つなみ正登/ぱるこ
2024-04-28 08:50:55
11574文字
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きみ呼ばう星 後編1 (水上×王子)



 ランク戦後の反省会の後、個人的な用向きで開発室に出向いた蔵内が作戦室に戻ってくると、そこにはまだ隊長の王子だけが、茶器を用意して優美なティータイムと洒落込んでいた。
 扉に背を向けて座る彼の耳にはイヤホンがあって、すぐには蔵内には気が付かなかったようだった。
「王子?」
「ああ、なんだ、蔵内か。直帰かと思ったよ」
「忘れ物をしてな。……どうした」
 蔵内は王子の長い睫毛がかすかに濡れていることに気づいた。
「いや、いい話だなと思って」
 と耳からイヤホンを外す。
 外したそれからはかすかに拍手の音が洩れ聞こえてくる。客を入れた何らかの演芸か。
「きみも飲むかい?」
「ああ」
 カップを掲げる王子に蔵内は頷く。
 蔵内は、高校生活最後の芸術鑑賞会でミスサイゴンを観て、隣の神田が苦笑いするくらいに号泣はしたが、王子がそういう質とも思えなかった。
「落語のCDだよ。人情噺のね」
「落語?」
「ああ、テヘペロキューピー宅急便がね、わざわざ届けてくれたからさっそく堪能してたんだ。ずっと聞きたくて焦らされてたしね。そういうプレイが好みだと思われてるのかな、みずかみんぐに」
 くすりと王子は言い様とはうらはらに無邪気に微笑む。
「たちきれ線香って言うんだって。お芸者さんの小糸にいれあげた若旦那が反省するように百日蔵に閉じ込められるんだけど、その間何度もその小糸から手紙が届くんだ。逢いたいって。でも百日が来る前に手紙は途切れて、やはり花街の女に誠はないと家族の者は言い募るんだけど、若旦那は蔵から出られると真っ先に逢いに行くんだ。もう自分のことは忘れたのかと。そうすると母親でもある置屋のおかみさんが教えてくれるんだ。小糸は若旦那を思う余りに病みついてついに亡くなってしまったのだって。でも彼女を弔う位牌の前に置かれた彼女の三味線が鳴るんだよ。線香がたちきれるまでのほんの短い間だけだけど」
 あらすじを聞いているだけで目が潤んできた蔵内に、王子は、良かったなって思って、と呟いた。
「え」
「来てくれたんだもの。しかも自分の三味線をもう一度聞いてもらえた。小糸は嬉しいよ、きっと」
 ぼくなら嬉しい、と王子はその物語の余韻を愉しむように、自らの耳に触れた。
 そういう感じ方もあるのかと、想い合いながらもすれ違うまま悲恋に終わった哀しさに囚われた蔵内は感心する。
「このままここに残って、そのまま夜の部を見ていくのか」
「例の玉狛第二がいよいよ上位と当たるからね」
 王子は優美に首肯した。
「うん。きっとぼくらも玉狛第二と当たる日が来るから、その日の為にも素敵な名前をつけてあげたいからね」
「そんな理由で観戦か」
「そうだよ?」
 蔵内がそんなわけだけでもあるまいに、と思いながらの揶揄するような問いかけにも、しれっと彼の隊長で同輩は応じた。
「ところで最近分かったことなんだけどね」
「なんだ?」
 と蔵内は楽しそうな王子を見ながら、彼の手ずからの紅茶を口につける。セカンドフラッシュのダージリンならではのマスカットのような香りが口の中に拡がる。
「ぼくには女衒の才能があるようだよ」
 突然すっとんきょうなことを言い出すことには慣れていたので、幸い噴き出すようなことも、口の中を火傷するようなことはなく、喉を潤してから「そうか」とだけ返し、
「それより、これから防衛任務があるんだろう。明日は生駒隊のヘルプに入るとも聞いたが」
「そうだよ。ぼくは王子だからね」
「?」
「幸福な王子としてはなるべく幸せになって欲しいってことさ」
 物語の中の王子の像の瞳に飾られていたサファイアのような瞳を輝かせながら王子はそう告げてみせた。