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夜明 奈央
2024-05-05 13:25:18
14831文字
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中太小説
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明日も、君と
社会人中也×理系(化学系)大学院生太宰の現パロ中太。ナチュラルに付き合ってる乱与が出てくる。みんな+2歳の世界線。続き→
いつまでも、君と
2022年9月3日初出
1
2
太宰は人の気配を感じて目を開けた。すると視界にはペロペロキャンディを口に咥えた江戸川乱歩が飛び込んできて、急なことにびくりと跳ね上がってしまった。太宰の顔を覗き込んでいたらしい。
「お、はよう、ございます」
「うん」
それだけ言って離れていった乱歩を見つめていると、「食べる?」と言ってポケットから飴玉を差し出された。礼を言って受け取る。いちごみるく味だった。だが食べる気にはなれなくて、手の中に握りこんだ。
太宰は研究室の居住スペースに設置してあるソファで寝ていた。時計を見ると7時を回ったところだった。乱歩は朝が早いので、大抵このくらいの時間には来ている。いつもの太宰であればもう起きているか、寝ていても扉を解錠する音で目を覚ますので、不審に思われたのだろう。失態だった。
「昨日は与謝野さんと一緒に帰ったんじゃなかったの?」
「
……
相変わらず仲がよろしいようで」
乱歩は「まあね」とだけ返事をして、全てを見透かすようにじっと太宰を見つめている。
乱歩はこの研究室の特任助教だ。昨年までこの研究室の博士課程に在籍していたので、太宰と与謝野の先輩にあたる。知識が豊富で実験も上手い、頼りになる先輩であった。そして、与謝野とは長く恋人関係にある。
太宰たちが昨夜帰宅したのは22時を過ぎていたから、あまりにも耳が早い。昨夜はどちらかの家に泊まったのかもしれない。
太宰は昨夜、中也と久しぶりに抱き合った。太宰がそう仕向けた結果、空が白んでくる頃まで行為は続いた。最後の方はあまりはっきりと覚えていない。力尽きるように意識を飛ばしたのだろうとは思う。
その気絶だか眠りだかわからないものから目を覚ました太宰は、隣で眠る中也から逃げるように家を出た。思いっきり話を誤魔化した自覚はあったし、きっと太宰が大学へ行こうとしているのがわかれば過保護に引き留められる。
どこへ行こうか少しだけ迷って、電車が動いている時間だったので研究室に来た。鍵を持っているし、シャワーも着替えもあるし、いくらか仮眠も取れるので。
こういう時、学部生の頃ならインターネットカフェやファミレスに入るか、迷惑を承知で友人宅に上がり込むかぐらいしか選択肢がなかったので、ありがたいなと思う。本来の使い方と違うことは重々承知しているが。
中也はきっと、まだ寝ている。
「恋人同士でもさ、強姦は成立するんだよ」
乱歩が首元を視線で示してきて、太宰は罰の悪い気持ちで開いていた襟元をかき集めた。おそらく昨夜中也が付けた噛み跡が残っている。
「すみません、お見苦しいところを」
「僕は別にいいけどさぁ」
先生や国木田くんには見られないようにしなよ。
言外に含まれた言葉を察して苦笑いが漏れた。確かに、国木田はこんなものを見たら卒倒しそうだ。
乱歩は咥えたキャンディをカラコロと鳴らした。
「合意なんで大丈夫ですよ」
「ほんとうに?」
切長の目が細められる。この先輩は察しが良すぎてたまにやりづらい。ありがたい時もあるのだが、こちらが隠したいと思っていることも簡単に見破ってしまう。大抵は見て見ぬ振りをしてくれるのだが、時折こうして強引に立ち入ってくる。
