中止になった」
「そうなんだ。それは大変だったね」
「おう。お陰でいいもん見られたから良いけど」
 中也のにやにやとうるさい視線が向かうのは私の着る服だ。いつかはバレるかもしれないと思っていたけれど、まさかこんな形でとは思わなかった。
「良いでしょ、別に。私が貰ったんだからいつ着たって」
「そりゃもちろん」
 てっきり揶揄われるかと思っていたのに、うるさいのは視線だけだった。それがどうにも恥ずかしい。中也が近づいてくる気配を感じても、そちらに顔を向けることができない。
 中也の手が頬に添えられて、なんだか恥ずかしくなって目を閉じる。すると目尻にキスが降ってきた。照れ隠しで睨みつけると、眼前に柔らかな笑みが広がった。
「けど、時々でいいから俺にも見せてよ」
 揶揄ってくるようなら突っぱねてやったのに、あまりにも素直に請うものだから、私も素直にこくんと頷いてしまった。

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