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沁月
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ウ教×マイハン♀ 両片想い 読み切り
結ぶ花の愛しきよ
MHRウ教×マイハン♀(リラ)。 両片想い。
本編ネタバレあり。
エルガドにて日々調査と狩猟に勤しんでいたマイハンの耳に届いた『カムラの里の教官が怪我をした』という噂。ハピエン。
1
2
3
翔蟲で必死に宙を飛び継ぎ、着地後は、リラは無我夢中で走り抜けた。
英雄『猛き炎』の突然の帰還に、里の船着場で働いているホバシラとツリキの
驚声
にょうせい
が響いたのだが、今の彼女の耳には届かない。
人目も声も何も気にせず、ただひたすらに、一直線に集会所を目指していた。
会える、きっと会える。
彼はいつだって、傍にいてくれた人。
ウツシほどの実力者なら怪我も軽いはず。
軽い怪我なら、闘技大会受付の業務はやっているかもしれない。
何より、彼はいつもそこにいてくれるから。
笑顔で、いつもと同じ場所で「やあ!」と手を振って挨拶してくれるから。
そんな願いのような想いが、リラの胸をきりきりと締め付けた。
「ウツシ教官ッ!!」
飛び込むように集会所に入った彼女が叫ぶと、ゴコクが「ゲコッ!?」と驚いたように声をあげて、手から絵筆を零れ落とした。
受付のミノトも、彼女の隣で雑貨屋の営むアイルーのマイドも、顔を見合わせてリラの突然の帰還に驚いた様子だ。
そんな景色も目に入らないまま、リラはウツシがいつも
颯爽
さっほう
と降り立って来る茶屋の露台を見つめていた。
ウツシの姿はない。
降りても来てくれない。
「
……
きょう、かん
……
?」
どくん、と彼女の心臓がまた、大きく鼓動した。
いつもの景色が、
霞
かすみ
のようにぼやけていく。
彼の居る景色が、こんなに愛おしいものだったとは。
するとその時、ただならぬリラの様子を案じたミノトが、受付から小走りに駆け寄って来た。
「お、おかえりなさいませ。まさか本日のお帰りとは思いませんでしたので、お迎えに行けず申し訳ありません。大丈夫ですか? 一体どうなさったのです?」
「ミノトさん
……
! ウツシ教官は!?」
「え? ウツシ教官でしたら、今日からご自宅に
……
」
「ありがとうっ!」
何事かと戸惑いながらも答えてくれたミノトの『ご自宅』の単語を聞いたりらは、すぐに集会所を飛び出して行く。
彼の無事を、一刻も早く確認したかった。
その姿を見ていたゴコクが「んー」と心配そうに唸り、視線をミノトの方に向ける。
「
……
ミノト。しばらく業務を引き受けるから、バレないようにちょっとリラの様子を見に行ってやってほしいゲコ。あの子、多分ウツシの怪我のことを聞いて帰って来たゲコ」
「かしこまりました。
……
エルガドにいらっしゃったのに、何故ご存知なのでしょう?」
「ウツシのよく言っとる、以心伝心かも知れんゲコなあ。
……
よろしく頼んだゲコ」
「はい、では少々失礼します」
恭
うやうや
しくゴコクに頭を下げてから、ミノトが心配そうにリラの後を追い、そそくさと小走りで集会所を後にした。
先に駆け出していたリラは、一直線にウツシの家を目指して走っていた。
里の中を走っていると、里の人々は皆、彼女が今日帰還してきたことに驚きの声をあげ、そして彼女自身があまりにも切羽詰まった様子なことにも声をあげたが、その声は本人には何も届かない。
無音の白黒の景色を走っているような感覚で、ようやくリラはウツシの自宅の前に到着する。
「ウツシ教官
……
! 教官、ウツシ教官っ!」
震える声で呼びながら、彼女は閉じられている玄関
引戸
ひきど
を何度か小刻みにノックするのだが、中から返事はなかった。
そもそも、家の中から気配がしない。
「ウツシ教官っ
……
!?」
お願い、返事をして、声を聞かせて。
いつものようにボクを安心させて。
そんな我儘にも似た、幼い切なる願いがリラの全身を電撃のように駆け巡る。
何度も引戸を叩くうち、少しだけ横にずれて数ミリ程度の空間ができていた。
躊躇いなく、彼女はその空間に手を入れる。
ここを開いて、早く確認したかった。
「ごめんなさいっ! 失礼します、ウツシ教官!」
相手の返事を求めるように名を呼び続け、引戸を横に滑らせて開き、迷うことなく家の中に飛び込んだ。
『やあ! どうしたの?愛弟子』
土間に立てば、そんな声が響くであろうことをリラは期待していた。
だが、家の中には何の音もない。
音どころか、やはり人の気配も何もない。
布団が敷いてあった様子すらないのだ。
どういうわけか、炊事場にも囲炉裏にも、昨日火がついた痕跡さえない。
帰宅しているのなら、火を使わずに過ごすことなど不可能なのに。
「
……
きょう、かん
……
? ウ、ツシ、教官
……
何で
……
?」
温もりの失せた、音のない空間。
何の気配もなく、今は器だけの家だ。
何処に行ってしまったの。
ボクを置いて、何処に。
いつも、見守ってくれていたのに。
胸の内でリラが力無く呟き、ふらりと土間を進んでいく。
鼻をくすぐる『ウツシの家』の匂いを感じた彼女は、土間で膝から崩れ落ちるように座り込み、がっくりと
頭
こうべ
を垂れた。
「
……
ウツシ、にい
……
!
