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つなみ正登/ぱるこ
2024-04-28 08:50:55
11574文字
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ワ
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きみ呼ばう星 後編1 (水上×王子)
1
2
3
翌日にみかど寄席
――
つまりは王子のクラスの女子とのデートを控えていたとしても、ボーダー隊員としてのルーチンは変わらず、その日も。
「今日、どこと当たるんでしたっけ」
ボーダーの食堂で軽く昼食のうどんを胃に納めてきた水上が、ランク戦を一時間後に控えた我が作戦室へと入ると、珍しく一番乗りしていたらしい隠岐がひとり、漫画を手に奥の畳敷きに長く寝転びながら呑気にそんなことを尋ねて来る。
「おまえ、そんなことも把握しとらんのかい」
「だって、作戦会議これからでしょ? 言うてもたいしてせえへんし。何せうちは臨機応変即時対応のチームですし」
「モノは言い様やなあ」
つまりは出たとこ任せ、だ。
やれやれ、と水上は肩をすくめる。まったく、部隊によってある程度の戦術《じょうせき》はあっても、駒に意思があって勝手にこちらの思惑など軽々と乗り越えてくれる世界はだからこそ面白い。
「今日の相手は弓場隊と王子隊、や」
「トノくんとこですか。位置取り警戒せなあかんですねえ」
「気が抜けた返事しようるのう。神田がおらんくなって隙が増えよっても弓場隊は弓場隊やで。王子隊かて見つかったらすぐに寄ってくるさかい。グラホであんまり派手に飛ぶなよ」
「へえへえ」
飛車角香車。一気に踏み込んでくる、と水上の脳裏に、それこそ一息に関係を詰めてきた、その隊長の麗姿が過る。
「なあ、隠岐」
「なんですか?」
次の巻、と細井が置いてあった漫画
――
バリバリの少女漫画だ
――
の続きを手に取った隠岐に、ぼそりと水上は尋ねるともなく、という気分で問いかけてみる。
「おまえ、付き合うとるやつおるん? モテとるんやろ?」
「だから全然モテてませんから。だからおりません」
「一度も?」
「んー、なくはないって感じですかねえ」
「なんやそのテキトーな答えは」
「年ごろのオトコのコは恥ずかしがり屋ですねん」
嵐山や烏丸ほどではないが、その整った顔と人当たりの良さならさぞかしちやほやされているだろうに。
(王子かて、なあ)
「どないしたんです、先輩にしては珍しくなんか悩んではるみたいやけど」
「珍しいだけ余計や。俺かて分からんことはあるんや」
「得意不得意ってのは誰にでもありますからね~。せやったら、可愛い後輩に相談してみません? せっかくですから」
まだ残りのメンバーが来る気配のない扉へとちらりと目配せしてから、水上はぼそりと呟く。
「
……
セフレって何やろな」
「先輩、何言うてはるん。マリオや海がおらんからええけど」
「いや、マジで。ようけ分からんようになってもうたわ」
挿入こそ伴ってはいないけれど、王子としている行為は広義の意味ではセックスと言ってもいいはずだ。だから、王子がそう告げたことは偽りではない。
でも。
「そないなもん、文字通りセックスするフレンドやろ」
冷静な生駒の声が重々しくベイルアウト部屋から返ってきて、水上は飛びあがるように振り返る。
「おったんですか!」
言え、隠岐も!
「なんか大学の出さなあかんもんの〆切が今日までとかで徹夜しはったらしくて作戦会議まで仮眠しとったんですよ。ね、イコさん」
今頃言うな!