「ほんとですよ。私がお願いしたんです」
事実だった。中也の機嫌を治す方法が、他に思いつかなくて、誤魔化した。自分でももっとましな方法があっただろうと思う。
だから目の前で呆れたようなため息を吐かれると、傷口をぐりぐりと抉られるようだった。
「そんなことしなくても、ちゃんと話し合えばそれで済むんじゃない?」
「そうですかね?」
「そうだよ」
乱歩がガリッとキャンディを噛み砕き、棒を近くのゴミ箱に投げ捨てた。それからこの話は終わりとばかりに鞄からパンケーキの袋を取り出して包装を豪快に破る。
「顔ぐらい洗ってきたら?」
「そうします」
***
中也が目を覚ますと、既に日は高く上っていた。朝方まで一緒にいたはずの太宰は姿を消している。ベッドの上、寝起きの冴えない頭にぼんやりと浮かぶのは昨夜の行為だった。
「ねえ、噛んで。お願い」
太宰は何度もそう強請った。最初は断っていたはずなのに、何度も請われるうちに誘惑に負けた。1度太宰の肌に歯を立てるとそこからは転がり落ちるように歯止めが利かなくなってしまった。
後悔が胸の奥に渦巻く。太宰は痛いのが嫌いだ。だから、普段は傷つけないように心掛けているし、なるべく痛くないように丁寧に行為を進めるようにしている。
だけど生来の性癖というのはそう簡単には覆せないもので、時折ブレーキが効かなくなる。しかもアクセルを踏むのは決まって太宰本人だ。向こうは向こうで何か思うところがあるらしい。
アクセルを踏み始めたが最後、力尽きるまでギアを上げさせる。どんなに酷くしても拒絶の言葉を吐かないどころか、普段は言わないお強請りを繰り返す。「嫌だ」とか「痛い」とか、一言でも言ってくれればきっと正気に戻れるのに。
そうして目を覚ますと、謝るより先に「私がそうしてほしい気分だったんだよ」と痛々しく笑ってみせるのだ。許してほしいわけじゃない。優しくしたいし、そんな無理に笑った顔じゃなくて、楽しくて笑ってる顔が見たいのに。
欲望のままに貪った太宰の身体を思い出す。きっと今は大学だ。大丈夫だろうか、と考えながら、中也に心配する資格があるのか不安になった。
***
「体、平気か?」
昼食時、端末を確認すると、中也からのメッセージが入っていた。午前中、見るのが怖くて結局1度も確認していなかったが、届いたのはつい10分程前だった。起きたところなのだろう。
「なにかあったのか?」
すぐに既読をつけるのがなんだか悔しくて通知画面を眺めていると、正面に座った国木田に不思議そうに尋ねられた。
国木田は同じ研究室の同級生である。研究室に配属されるまではお互いに顔と名前は知っている程度で大した交流はなかったが、今ではこうして2人で昼食を食べるような仲である。といっても食べるのは学食であるが。
「え?いや」
「なにもないならいいんだが。睨んでいたからなにか良くない知らせでも入っていたのかと思った」
「あー、いや、そういうんじゃないから大丈夫」
この生真面目な友人は不器用ながらもこうやって度々太宰のことを気に掛けてくれる。目の前で学食の唐揚げに齧りつきながらも心配そうな視線を向けてくれるから、なんだか申し訳なくなってしまった。
「昨日、ちょっと恋人と喧嘩しちゃってね」
喧嘩なのだろうか、とは思うが、便宜上そう表現した。乱歩に指摘された辺りのことは省き、与謝野との帰宅現場を目撃されて浮気を疑われたことを掻い摘んで説明すると、国木田の顔はみるみるうちに曇っていった。
「それで、ちゃんと謝ったのか」
「謝ってはないかなぁ。だって疾しいことはないし」
「浮気じゃなかろうとお前が悪いんだからちゃんと謝っておけ」
「えー、いや、私は悪くないでしょ」
