【あしゅやよ】一足お先に

VTネタであしゅやよのお話。当日前の準備話ともいう。


バレンタインデー当日。ランドセルの他、トリュフチョコレートの小箱たちが敷き詰められた紙袋を持つ夜宵を黒阿修羅が玄関先で見送る。
いつもと少しだけ違う見送る光景。ひとり留守番する寂しさはあれど、いつもと変わらずいい子に待ってるよ、なんて意味合いを込め手を振ろうとした黒阿修羅の手にモノトーン調のシックな色合いの小箱が軽く押し付けられた。反射的に掴み、渡した相手を見れば履き終えた靴の爪先を三和土にトントンさせていた。
「お姉ちゃん、これ」
ランドセルを背負った小さな背中に問い掛ける。ゆっくり振り返り特徴的な夜宵の瞳が玄関の段差も相俟って上目遣いで黒阿修羅を見詰めた。
「バレンタインデーのチョコレート」
「チョコッ!」
刹那、黒阿修羅の脳裏を過っていく味見をさせてもらって美味しかったトリュフチョコレート。あの美味しさをまた食べれる喜びに貰った小箱を掲げた。
黒阿修羅が喜び掲げている小箱を夜宵が指さす。
「君のだけ特別」
「とくべつ?」
「そう」
夜宵に言われ興奮していた気持ちをちょっとだけ落ち着かせた黒阿修羅が小首を傾げた。
あ、これは分かっていないな。そう夜宵の目が物語るも登校時間も近付いているので一度緩やかに瞬きをして踵を返した。
玄関のドアノブに夜宵の小さな手が掛かったのを見るや、慌てて黒阿修羅が見送りの言葉を口にする。
「いってらっしゃいお姉ちゃん」
夜宵が開けかけた玄関扉を閉め、ドアノブに手を掛けたまま振り返り優しい声音で言葉を紡ぐ。

「──今は二人っきりだよ黒阿修羅」

黒阿修羅は夜宵が何を云わんとしているのか分かった。名前を呼んでくれる声に胸の奥があたたかくなり体がふわふわする。そんな幸せな気持ちを込めて大好きな人の名前を弾ませ舌の上に乗せた。
「いってらっしゃい”夜宵”お姉ちゃん」
相変わらず表情の乏しい夜宵だったが、手を振る仕草や仄かに血色の増した頬に黒阿修羅が元気よく手を振う。
見送りが終わり、夜宵が帰ってくるまで彼女の自室で待つ黒阿修羅は早速綺麗に包装された小箱を開封した。等間隔で仕切られた箱の中、互い違いに入れられた白と黒のトリュフチョコレートが黒阿修羅を胸を張って見上げていた。
黒阿修羅が味見したものとは全く違う。艶のあるトリュフチョコレートは皆小洒落たライン模様が描かれ、一目で手が凝っているのが窺えた。
その中のひとつ、ホワイトチョコレートでコーティングされたトリュフチョコレートを摘み一口で頬張った。コーティングされたチョコが歯に当たり砕かれる小気味よい感触。口の中の熱さで蕩けだすなめらかな甘み。
食べられる数は箱に収まっている分だけなのを自分に言い聞かせ黒阿修羅は大事に味わった。
「(おいしい、なんだかお姉ちゃん達と一緒に食べたのよりすっごくおいしい……)」
ゆっくり食み舌の上に広がる味が完全に無くなってから黒阿修羅は次のチョコを摘まんだ。食べれば消える勿体なくて悲しい気持ちが、早く食べたい気持ちの手を繋ぐ。
空になってしまった小箱がローテーブルの上に置かれ、膝を抱えるかたちで黒阿修羅が体を横にした。
「食べ終わっちゃった」
黒阿修羅にしてはかなり時間を掛け味わって食べたが、食べれば無くなる当たり前な事だとしても気持ちがしょんぼりしてしまう。
常時閉めっぱなしのカーテンと電気を点けていない室内は昼間でも薄暗く静かで物事を考えるのには丁度良かった。
「お姉ちゃん、僕のだけ特別って言ってた」
ふと思い出す朝の光景。不明瞭でなければノイズも掛かっていない真新しい記憶のフィルムを昏く黒い夜の川のような瞳が眺める。夜宵の特別と言ったシーンをくり返し巻き戻しては再生をする。
そして、あの時はチョコを貰って舞い上がっていたため理解しきれなかった夜宵の言葉の意味を黒阿修羅は理解した。
「あうぅ
体中がこそばゆくてたまらない。どうしようもないくらい兎に角体を動かしたくてたまらない。
でも、何よりも──。
……お姉ちゃんのこと、ぎゅってしたい」
抱き締めたい衝動を膝を抱え誤魔化すも無理そうだ。熱に浮かされた黒阿修羅の目は此処からじゃ到底見えない夜宵の小さな背中を見続けた。







「あのチョコまた食べたい? 作るとしたら来年になるけど我慢できないならこれあげる。詠子作チョコフォンデュパーティで使えきれなかった分。味は一緒だから美味しい」
夜宵が未来の猫型ロボットよろしく瓶詰にされたチョコレートを貰った黒阿修羅は何か言いたげな面持ちになりつつも素直に彼女から受け取ったそれを上手い具合に違う用途で使用して二人揃って甘いひと時を過ごしたのはまた別のお話。