だが声音に反して、奥から顔を出した隊長殿は耳まで真っ赤になっていた。
「俺が知らん間に水上がおとなになっとる
……
イコさん淋しい」
「いやいや落ち着いてくださいな、イコさん。ほい、水です」
「おおきに」
生駒にミネラルウォーターのペットボトルを手渡しながら、隠岐が黒目がちな目をしばたかせる。
「てゆーか、先輩おったんですか、そないなごっつい人?」
「
――
どうなんやろな」
「は?」
「友達
……
友達なあ
……
」
「やだホントにこの人そういう相手おるん」
長考に沈んだ水上の耳を、狼狽しきりの生駒の呟きがくすぐる。
せやけど、と隠岐がはんなりと言葉を継いだ。
「好きな相手やのうても、ちょっとでも好みだったり綺麗さんやったら勃つのが男の性分みたいなもんやけど、ずっとその人としかしとうないんやったら、それ恋人とどうちゃうんやろ。ねえ、イコさん」
分からんわ!と初々しい乙女のように顔を両の掌で覆ってみせる生駒に、水上は苦笑いしながら、俺も分からんわ、と低くひとりごつしかなかった。
幸いそれ以上追及される前に程なく、何があったのやら不満そうに唇を尖らせた海の耳を摘むようにして連行してきた細井たちが合流し、その話題はお預けとなった。
作戦会議は、きのう生駒が辻を誘った個人戦で試しにスコーピオンをセットしてハンマー型にして振り回してみたら、思っていたよりもはるかな軽さで勢い余ってひっくり返って、坂を転がってそのまま川に落ちた話で終わり、ステージへと転送された。
そして、そんなやりとりがあったとしても生駒は生駒で、ランク戦では壁越し旋空と海との連携で樫尾を落し、隠岐は外岡と相打ちというかたちでそれぞれ、きっちりと仕事をこなし。
生きる盤上の駒は水上の鬱屈など頓着せず、呆れるくらいに軽やかに頼もしく躍動してくれるのであった。
結果、この日ランク戦は1ポイント差で競り勝つというより、実感としてはなんとか二隊をしのぐという形で幕を閉じた。
「じゃ、オレ、東隊のランク戦観戦するって小荒井たちと約束しちゃったんで、それまでカシオでも誘って個人戦でもして時間潰してきまーす」
「ちょっと待ち」
反省会もそこそこにそんなことを言って椅子を立つ海を水上は呼び止める。
「王子隊んところに行くんか」
はい、と海は元気に頷く。どうせ通り道だし、と。
「せやったらコレ、ついでに王子に渡しといてくれるか」
タブレットくらいのサイズの封筒を海へと突き出す。
「はーい、お使い了解でーす」
何ですか、と詮索することもなく素直に請け負ってくれるのは彼の美点ではあろう。
「せやったら、おれは明日の合同訓練に備えて自首訓練でもしてきますかねー。後輩ちゃんも増えたんで、ええとこ見せたいし」
そう言った隠岐が海と肩を並べて出ていこうとドアを開くと同時に、
「おーい、真織いるかー」
影浦隊の仁礼と諏訪隊の小佐野が揃って顔を出す。そしてそのままずかずかと入ってくると、小佐野が右、仁礼が左と、細井の腕にそれぞれ腕を絡める。
「え? え? ちょっと、え??」
「バレンタインでバラまき損ねて余ったチョコでフォンデュするって言ったじゃーん」
「確かに言うたけど、影浦隊は午後にランク戦あるやろ?」
「だいじょぶだいじょうぶ。始まるまでにまだ時間あるし」
「イコさん、真織っち借りてくねー」
「おう、女子会楽しんでなー」
「待って待ってウチいまニキビが」
あ~れ~とばかりに連行される細井の背中に向かって、水上は成仏を願って手のひらを合わせる。
そんな流れで生駒とふたり残された水上は、彼と並んで帰り支度を始めた。最初のエンカウトで出くわした蔵内と弓場をしのぐので手一杯で、あまり盤面を動かせなかった上に帯島に不意を突かれて落とされたことを脳内で改めて反省しながら。
(ま、蔵っちを王子と合流させへんかったんで及第点にしとこ)
そう言えば、蔵内は王子と自分がこうなっていることを気づいてたりするのだろうか、なんてふと思う。