「疑われるのは信用されていないからだ。信用されていないのはお前の日頃の行いが悪いからだ。つまりお前が悪い」
はっきり言い切られてしまって返答に窮する。それはそうなのかもしれないが、ならどうすれば良いというのだ。途方に暮れているのがわかったのか、国木田は呆れたという顔を隠しもせずに言った。
「日頃からちゃんと相手を大事にすることだな。態度でも言葉でも」
クサい台詞を臆面もなく言い切った国木田をまじまじと見つめてしまったが、太宰は悪くないだろう。
「それ、国木田くんにだけは言われたくなかったなぁ」
国木田独歩、24歳。彼女いない歴=年齢の、学問の徒である。
***
太宰は結局、中也からのメッセージに既読を付けただけで、返事はしなかった。朝まで抱き合った身体は正直ガタガタで、とてもじゃないが「大丈夫」と言えるような状態ではなかったし、真実を伝えれば気に病んで迎えにでも来そうだった。
メッセージなので嘘ぐらいいくらでも吐けるのだが、なるべく嘘は言わない、というのはあまり会えなくなってから太宰が密かに心に決めていることだった。だからといってなんでもペラペラ話すわけではないけれど、それはそれだ。人間誰にだって隠したいことの1つや2つあるものだし、言わない方がいいことだってたくさんある。すべてを曝け出すわけではないからこそ、それは太宰なりの誠意だった。
そんな決意を、中也に伝えたことはない。
ちゃんと話し合うように言った乱歩と、大事にしろと言った国木田の顔が思い浮かぶ。
太宰としては精一杯大事にしてきたつもりだった。
恋人がいて、その恋人を大事にしているというのを公言しているし、女の子からデートに誘われてもちゃんと断る。大学関係は無理だがプライベートの予定はできる限り中也を優先するようにしているし、中也が家に来るという日はなるべく早く帰るようにしている。一緒にいられる時間が減ってからは特に。
他にも、ごはんを作ってくれたら美味しいと伝えるとか、貰ったプレゼントは大事に使うとか。些細なことかもしれないけれど、今まで付き合ってきた他の女の子たちなんかとは比べ物にならないぐらい大事にしている。
だって、別れたくないから。
研究室に配属されてすぐの頃、与謝野に突かれて恋人がいると話したら「頑張りなよ」と言われた。意味がわからなくて聞き返したら、「別れる奴多いんだよ」と教えられた。それはそうだろうなと納得した。
生活スタイルが変わって、人間関係が変わって、完全に今まで通りとはいかないだろう。その頃にはもう中也といると居心地がよくて、手放したくないなと思っていたから、それなりに努力してきたつもりだった。
伝わってないのかな。たぶん、そうなんだろうなと思う。好きとか、愛してるとか、言った記憶はあまりない。それこそ付き合うようになる時に、言ったかもな、程度である。
でもそれは中也も同じだ。元から軽々しくそういったことを口に出すような関係ではなかったが、一緒にいる時間が長くなるにつれて、重要なことを言葉にしなくなっていったように思う。
家に帰って玄関を開けると、出汁と味噌の良い香りが漂っていて、途端に忘れていた空腹が顔を覗かせた。
扉の開閉音に反応して、中也が出迎えてくれる。
「おかえり」
「ただいま」
それから首の後ろに手を回して引き寄せられ、キスをした。
「返事なかったけど、平気なのか?」
「あんまり」
「なら言えよ。迎え行くのに」
「そこまでじゃないから大丈夫だよ」
納得がいかないようではあったがそれ以上は追及されなかった。
「飯、食うだろ?」と言って踵を返したので、「お腹空いた」と答える。中也は「待ってろ」と優しく笑って夕食を温め始めた。
野菜炒めに味噌汁、白飯、それから卵焼き。中也が作った夕食を2人で囲む。
