結ぶ花の愛しきよ

MHRウ教×マイハン♀(リラ)。 両片想い。
本編ネタバレあり。

エルガドにて日々調査と狩猟に勤しんでいたマイハンの耳に届いた『カムラの里の教官が怪我をした』という噂。ハピエン。

曇天どんてんの城塞高地に、大地を唸らせるような低い断末魔が響く。
かつて城があった場所とは反対側にある、人を拒むように凍てついた雪山に、それは不気味なほど美しく響いた。
刹那、ほんの一瞬の大地を縦に揺さぶる振動。寄生種キュリアの影響によって傀異化していたモンスター、ルナガロンが倒れた音。

「ふうっ……!」

愛用の弓を背に納め、毛先の揃った肩までの銀髪を揺らしながら深く息をついたのはリラ。カムラの里と王国の英雄『猛き炎』と呼ばれる娘。

傀異化モンスター調査とその狩猟のため、故郷の里を離れてかれこれ一ヶ月。
彼女は再びエルガドにて、異名に相応しい力を発揮していた。

寒さにも動きを制限されず自由に、軽やかに狩場を駆け巡り、今も無事に討伐に成功。

「やるじゃねえか! さすがだな、『猛き炎』は!」

武器を納めた彼女の後ろから、彼女と同じように背中に武器を納めながら、フルフェイスの白銀の騎士防具に身を包んだ王国の教官、アルローがゆっくりと歩み寄ってくる。
素早く彼の方に振り返りながら、リラは快活に頷いた。

「アルロー教官、ありがとうございました!すーっごく狩猟しやすかったです!」
「そいつは俺の方だよ。英雄の戦いぶりが近くで見られて、良い勉強になった」
「あはは、お上手だなあ」
「剥ぎ取ってから帰還するか、報告だ」
「ですね! 行きましょう!」

照れたように笑って応えたリラは、アルローと共に力尽きたルナガロンの元に向かい、狩猟刀を使って器用にその鱗などを採取していく。
彼女の隣で同じく剥ぎ取りを行いながら、アルローはフルフェイスメットの奥で、まだ感心したような目線を彼女へ向けていた。

「しかし、おまえさん本当に気温差を感じさせねえ動きだな? ここ、すげぇ寒いのによ。これもウツシ教官の熱血指導の賜物か?」
「あはははっ! そうかもですね!」

バギィグリーヴを愛用しているリラは、両腿が外気に晒されている。だが、動きが鈍るほどの寒さは感じない。
寒い中、金属の鎧に身を包んで自在に動けるアルローの方が相当なものだと思いつつ、ふと、彼女の脳裏に浮かぶのは修行時代の記憶。

当時のウツシに『暑さ寒さにしっかり対応できる体作りをしていこう!』と笑顔で言われ、寒冷群島の洞窟の奥で座禅をしたり、砂原でマラソンをしたり、今思えば非常に恐ろしいことをしていたような気がする。
だが、いつも彼が近くで見守っていてくれていたので、不安はなかったのも事実。
母を亡くし、父も失踪という形で失った幼い頃からずっと、どんな時も彼は傍で支えてくれている。

リラの苦笑が見えたのか、アルローが楽しげに「ハハハ」と声を出して笑った。

「今度、俺とジェイも噂のカムラの里に武者修行に行かせてもらうぜ。ウツシ教官の指導もどんな感じか見てみたいしな」
「ウツシ教官、一人一人異なるメニューを考えてくれるんですよ! まあ、限界ギリギリまで攻めてくるんですけど」
「ハハハ! そりゃ、なおさら楽しみだ。ジェイが限界までヒィヒィ言うところ、じっくり拝ませてもらえそうだな」

先に剥ぎ取りを終えて姿勢を正したアルローに続いて、かがんでいたリラも狩猟刀を腰裏の鞘に収め、上体を起こす。
彼女の姿勢が完全に戻った時、ぷちっ、と嫌な音がした。

「えっ……?」

嫌な感覚に、気温は関係なくぞくりと身震いしながら、リラが音のした腰の方に目を向ける。
彼女はいつも腰の装備品にカムラ特産のお守り『花結』を着けていた。幼い頃から姉のように見守ってくれている、里のヒノエとミノトが無事と幸福の願いを込めて作ってくれたもの。

先ほどの嫌な音は、その花結が不意に切れて、薄く凍った地面の上に落下していた音 。

(え、え、どうして!? 今までこんな……狩猟してても、こんな風に切れたことなんかないのに!)