その、美術室にあるギリシャ彫刻を模した石膏像のように硬質に整った貌を思い浮かべる。いまの部隊を編成する前から同じ隊で腕を磨き、そして当然のようにその片腕として部隊の中核を為す、同じ駒《ポジション》の男。
きっと外から来るような物好きの、そして珍しい履歴を持ったがゆえに自分に興味を抱いたくらいに好奇心と冒険心に富んだ
――
物好きな王子なら、彼とも肌を重ねてみたい、などと思ったりはしなかったのだろうか。そこまでいかずとも、例えば唇程度なら。
キスの経験もないと、いつか口にしたように、実際に実行までは移さなかったとしても。
そんな益体もない考えが、かりそめの死と闘いを経て、じわりと熱を残した脳裏に過る。それを嫉妬と位置づけるような権利は当然、水上には持ち得るはずもない。
『お願いします』『負けました』
対局《ものごと》の始まりと終わりにはちゃんと言葉にする。それが駒の動きよりも先に教えられたことだった。
それをしようとしていなかった水上には。
「のう水上」
「なんですか」
「さっきの話やけど」
「
……
セフレ、のことですか」
さしもの生駒も少し気まずそうにこくりと頷いた。
「もしかしておまえが、王子の」
「
……
っ!」
その話題からの流れで、生駒の唇からすべり落ちてきた王子の名前にどきりと胸が鳴る。
「紹介しとってくれた子とデートするんぐずついてたんは、冗談やのうてほんまにそういう相手がおったからなん?」
「あー、それは
……
」
生駒相手だとしても、必要となら嘘なんていくらでもつける。それこそ息をするように。
けど。
「
……
おります」
この嘘は今はつきたくなかった。
きみってひとは妙なところで不器用だね、と王子の声が聞こえてくるようだった。
おったんかーと生駒がため息のように吐き出した。
「イコさんは呆れますか」
「あー、どうやろ。俺には真似できひんし、そんなに偉い人間ともちゃうしな。水上には水上の考えがあるから一概に否定や非難はしとうない」
「
……
」
「事情もよう分からんと背中押してもうて悪かったな」
「いえ、イコさんが謝るようなことちゃいます」
「けどな、その子じゃあかんのか。もし王子のクラスメイトの
……
ええとなんやったっけミッフィーちゃん?」
「それはうさこちゃんですがな。王子曰くイッシーです。石川さんだからイッシー」
「ああ、そうそう。津軽海峡冬景色の石川さゆりと同じ石川ちゃんな!」
「なんですかその例え」
こんな話題でも生駒は生駒らしくマイペースで、少しだけ水上は笑いを浮かべられた。
「おじいが好きやねん。それでさゆ
……
ちゃう、石川さんと万が一うまくいってもうて交際することになったりしたらどないする気なん。期待させて手のひら返すんは可哀想やし、二股はあかんと思うわ。お妾さんが許されるのは明治までやで?」
「両取りは将棋くらいで結構。だいたい、向こうがどないなつもりかよう分からへんのですよ、俺かて」
「向こうさんいうと、その、あの、セフレさんのほう?」
「へえ。知っとるんですよ、石川さんとのこと」
「あ?」
生駒が今度こそ理解できない、と言いたげにかくんと顎を落す。これが漫画だったら床にくっつくくらいの勢いで。
「なんで」
「むしろデート楽しんで来い言うスタンスですな。ほんま、何考えとるんか」
観たかったのは間違いないが、王子の顔を立てる側面がもはや水上の中では大きかった。とても石川には言えた話ではないが。
途方に暮れるように呟いた自らの片腕に、生駒は改めて口を開いた。
「それともそんなにおまえ、エッチ上手いん? 体だけの関係で構へんっていうくらい」
いやいやいや、と水上は髪の毛をわさわさと揺らすようにしながら首を振った。
「たぶんフツーですよ。フツー。
……
だって較べようにもそいつがはじめての人ですもん」
他人の肌に触れるどころか、キスさえ。
水上にとって長らく、個としての人は盤を挟んだ向こうにいる存在しか視界に入らなかったようなものだったのだから。
(いや)
王子もきっかけは、そうだった。
皮肉やな、と苦笑いしそうになる。