中也の作る卵焼きは甘い。太宰の家の物はしょっぱかったから、甘い卵焼きは中也と出会って初めて知った。最初は予想外の味にきょとんとしてしまったけれど、中也の作るそれがふんわり甘くて美味しくて、それからずっと太宰のお気に入りだった。
太宰が毎度美味しいと言って笑うから、いつの間にか中也が謝りたい時の定番になった。中也が「ごめん」のつもりで卵焼きを作って、太宰が「もう怒ってないよ」のつもりで「美味しい」と言う。自分たちの間にあるのはこんなのばかりだ。
昨日だって、結局中也が何を求めていたのかはっきりさせないままだ。ずっとそうやって、真面目な話をするのを避けてきた。
だから太宰は、それを変えようと思った。
「私、中也に謝りたいんだけど」
2人揃って座ったと同時に切り出した。せっかく温め直してくれたのに、冷めてしまうなと申し訳ない気持ちが湧いてきたけれど、食べ始めるといつもみたいに有耶無耶にしてしまいそうだった。
中也にも太宰の意図が伝わったのか、箸を取ろうとしていた手を止めた。
「昨日は、誤解されるようなことして、ごめん」
まさか太宰がその話を蒸し返すと思っていなかったのだろう。中也は訝しむように目を眇めた。
「別に怒ってない」
「怒ってたでしょ」
「怒ってないって。そりゃ、最初はちょっと頭に血が上ってたけど、手前が本気で浮気するつもりならもっと上手くやるだろうことぐらいわかる」
なんだかよくわからない信頼を寄せられているようで、複雑な気分になる。浮気なんてするわけないとは思ってくれないのか。国木田の言葉が頭を過る。
「でも、嫌だったでしょ」
「そりゃ、面白くはねぇだろ」
「じゃあやっぱり謝らせてよ」
中也が拒否しないので、小さく「ごめん」と告げた。中也も戸惑っているようではあったが、「おう」と了承の意を示した。
こんな風に仲直りするのは初めてかもしれない。謝りはしたが、空気が重い。
きっとまだ、話すべきことが残っている。それはわかっているけれど、遠慮しあって結局気まずい沈黙が落ちた。口火を切ったのは中也だった。
「それより、俺の方こそ、悪かった。痛かっただろ?」
視線だけでガーゼを当てた首元を示された。
「大丈夫だよ。っていうか、私が『噛んで』ってお願いしたんだし」
「やめろよ、そういうの。俺は手前を、あんな風に抱きたくなんかない」
はっきり拒絶されたのは初めてで、胸がぎゅうと引き絞られる。
「痛いの嫌いな癖に煽ってくるってことは知ってんだろ。俺がそういうので興奮するって。でも、どうでもいい奴相手ならともかく、手前のことは、大事だから。大事にさせてくれよ
……
」
「
……
ごめん」
誤魔化そうとして安易な手段を取った自分が恥ずかしくなる。
いつも「ごめん」の卵焼きと、申し訳なさそうに指先で優しく傷跡を撫でるだけだったから、たまにはああいうこともしたいのだと思っていた。どうやら違っていたらしい。
「もう2度としないって約束してくれ」
「わかった。約束する」
たぶん、と心の中でだけ付け足した。中也がもしも太宰に飽きてしまったら。その時、まだ太宰が中也を繋ぎとめていたいと思っていたら。もしかしたらするかもしれない。
でも、少なくとも中也が大事にしようと思ってくれている間は、しないと決めた。
「それと、その、」
てっきり話は終わりかと思っていたのだが、続いた言葉が意外で俯いていた顔を上げた。
「俺とのこと、ちゃんと考えてほしい」
はっきりと意味がわからなくて視線だけで詳細を促す。
「これからも俺と一緒にいる気があるのかとか、卒業した後どうするつもりなのかとか、そういうこと」
「別れるつもりはないよ」
「俺だってねぇよ。けど、いつまでも学生でいられるわけじゃねぇんだからさ。ないなら余計に、考えてくれよ。将来のこと」
「それって、つまり
……
」
結婚とか、そういうこと?
