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夜明 奈央
2024-05-05 13:52:15
28376文字
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中太小説
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いつまでも、君と
太宰卒業後、太宰のアメリカ留学をきっかけに別れた2人が復縁する話。31歳の中太。
※中也が名前のあるモブ男と付き合ってるし寝てるしモブが出張る
明日も、君と
の続き
1
2
3
「日本で仕事が決まったから来月帰国する」
太宰から端的なメッセージが届いたのは年が明け、寒さが身に染みる頃だった。連絡は約2年振りだった。2年の予定だったアメリカ滞在をもう2年延長するという業務連絡のようなものが最後だった。
正直なところ、もう連絡は来ないのではないかと思っていたから、帰国を知らせてくれたことが素直に嬉しい。連絡してきたからには食事ぐらい行ってもいいだろうと思って誘うと了承の返事がきて安堵する。
最後に会ったのは、旅立つ太宰を空港で見送ったあの日だ。恋人として会うのは最後だと決めて別れて、それっきり。
太宰とはもう4年以上会っていない。
「久しぶり。元気にしてた?」
太宰はありきたりな挨拶と共に指定した居酒屋に現れた。あの頃とほとんど変わらない軽薄な笑みを浮かべている。だが少し疲れているように見えて指摘すると「今朝帰国したばっかりだからね」と苦笑いした。
「これ、お土産ね」
そう言って差し出した袋には瓶が入っていて、パッケージには有名なチョコレートメーカーのロゴが入っている。
「手前、俺がこういうの好きじゃねぇって知ってんだろ」
「当たり前じゃない。だからそれにしたんじゃないか」
したり顔で笑う太宰があまりにも以前と変わらなくてどこか安堵した。別れてから会うのはこれが初めてだったから、柄にもなく緊張していたらしい。太宰からはそんな気負いは感じられず、すぐに中也も以前の調子を取り戻した。4年の空白なんて感じられなかった。
自分が食べたい物をそれぞれ注文し、お互いの近況報告に花を咲かせ、太宰の土産話を聞いた。馬鹿みたいな軽口の応酬を繰り返し、ふざけあった。
そんな時だった。太宰が頼んだ揚げ出し豆腐を口に運びながら、さらりと自分の髪の毛を耳に掛けた。そうして帰国後初めて見た太宰の耳には見たことのないピアスが付いていて、中也は言葉を失った。
「どしたの?」
「あ、いや、
……
それ美味そうだな」
「ああ、半分食べる?」
頭を金槌でがつんと殴られたような気分になった。下手くそな言い訳を太宰が信じたのかはわからなかったが、深くは突っ込まれなかった。
昔、まだ付き合っていた頃。中也がプレゼントしたピアスを太宰はずっと付けていた。穴を空けたのも中也だった。出国する時、太宰は確かにあのピアスを付けていた。それが、知らない間に違う物に変わっている。
別れたのだし、4年も経っているのだし、冷静に考えれば何もおかしなことなどない。アメリカで恋人だっていたかもしれない。それなら元彼のプレゼントなんていつまでも付けているわけにもいかないだろう。
頭ではわかっていたが、太宰の態度があまりにも変わらないので、気持ちはいつの間にか4年前までのあの頃に戻っていた。急に突きつけられた現実に、浮かれていた気持ちが穴を開けられた風船のように急速に萎んでいくのを感じた。
ここにいるのは中也の恋人の太宰ではない。
***
何があっても朝は来る。
太宰と久しぶりに再会したあの夜、衝撃にうちひしがれはしたが、家に帰って風呂に入り、一晩眠れば随分と胸の内は落ち着いていた。結局真相は聞きそびれたが、いい人がいるなら良かったじゃないかと思えた。
太宰のいない生活ももう4年だ。別れた直後とか、頻繁に会っていたならもっと引きずったかもしれないが、太宰とのことはとっくに消化できている、はずだ。できていなかったから、あんなにもあっさりと昔の気持ちを思い出してしまったと言われれば否定はできないのだが。それでも、太宰が幸せならそれでいいだろうという境地にたった一晩で辿り着いている。引きずっているという程ではないだろう。
ないよな? と、誰にともなく言い訳をする。
中也には今、恋人がいる。今の恋人
――
田中とはまだ付き合って2ヶ月、出会ってからでも3ヶ月かそこらだ。