「お、おう。そうなんか。そないなんでそこまでひとっとびに行くんか」
「意外ですか」
こくりと生駒は頷く。
「俺もです」
じぶんもかい、と生駒は由緒正しい関西仕草として開いた手の甲で水上の胸のあたりを叩く。
「桂馬みたいやな」
「はは、イコさんがそう例えてくれるんですか。確かに、そうかもしれませんね」
桂馬はチェスで言うなら騎士《ナイト》で、しかも前者と違って後方にも大きく跳ねられる。将棋に慣れた水上の意表をつくように。
「ただ、何て言うたらええんですかね、
……
そいつとはエッチだけやのうて、手が合ういうか、肚の読み合いが一筋縄でいかんところが楽しいんです。せやけど」
みずかみんぐ、好きだよ。
水上からは一度として告げたことのない「好き」という他愛なく、そして貴重な言葉。
『敏志、将棋は好きか』
『当たり前や! めっちゃ好きやねん』
だが、あの日彼に誘われるまではろくに駒に触れることすらなくなった「大好き」を無邪気に告げてくる王子は、自分にとってどんな存在なのだろうか。そして、そのくせ水上に
――
言い方は悪いが
――
『彼女』をあてがおうとする、彼の意図。
『ボーダー隊員は《ぼくたち》正義の味方だもん』
いつでもどこか彼は韜晦しているようで、でもそんな彼との時間はその生き方ごと読み合うような盤上の争いにも似ているような気がして、つい、手拍子《・・・》で進めてしまってきたけれども。
(師匠にしばかれそうやな)
手拍子
――
先を読みこまないでとっさに思いついた手を指す度に、師匠や姉弟子に咎められたことを思い出して苦笑するしかない。それは決して王子に乗せられたからというわけではない。そうしてしまうのは卑怯だった。
対局と同じで、そんな関係、ひとりで成り立つわけではないのだから。
夜空を指差してそこに宿る物語を紡ぐ声に耳を傾け、彼が育んだ観葉植物に見守られながらチェスや将棋を楽しみ、新しいパン屋を見つければクロワッサンを手土産に部屋をおとない、汗をかいた行為の後にお腹が空いたと深夜営業の立ち食いソバ屋で『来月から期間限定でとカルボナーラうどんだって!』と興味津々で壁のポスターを指さす彼を横目で眺めながらたぬきうどんを啜り、翌日にボーダーで顔を合わせれば競い合い、出し抜いてやろうと知恵をしぼり、互いの健闘を称えもした。
盤上でも盤外でも、王子と過ごす時間は悪くなかったのだ。暗黙の了解のように、互いにこの関係が何かとも見定めないままだったけれど。
『ぼくはきみだけのセフレ』
それでええのんか、おまえは。
自分の気持の指しどころがよく見えなかった。
「
……
手筋がぐちゃぐちゃですわ」
ぐしゃぐしゃと髪の毛をかき乱した水上に、生駒はためらわずに筆で引いたような眉をひそめた。
「あのなあ、水上、もう一度聞くねんけど、その子じゃあかんのか」
「イコさん
……
」
続きの言葉を見つけあぐねた水上の声の代わりのように、テーブルの上に放り出してあった携帯端末が着信に低く唸った。
「大阪からの番号やん」
ちらと視線を配った生駒が指摘する。
それは何度目かの実家からの
――
連絡だった。
「出ぇや? ややこい話やったら向こう行くし?」
廊下を指さす彼は水上の表情から何かを察したのか、そんな風に告げる。隊長の朴訥な気遣いに免じるように水上は「いんでええし」と苦笑いして端末を手に取った。
そう。
手筋はちゃんとせなあかん、のだ。
水上は一度だけ下唇を咬んで、軽く閉じた目を開くと、端末の通話ボタンに親指を置いた。水上自身は気づかなかったが、それはどこか、投了する時のさまに似ていたのだけれど。
「ああ、おかん、なに。悪かったて。だからタイミングがな
……
え? だから忙しいんや。三年はもう登校する奴もおらんけど、どうしてもボーダー隊員は出席数がギリギリやからここがええ埋め草なん。せやかて
……
」
そんなやりとりを生駒はただ黙って見守っていた。
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