ゆき
2024-03-31 21:53:16
6354文字
Public さめしし
 

宵と陽だまり(さめしし)

一賭2の無配の予定で出なかったやつ。ハロウィン🍭とかコヤ🦊とかパロ


新月の夜。街の診療所は休みの夜だ。人を長くやりすぎて人でないものになったので、多少の陽のひかりに耐えられる代わりに、月のない夜の目が利かない。こういう日は拾った狐を構う日だというのに、当の狐はしばらく館を留守にしていた。
冬の寒いのが苦手だった。
拾って手当てした狐がひと冬の間湯たんぽをして出て行って、ついぞ戻らなかったあの代から何度巡ったか知らないが。また生まれ直した狐は、今度は真経津と一戦交えたようで、怪我をさせた当の本人に担ぎ込まれた。
相変わらず大きなからだを、抱いて寝るのが心地よかった。少し硬いが手触りの良い毛、狐というには立派すぎる体躯が、あたたかくしなやかに寄り添う。本格的な冬になる前に、早く戻ってこないものか。
狐は夜の眷属で、同じ時間を過ごすことができるので都合がよかった。共に寝て起きて、獅子神が用意した食事にありつく。吸血が食事に該当するとされるのは効率の問題で、食料にさして困ることのない生活であれば、量を摂ることでそれを解決できる。
それも獅子神がそばにいればこその芸当なので、なるべく肉を中心に摂りつつ、空腹をごまかしている。
ああ、寒くて腹が減っているなんてことは、ずいぶんと久しぶりの感覚で、なんてむなしいことだろうか。

館の建付けの悪い古いドアが、ギイギイと音を立ててあき、冷たい風が吹き込む。この家のドアを開けられるものは、自分のほかにはもう一人だけ。まあ、勝手にこじ開けて入ってくるものもいるが。

「ずいぶん遅いお帰りだな」
「手紙出しただろ」
「向こうの方が住みよかったんだろう」
「悪かったって、機嫌直せよ。な、外みて」
拾ったときはやせこけていた獅子神は、私の面倒を見ながら自身もよく食べよく働いた結果、立派なからだを得た。その獅子神をもってしても、いささか大きい鹿が一頭。狩って帰ってきたというのか。
「あなた、あきれた。どこの狐が鹿なんて担いでくるというんだ」
「天堂に教わってきた。さばくのとかも大変でさ、時期もあって、ちゃんと一人でできるようになるまで時間かかっちまった。ごめんな」
獅子神がここを出立したのは夏の終わりだった。
彼の誕生日をみんなで祝ったあと、お返しをしなくてはと言って、せっせと庭の果樹から何種もジャムを作って、出かけて行った。そこから冬の入り口まで、ずいぶんと長いこと、どこまで行ってしまったのかと思えば。
「天堂も村雨と同じだろ?でもさ、お前あんまり血は好まないし、もうちょい効率よくしてやりたくて」
大きな体を小さくして、ちろりと窺うように視線をくれてくる。冬毛に変わりかけのゆたかな毛を蓄えた尾が、しょぼりと下がる。
わかっているのかいないのか、そういう目線に弱かった。
天堂は隣の湖の向こうの山のさらに向こうで、神をやっている。磨いた美貌と老いぬ様、ひとの心に取り入って、そうやって集落で暮らしている。静かに山暮らしの私とは、真逆の生活だ。
ただ、ひとの心を掌握するのに、食を使っているとは知らなったが。
「あの男は元気にやっているのか」
「おう。天堂のところには、ジャムひとつ多く持ってったんだ。すごい喜んでた」
「それで狩りを?」
「それはどうだろ。手伝えって言われて、結局狩りから干し肉づくりまで冬支度手伝ってさ」
あっちの方が、冬は早いだろ?そういって、人のよさそうに笑う。
「おすそ分けたくさんもらってきた。小麦もらったから、パンが食えるぞ。あと、砂糖も。たくさん使ってジャムを煮ただろって。来年の夏も張り切らないとな」
……それはいいが、今度は用意しておいて持って帰らせろ。毎回あなたがひと秋とられるのでは、私がかなわん」
——ごめんって」
「怒ってはない」
「でも不機嫌だろ」
「雪が降ったら帰ってこられないだろうと気をもんだ。それにあなたの好きな柿もりんごももう終わりだぞ、加工の手が足りないので今年の冬は干し柿が足りん」
「ごめん」
「手紙は、うれしかった。字の勉強はこの冬の課題だ」
「一応、叶に見てもらったんだけどな」
「あれは癖が強くてかなわん。叶は天堂のところにいたのか」
「行きがけに寄ったんだけど、向こうにいたらお礼のお礼を持ってきてくれたんだよ」
そう言って小さな革袋を渡してくる。
片方は乾燥した植物、もう片方は種子だった。律儀にそれぞれ小分けにされ、名を記した紙にくるまれている。
叶は隣の湖に根を下ろしていて、実りの多いあたりを仕切っている。水源をおさえるやり方は、非常に効率的であの男らしい。その分、この付き合いが面白くある限り、多少こういった融通を利かせてもらっていた。
「こっちは料理に使っていいやつ、こっちはお前が使うだろうって、薬草だよな?種はここでも育つやつだって。あとこっちは、」
「獅子神」
「うん?鹿もこれから解体するな。冬の保存食の作り方も教わったんだ。ブラッドソーセージもスパイスもらってきたから作れるし、お前の硬くて雑でまずい干し肉食わなくてよくなるぞ」
「それは嬉しいが、その前にあなた」
「なに?」
腕を大きく広げて見せると、ピンっと耳が立つ。己の身をぱたぱたとはたくと、人の身はするりと四つ足に戻り、腕に飛び込んできた。
「おかえり」
ずっしりと重たいからだを抱きかかえて、手になじむかたい毛並みを撫でまわす。とりあえずは、その熱が互いになじむまで。