元彼に会ったぐらいで咎められる謂れはないが、会ったことは話していない。特別隠しているつもりはないが、話していないのは多少なりとも罪悪感があることの表れでもある。誰かと会う時に逐一報告するような間柄ではないが、もし予定を聞かれていたらきっと“友人”だと濁していただろう。
だが8年付き合った元恋人と会うなどと、今の恋人が聞いて気分が良いはずはない。当然の判断だろう。
太宰とはとっくに終わったし、向こうにやり直す意思がないだろうことも十分伝わった。
自分の未練がましい気持ちをうっかり掘り返してしまったが、結果的にはそれをようやく振り切れそうだ。太宰ともう1度なんていう淡い期待は消え去っていた。
「そろそろ出ねぇと遅刻すんぞ〜」
太宰と4年振りの再会を果たしてから、1ヶ月が経過していた。季節が移ろい、各所で桜の花が咲こうとしている。
あれっきり、太宰との交流はない。恋人の田中とも比較的上手くやっている。再会が幻だったと言われれば信じてしまいそうな程、中也の生活に変化はなかった。
中也は身支度を終え、いつまでも鏡の前で髪型を気にする田中に声を掛ける。すると田中は焦ったように洗面所から顔を出した。
「えっもうそんな時間?」
「おー、先行くぜー」
「いやいや待って一緒に行くから」
「なら早くしろよー」
田中が慌てたように部屋に鞄と上着を取りにいく姿を、中也は玄関先でぼんやりと眺めていた。
田中の部屋に泊まった朝は大体いつもこんな感じだ。田中は髪型やら服装やらにやたら拘る癖になかなか起きない。ベッドから起きるのは中也が何度も声を掛けて肩を叩いてからだ。だからいつもこうして時間ギリギリになる。
本当に置いていったことも何度かある。だがそうするといつまでもぐちぐちと文句を言われて面倒なので、仕方なくこうして待っている。実のところ中也の方が出社時間が遅いので、急かすためにあえてやっているだけなのだが。
田中が玄関に戻ってきたので狭い玄関を譲ってやるべく鍵を開けて廊下へ出る。
天気は快晴。突き抜けるような青空が広がっているのをなんとはなしに見上げる。日中はもう随分と暖かくなってきたが、朝晩はまだまだ風が冷たい。今日も昼間は暖かくなるだろうなと考えていると、隣の扉を解錠する音が耳に届いてそちらへ視線を向けた。
中から現れたのは、なんと太宰だった。
中也はあまりの驚きに口をあんぐりと開けて目を見開くしかできなかった。太宰も中也を認識すると同時にぴたりと動きを止め、中也程あからさまではないにしろ目をぱちぱちと瞬いている。
「えーと、もしかして知り合い?」
お互い何も言えずに見つめ合っていると、靴を履いて玄関から顔を出した田中が2人の様子を見て不思議そうに質問した。
それにいち早く我に返ったのは太宰の方で「おはようございます。彼とは大学の同級生で」とそつのない笑みを浮かべた。田中の視線が中也に向いたのでそれを肯定してやる。
「へー、あ、そういえば中原は母校この辺って言ってたっけ」
田中は明るい笑顔を浮かべた。
施錠を終え、なんとなく連れ立ってエレベーターに向かう。余計なことは言うなという意味を込めて目配せすると、聡い太宰には十分だったようだ。「今日は暖かいですね」などという身のない会話を始めてくれた。
エレベーターで地上に降り立つまでの僅かな時間でできる会話などたかが知れている。大して深い話をすることもなく、行き先違いで別れることになった。太宰は駅、中也と田中は駐輪場だ。
「それではまた」
太宰は人好きのする笑顔を見せて軽く会釈をした。同時に風が吹いて太宰の髪を靡かせ、隠れていた耳が露わになった。
「あ」
そこには中也が昔あげたのと同じ色の石が光っていて、中也は思わず声を上げた。隣にいた田中が訝しげに中也を見た。太宰には聞こえなかったようで、背中はずんずんと遠ざかっていくばかりだった。
「あー、いや、なんでもない」
田中は納得がいかないという顔をしていたが、それ以上追及はされなかった。
***
「今晩仕事終わったら何時でもいいから俺ん家来い」
中也は田中と別れるとすぐに太宰宛にメッセージを送った。程なくして返事が来た。
「家は嫌。21時に駅裏の焼き鳥屋」
太宰のいう焼き鳥屋はまだ付き合っていた頃2人でよく行った店だった。中也の家の最寄駅の裏にあり、店内は半個室のようになっているので人にあまり聞かれたくない話をするのにも都合がいい。
了承の返事をすると「終電までには帰るから」とアピールされ、中也は疑問符を浮かべた。まだ月曜日なので、明日も仕事だった。中也だってあまり遅くなるのは避けたい。21時にスタートすれば、わざわざ宣言しなくとも十分終電には間に合うだろう。事前に伝える必要があるとは思えなかった。