大切な故郷に伝わる、大切なお守り。
このお守りのおかげもあって、いつも無事に狩猟できているのだと思っていた。

(……何かから、守って、くれた。厄落とし、だよね……)

自分にそう言い聞かせながら、すぐに拾い上げるも、何となく嫌な感じがした。とりあえずエルガドに戻ってから結び直そうと、同じく腰に括りつけている採取用のポケットにしまいこむ。

「おーい、どうしたー? 戻るぞー?」

ルナガロンの剥ぎ取りを終えてもその場から動かないリラの背中に投げかけられる、不思議そうなアルローの声。
慌てて振り返った彼女は「はーい!」とすぐに踵を返した。

先ほどまで特に寒さを感じていなかったリラだが、今は妙な胸騒ぎと共に、不穏な寒気を感じる。
考え過ぎであることを願いながら、彼女はアルローと共に、エルガドへの帰路についた。


蒼穹そうきゅうに輝く太陽の強い陽射しと潮風を浴びると、リラはいつもなら無事に帰還できたことに安堵していた。
だが今は、どこか気持ちが晴れなかった。切れた花結の影響だ。

リラの心境を影が落ちた横顔から察しているアルローは、エルガドの中央広場に到着してすぐに、彼女の顔を覗き込んだ。

「おい、どうした? 大丈夫か?さっきの狩猟で、どこか怪我でもしたか?」
「あ……! いえいえ、違いますよ。ごめんなさい、心配させちゃって」
「何かあるならすぐ言えよ? 悪いが、俺はおまえさんの師匠よりはニブイだろうからな」
「あははっ、そんなことないですって。気を使わせちゃって、ごめんなさい」
「謝るな、本当に大丈夫か?」

確信もない嫌な胸騒ぎだけ、怪我をしたわけでもない中、アルローに気を使わせてしまった申し訳なさからリラは念を押すように微笑み「大丈夫!」とぎこちなくも満面に微笑む。
それを見たアルローは心配そうながらも頷いて、再び二人で先程の狩猟の報告をすべく、騎士団指揮所の方へと歩き始めようとした時のこと。

偶然すれ違った、男性ハンターと思しき二人組の会話が、リラの耳に届いてしまった。

『オレ、一昨日おとといカムラの里に行ったんだ。闘技大会しにさ』
『へえ、どうだった?』
『受付してなかった』
『え? 何で?』
『管理者が怪我して、当分休止だとさ』
『そうなのか、残念だったな。その管理者、現場には出られないような大怪我なのかねえ』

大怪我。
恐ろしい響きの言葉だった。

ぴたりと、リラの足が止まる。
それにならって、アルローも足を止めた。

会話の声はすぐに遠のいていき、やがてクエスト出発の方へと消えて、聞こえなくなってしまう。
追いかけて問うことはできなかった。

カムラの里の闘技場の管理者。
それすなわちリラの恩師であり、幼い頃から密かにずっと想いを寄せ続ける人、ウツシだ。

(……ウツシ教官が、怪我……!?)

思わず胸の内で呟いたリラから、血の気が引いた。
雪山にいた時よりも冷たいものが、背筋をぞくりと大きく撫でていく。

ウツシの実力を、彼女は誰よりもよく知っている。
信じられない反面、彼は普段から後進の育成や偵察任務など、闘技大会の受付以外にもあちこちで多忙を極め、特に『任務』の中には、彼だからこそ任されている危険なものがあることも知っている。

もし、任務中に何かあったなら?
彼が、本当に大怪我をしてしまっていたら?

