春も近づきつつある夕方の空は勿忘草色に暮れていく。よく仲間内の溜まり場になる公園で、アカネはひめがバレンタインに作るチョコレートの相談に乗っていた。
「カップケーキとマフィンどっちがいいかしら?甘すぎるのより、ちょっと苦めの方が男の子は好きだと思うの」
「どっちでもひめが作れば上手くできるだろ、みんな喜ぶと思うぞ!」
「アカネさんが作るとみんな苦虫を噛み潰したような顔しそうですけどね」
「ナッツやクッキー入れてロックチョコレートも作ろうかな。男の子ってそういうの好きなんでしょ?」
「あー、みんな石炭や鉄掘ってクラフトするゲームやってるもんな。面白そうじゃん!」
「カカカッ!アカネさんが作ったら本物の鉱物みたいになっちゃいそうです。歯が欠けますよ」
こういった話題は男子禁制になりがちだが、ひめはたまたま居合わせたブラックを気にもとめない。悪魔だから男性とは別のカテゴリに入れられているのかもしれない。
微笑ましいやり取りが続き、何となく話題がチョコレートフォンデュに移ったときだった。
「プレゼントには無理だけど、案外簡単にできるのよね。牛乳と板チョコさえあれば家で作れるんだって」
「それだけで!?アタシもやってみようかな」
「アカネさんじゃ、フォンデュっていうより地獄の坩堝みたいなのを作ってしまうんじゃないですか?」
ひめの話に和やかに相槌を打っていたように見えたアカネが急に口を噤む。そしてブラックを睨みつけて言った。
「うるさいな!ブラックには関係ないだろ。分かってるよ…アタシがこういうの似合わないことくらい……」
アカネの言葉は調子こそ強かったが、普段の怒鳴り声と違って語尾は力なく消えた。済まなさそうにひめの方を向いて頭を掻く。
「ひめも、チョコレートの相談は他の女の子にしな。アタシじゃきっと役に立てないから…」
そのまま挨拶もなく去って行くアカネの後ろ姿を、ひめもブラックも何も言えずに見送った。
「謝った方がいいわ。気持ちは分かるつもりだけど、やりすぎよ」
咎めるというより同情するようなひめの視線に、ブラックは曖昧に笑った。
そんなことがあったのがバレンタインデーの数日前だった。数日後、つまりバレンタイン当日。アカネは件の公園で一人ベンチに座っていた。空はあのときと同じ色に暮れかかっている。他に誰の気配もない。
溜息を一つ吐いて立ち上がろうとしたアカネを引き留めるように、小さな人影がやって来た。両手に大きな紙袋を抱えている。
「アカネさん、こんにちはです〜。ここで何してるですか?」
「あ、いや……別に何も。バニラちゃんは撮影?」
「はい〜。商店街でバレンタイン限定チョコ全部買う企画撮ってたです。これから家で食べるところ撮影します〜…でも、もうお腹すきました……」
期待にキラキラと輝いていたバニラちゃんの目が怪しく光り始める。アカネは小さく笑って膝の上に乗せていた小さな箱を差し出した。
「良かったらこれ、食べなよ。それで家まで保たせるんだぞ。町を食べちゃ駄目だから」
「はっ……いいんですか?」
アカネは頷いたが、バニラちゃんはなかなか手を出さない。愛くるしい口元に唾を溜めながら遠慮がちに箱とアカネを交互に見た。
「それ、ブラックさんのためのチョコレートじゃないですか?アカネさん、きっとブラックさんに渡すと思ってたです」
子どもの率直な疑問は誤魔化せない。アカネは笑顔を苦くした。
「そうしようかと思ったけど……アイツ、バレンタイン近くなってからアタシのことからかってばかりでさ。きっとアタシの作ったチョコなんか欲しくないから遠回しに迷惑なことするなって言ってるんだよ。…ま、同棲企画とか撮ったときのアタシの料理ひどかったし、当然だとは思う。もう材料を買っちゃってたから作るには作ったけどさ……」
本当は、ひめからの相談を受けたときからアカネの心は冷え始めていたのだった。体力と力の強さだけが取り柄の自分が、バレンタインの響きで素直に浮き立つことのできる柔らかくて甘い香りのしそうな女の子の、一体どんな期待に応えられるだろう?ましてや、いつも自分を小馬鹿にしてばかりの悪魔に何を受け取ってもらう気でいたのだろうか。
「でも、ちゃんと練習してあの時よりはマシになったんだぞ!青鬼ちゃんと何度も試作したから、味は悪くないはずだよ」
その言葉の通りアカネの肩の上では青鬼ちゃんが、チョコレートはもう沢山というように伸びていた。
バニラちゃんの澄んだ瞳から逸らせるように視線を落として、半ば強引に箱を押し付ける。頭の悪い鬼が勘違いして作ったカカオと砂糖の塊も、バニラちゃんなら美味しく食べてくれるだろう。使った材料にも申し訳が立つ。
ベンチから立ち上がって歩き出すアカネに、バニラちゃんは「ありがとうです」とお礼を言って手を振った。
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