……
い、やぁああ
……
!」
無意識のうちに、幼い頃のように呼んでいた。
何処に居るの。
あなたに会いたい。
大好きなあなたに会いたい。
まだ、ボクを置いていかないで。
願いの言葉が、リラの頭の中を無限に巡る。
何が起きているのか分からなくて、今の現実から逃れるように目を閉じる。
「何があったの
……
!
……
誰か、教えて
……
!」
溢れる想いが熱となって胸を締め付け、閉じているはずの双眸に、それよりも熱い雫を滲ませる。
一筋、細く流れ落ちて、ぽたりと土間に零れ落ちたそれが、小さな染みを作った時。
彼女の背を、大きな人影が覆った。
「
……
えっ!? 愛弟子かい!?」
土間に座り込んでいたリラの背に降り注いだ、声。
びくん、とリラの肩が小さく縦に震える。
震えながら、彼女は撃たれたように振り返った。
大きく見開いた目の視界は滲んでいて、陽の光が一際、七色に輝いて見える。
逆光を受けて、妙に黒々と見える人影。
見慣れたシルエットのそれは、慌てた様子で、少しぎこちなく駆け寄って来て、目線を合わせるようにしゃがみこんでくれた。
「リラ! どうしたの!? どうしてこんなところで泣いてるんだ!?」
「う
……
ウ、ツシ、教官
……
!?」
相変わらずリラの視界は滲んだままで、細かい表情は何も見えなかった。
確かめるように彼女が小さく尋ねると、人影は、ウツシは、不思議そうに首を傾げながらもしっかりと頷いた。
「大丈夫かい
……
!? いつエルガドから帰ってきたの? 一体何があったんだ!?」
「あ
……
! う、あぁ
……
!」
言葉にならない声が、魚のようにぱくつくリラの口から漏れ出る。
彼女は必死に、ウツシを見上げた。
懸命に見上げて、ぼやけた世界の中でも彼が無事であることを確かめ始める。
両手を伸ばし、ぺたぺたと彼の顔に触った。
目が、鼻が、口があり、今は口を隠していない、いつもと違う道着姿だ。頬にも見慣れた傷跡がある。
彼女はウツシの両腕を掴むと「ッ!」と息も言葉も想いも飲み込みながら、飛び込むようにその胸板に抱きついた。
「わっ
……
!? 愛、弟子
……
?」
必死にしがみついてくるリラの様子が、まるで時を
遡
さかのぼ
ったかのように幼くなった気がして、ウツシはそっと彼女を抱きしめる。
その温もりが、彼女を更に安堵させた。
とても温かかった。
血が通って生きているから。
大好きな匂いもする。
本物だ、と妙な確信をして、彼女は更にウツシにしがみついた。
「あ、ぁあ
……
! き、教官
……
け、怪我を
……
怪我をしたって、聞いて
……
! ボ、ボク
……
心配、で
……
!」
「えっ、怪我? ちょっとドジして、足を挫いただけだよ? 侮らずに大事にしろって、里長から数日お休みを頂いて
……
え? キミはエルガドにいたんだよね
……
?」
こんなことをどうやって知ったのか、と言わんばかりにウツシがぱちぱちと目を瞬かせる。
その言葉を聞いたリラは、彼の胸に顔を押し付け、ぎゅっと双眸を強く閉じた。
目頭が、燃えるように熱い。
安堵しているはずなのに、心が砕けそうなほど胸が苦しいのは何故なのか、彼女は自分でも分からなかった。
「あ、ぁああ
……
! う、ぁあああっ
……
!!」
「!! ま、愛弟子
……
!?」
「ああぁああぁあっ! あ、ぁああぁっ
……
」
大好きな人の腕の中で、子どものように。
いや、子どもの時よりも、みっともなく。
子どもよりも心を傾け、リラは、声をあげて泣いた。
誰に何と思われても構わなかった。
声を出さなければ、本当に壊れてしまいそうで、自分が自分でなくなるような気がしていたから。
泉のように熱く湧き出る涙は、止まらない。
彼女の今の心を反映しているような、熱い涙。
自分を含め周囲から『猛き炎』と呼ばれるリラのあまりの怯え方に、ウツシは目を細め、申し訳なさそうに眉を下げた。