とはいえ、追及する程重要な事柄とも思えなかったので、既読だけ付けてメッセージのやり取りを終えた。
太宰は21時丁度に店の暖簾を潜った。約束の時間が近くなってから来店チャイムの度に個室から顔を出していた中也は、太宰にすぐに気づいて手を振った。太宰も気づいて店員の案内を断り、中也の方へ向かってくる。
「おつかれ」
「おう」
軽い挨拶を交わしながら太宰は首に巻いていたマフラーを外した。程なくしてやってきた店員からお冷とおしぼりを受け取り、代わりに烏龍茶を注文した。
「飲まねぇの?」
「君、飲んでるの?」
「いや、飲んでねぇけど」
太宰に信じられないものを見るような目を向けられ、つい怯んでしまう。これからそれなりに重要な話をしようとしているので、酒に弱い自覚のある中也はノンアルコールに徹している。だが、太宰なら1〜2杯飲んだところで然して問題はないだろう。以前「焼き鳥屋で飲まないなんて信じられない」と言っていたので飲むのかと思っていたのだが。
「食べ物何頼んでるの? 私、夕飯まだなんだけど炭水化物いってもいい?」
中也が了承すると、慣れた様子でメニューをパラパラと捲り、烏龍茶を持ってきた店員に手早く3品程注文を済ませた。受け取った烏龍茶を一口飲み、それから漸く落ち着いたようで「で?」と話を促した。
「で? って」
「呼び出したのはそっちでしょう?」
太宰が剣呑な目を向ける。いきなり本題に入るやり方があまりにも太宰らしくない。らしくない、というより、今までそんな風に大事な話をしたことがない。
どうしていいかわからず、とりあえず太宰が来る前に注文して放置されていたたこわさを口に入れる。鼻にツンとくるわさびの風味をやり過ごしてから、重い口を開いた。
「手前、あそこに住んでるわけ?」
「そうだよ。君は違うよね。お隣さんとは、恋人?」
「まあ
……
」
あまりにも直球で聞かれ、気まずい気持ちになる。太宰に新しい恋人のことはあまり知られたくなかった。別れているのだから、疾しいことなど何もないのだが。
「あいつと交流あるのか?」
「特には。引っ越した時に挨拶行ったぐらい。基本的に生活時間合わないみたいで」
名前も知らない、とあっけらかんと言う太宰に“田中”だと教えてやったが、興味がないようでふーん、と適当に流された。
運ばれてきたラーメンにふーふーと息を吹きかけている太宰を横目に、太宰が注文したねぎまを1本拝借したが、ちらりと確認しただけで何も言わなかった。
もし何か聞かれても付き合っていたとは明かさないこと。
知り合った経緯等は基本的に事実そのままを伝えること。
ただし、聞かれない限りこちらから必要以上に喋らないこと。
この辺りを確認し合い、用件はほぼ終了したかと思われたところで、「それと」と太宰が付け足した。
「もうこんな風に呼びつけたりしないでね」
「なんで」
中也にとっては思いがけないことであったが、太宰にとってはそうではなかったらしい。呆れた、という顔を隠しもせずにラーメンのスープを啜った。
「当たり前でしょ。修羅場に巻き込むのは勘弁してよ」
「修羅場って。友達でも2人で会うぐらいするだろ」
「君と友達になった覚えはないけど」
太宰は顔を顰めた。
確かに友達をやっていたことなどなかったが、なら別れたのにこうして仲良く食事をする関係を友達以外になんと表現するというのだ。
「とにかく、余計な火種は起こさないでってことだよ。普通嫌でしょ。今の恋人がこそこそ元恋人と会ってるなんて」
「まあ
……
」
中也が歯切れの悪い返事をすると、太宰は覚えの悪い子供に言い聞かせるように言った。
「生活圏被ってるんだし、偶然会うのは仕方ないし他人の振りしろとは言わないけど。2人でこんな風に会うのは最後だよ。ましてや家に呼ぶなんて論外」
そこで中也は漸く太宰が「家は嫌」と言った理由を理解した。きっと朝会った時点で中也と田中の関係を見抜いていたのだ。
それからしばらくは無関係の雑談をしながら注文した品を片付け、会計はきっちり割り勘した。2人で食事をして太宰がきちんと自分の分を支払ったのは、中也が卒業して社会人になってからは初めてだった。それが唯一昔との違いのように思えた。
まだ終電には程遠い電車に乗るべく駅へ向かう太宰の後ろ姿を見送る。バイクで来ていたが、あんな話をした後で駅まで送るとは言い出せなかった。
そういえば、あいつ、ピアス付けてたか?
朝の衝撃を今更思い出したが、食事中の太宰の姿を脳裏に描いても、引っ掛かる部分は何もなかった。
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