続く言葉は喉の奥に呑み込んだ。だってそんなこと、まだずっと先のことだと思っていた。太宰の周りに、同年代で結婚している人なんていない。連絡先も知らない小学校の同級生が結婚したと風の噂で聞いたぐらいだ。
「昨日、同期の結婚祝いだったんだ。俺だって考えるんだよ、そういうこと」
「そっか」
ごめん、と、つい口に出そうになって、なんだか違う気がして押し黙った。
「別に、すぐじゃなくていい。手前が卒業するのもまだ先だし。けど、もうそろそろ、遊びで付き合うのは終わりにしたい」
「わかった。私も、ちゃんと考える」
口にしながら、でも何をどう考えるのかははっきりわかっていなかった。別れたくない、これからも一緒にいたい、とはぼんやり考えていたけれど、その程度だった。
中也は少し罰が悪そうに自分の髪をぐしゃりと掻き乱し、付け足すように続けた。
「一応、言っとくけどさ。手前が考えた上で、やっぱ俺とは無理だとか、女がいいとか、そんなんあったら言えよ」
太宰が思わぬ言葉に驚いて中也を見つめると、様子を窺うようにちらりと視線だけが太宰の方を向いて、すぐに逸らされた。
「手前が嫌だっつったところでそんな簡単に諦めるつもりはねぇけど。でも、考えるって、そういうことだろ」
「そう、
……
だね」
2人の間に再び沈黙が落ちた。
お互いに別れるつもりはないと確かめ合った直後にこんな話になるとは思っていなかった。でもきっと、中也はずっと、こういうことを考えていたのだろう。最近の中也の嫉妬深さはきっと、何も考えていない太宰への焦りの現れだ。
中也は俯いたまま顔を上げない。太宰は身を乗り出して、その頭に手を伸ばした。先程中也が自分で掻き乱した髪を整えるように梳き、食卓が邪魔で結局回り込んで両手を伸ばした。
近づいて抱きしめると、ようやく中也が顔を上げる。こつんと額同士を合わせる。
「好きだよ、中也」
囁いて口付けると、中也の両手も背に回された。そのまま太宰の胸に顔を埋める。
「俺も、好き」
くぐもって聞き取りづらかったが、それでもちゃんと太宰の耳に届いた。
「少なくとも、しばらくは別れるつもりはないよ。毎日は無理だけど、明日も、来週も、1ヶ月後も一緒にいたい。私だって、そんな簡単に中也を手放したりしない。
……
できない」
「そっか」
背に回された手に力が込められて、額をぐりぐりと押しつけられた。太宰もそれに応えるように両手に力を込めた。
食事を終え、順番に風呂に入った後のことだった。ドライヤーをかけている間、太宰は斜め後ろからの中也の視線をずっと感じていた。電源を切ると同時に中也の右手がするりと太宰の首筋に伸びる。その指先は昨晩中也が付けた歯型を優しく撫でた。
「なあ、ほんとに大丈夫か?」
振り返ると、中也の不安そうな目とかち合う。なんだか太宰が思っていたよりずっと中也は気に病んでいたようだ。
「まだちょっと痛いけど、大したことないよ」
嘘だろ、と言いたそうな視線がおかしくて口元がむずむずする。
「私、痛いのは嫌いだけど、中也に痕付けられるのは、嫌いじゃないよ」
中也は息を呑んで、それから天を仰いだ。その様子がおかしくて、結局くすくすと笑いが漏れた。
嫌そうに顔を顰める姿がさらに笑いを誘う。こういう時、下手に反論するとさらに調子に乗ると知っている中也は唇を引き結んだまま太宰の笑いが収まるのをじっと待っていた。
「今度から痛くねぇやつ付けてやるから」
「それどんなの?」
純粋な好奇心で尋ねると、右手がするりと太宰の左耳を撫でた。
「なあ、指輪はできないんだっけ」
「実験中はね」
「じゃあ、ピアスは?」
太宰の耳に、穴は開いていない。
「中也が開けてくれるの?」
想像して、なんて素晴らしいのだろうと思った。だってそれなら、歯型と違っていつまでだって残る。
「手前が付けてくれるなら」
なんだか嬉しくなって耳を撫でる手を取り、その手のひらに口付けた。
「もちろん!」
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