怯えさせてしまっていることそのものには罪悪感を感じつつ、やがてそれは穏やかな微笑みへと変わり、ウツシは彼女を落ち着かせるように、その震える背を優しく撫でる。
「大丈夫
……
! 大丈夫だよ、リラ
………
」
撫でながら囁くウツシの声は、リラの泣き声に不思議と消されず彼女に届いた。
「ごめんね
……
? 大丈夫だよ
……
もう、心配はいらないから
……
ね?」
「っ、う
……
あぁ
……
! い
……
なく、ならないで
……
!」
「ならない
……
!」
強く告げたウツシが、リラを、言葉が示す通りに強く抱きしめる。
こんなにも弱く、脆い、人間的な弱さを曝け出す今の彼女が、彼は限りなく愛おしかった。
守らなければという使命感に駆られるも、彼女をこうさせたのは自分だという現実に胸が苦しくなった。
こんなにも怯えさせてしまった償いのように、まだかすかに震える背を撫でながら、ウツシは彼女の耳元で優しく囁いた。
「俺は、絶対にキミを独りにしない」
「
……
ほん、とう
……
!?」
「もちろん。いつも言ってるだろう? 俺はいつもキミを見守っているよ、って」
「ッ
……
! う
……
ウツシ、にい
……
!!」
ゆっくりとウツシの胸板から顔を離したリラが、彼の顔を見上げる。
泣き腫らした真っ赤な瞳、涙と鼻水ですっかりぐしょぐしょになった今の彼女の表情には、心の内の切なる願いと、ウツシへの密かな想いが肥大化していた。
隠さなければと考える理性と、彼を求め欲する想いが、混沌と混じり合っている。
「ッ
……
! ウ、ウツシ、にい
……
ごめ、なさ
……
! き、教官
……
教官まで、いなくなったら、ボ、ボク
……
ボクは
……
!」
「
……
リラ
……
!」
「ご、ご、ごめ、なさ
……
! ボ、ボ、ク
……
わたし
……
いま、変っ
……
! す、すごく、こわくて
……
!」
「変じゃない、大丈夫
……
!」
包み込むように、ウツシが改めて優しくリラを抱きしめ直す。
彼女の中の不安や涙を分かち合うように、彼女の中から苦しみが失せるように。
さながら壊れ物を扱うような、柔らかな手つきで、ウツシは抱きしめた彼女の頭を撫でる。
「俺は
……
どこにも行かない。いなくなったりしないから、大丈夫だよ、リラ
……
!」
深く、あまりにも深く、穏やかに。
不安の槌に壊れそうな心を安堵させ、包み込み、その奥底まで沁み渡るかのように響いた、ウツシの言葉。
「あ、ぁ
……
あぁああ
……
ウツシ、教官っ
……
!」
あまりにも優しくて、嬉しくて、リラの双眸からは、先程とは違う意味の、熱い涙が細く流れた。
まるで感情の波のようにそれも溢れ、止まらない。
「ボ、ボク
……
ごめ、なさ
……
。
……
もう
……
別れるのは
……
失うのは
……
い、やで
……
!ひとり、ぽっちは
……
ボク
……
!」
「
……
リラ」
「ッ!? 」
突然の、ウツシの空気を太く貫く低声に、リラの言葉は中断された。涙も、驚きのあまり一瞬で止まる。
彼は目の前で今にも消えそうに震える小さな炎を、その両頬を優しく両手で包み込んだ。
射抜くように真っ直ぐ、彼女の夕陽のような橙色の滲む双眸を見つめながら、凛と微笑んで見せる。
「キミは独りじゃない。独りになんて、させない。里のみんなも、もちろん俺も
……
ちゃんと傍にいるよ、リラ」
断言するように低く告げたウツシを、リラが目を見開いて見つめる。
ぱちぱちと目を瞬かせていると、やがて彼は今までで最も強く、彼女を抱きしめた。
その力が、体温が、心臓の鼓動が、伝えてくれた言葉に込められた想いが、全てがリラにとっての安らきとなり、胸の奥まで注がれていく。
気付けば、そっと、無意識のうちに、リラもウツシの背に手を回していて。
二人は優しく抱きしめ合い、しばらく時が止まったように動かなかった。
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