悪い予感が、そして先程不自然に千切ちぎれた花結のことが、リラの中を次々と過ぎる。
大切な人を失うかもしれない恐怖が、心の奥からぬらりと顔を出した。

……ウ、ツシ、教官……!」

焦点が定まらず、虚空を見つめてぽつりと呟いたリラの胸騒ぎが、更に大きくなっていく。幼い頃に見た、母の安らかな代赭色の死に顔が、ふと脳裏に過ぎって。

額に冷や汗が滲んで、心臓が凄烈に鼓動する音が、自分の耳に聞こえてくる。
呆然と立ちすくむ彼女の姿に、眉を顰めたアルローが横からその肩に手を伸ばした。

……おい。……おい!」

アルローが声量を上げると、リラはびくんとと縦に肩を揺らした。我に返ったように、彼の顔を見やる。

…………アルロー教官!」
「大丈夫か?さっきのなら、俺も聞こえたよ」
「アルロー教官、ぼ、ボク……!」

呟くリラの声は、明らかに震えていた。
狩猟の時に見ていた英雄の風格は今はあっという間に鳴りを潜め、さながら幼子。声に留まらず全身も震えそうな様子だ。

アルローは彼女を正面から見つめ、落ち着かせたい一心で声音を意識した。
彼は、カムラの里の闘技場管理者がウツシが、目の前にいるリラにとってどれほど大きな存在であるかを理解している。

「おまえさん、里に戻れ。こういうことは一刻を争う、本人に確認しろ。戻った方がいい」
……で、も……!でも、報告と、調査が……
「報告は俺に任せとけ。調査だっておまえさんがこっちに来て一ヶ月だ、少しは落ち着いたろう。いいから戻れ、後悔するぞ」
「! ……は、い……!」

戻れと告げたアルローの瞳には、失う痛みを知る哀切の光が揺れていた。
その光に気付いたリラの表情に、少しつつけば壊れそうな繊細な笑顔が戻る。
心臓の鼓動は落ち着き始めたが、認識が現実から離れていくような、全てが他人事、遠い場所での出来事ではないかという感覚が芽生え始める。

早く里に戻りたいと思う反面、彼女の中には『せめて報告してから』『急いで帰るという挨拶をしてから』という意識がせめぎあって後ろ髪を引かれる思いだったが、アルローはそれを一蹴して彼女を船着場に連れて行った。

瞬く間にアルローは英雄『猛き炎』専用船の出港手配を整え、押し込めるように彼女を乗船させる。
そして「こっちは何も心配するな!」と大きく声をあげて、呆然として甲板に立つリラに、いつまでも手を振ってくれた。

……。ありがとうございます、アルロー教官!」

船の揺れ、風の感覚さえ分からないような動揺に包まれたままでも、リラはアルローに向けて本能のように声をあげる。

正直今の彼女には、アルローのしてくれていたことがまるで他人事のように感じられていた。

エルガドが、あっという間に遠く、小さくなっていく。

そういえば、アルローが船の乗組員たちに「なるべく急げ」と伝えてくれていたような気がするのを思い出した。

自分がどうすべきなのかを示してくれているのは分かっている。感謝もある。なのにしてもらっているという実感が遠い。

(……薄情、だな……ボクって……)

だらりと腕を下げて甲板に立ったまま、フフ、とリラが声を漏らして自嘲の笑みを浮かべす。

自分は、自分の中にあるウツシという柱が危ぶまれれば、こんなにも弱く、脆いものなのかと。
そしてこれも、自分のことを考えているのに他人事のように感じられた。

心が落ち着かない。
実際に、まだウツシが怪我をしたかどうかさえ分からないのに。

いや、違う。
分からないからこそ、あまりにも怖かった。
すぐに知ることができない状況であることも、恐怖を倍増させていた。

頭では、彼は危険な任務に身を置くこともある人なのだと、分かっているのに。

……ウツシ教官……!」

白波を見つめながらも、心ここにあらず。
リラは胸騒ぎに襲われたまま、まるで抜け殻のように、呆然として立ちすくみ続ける。

英雄として強くあらねば。
心も、誰よりも強く、気丈でなければ。
分かっている。それも、痛いほどに。
苦しいほどに分かっているのに、ままならない。

自分の心がどうあるべきなのか、いつもの心の場所がどこだったのか、一瞬で分からなくなってしまった。

頭の中に、遠く遠く、ウツシの、愛する人の声が、記憶の彼方から響く。

『やあ! 元気かい? 我が愛弟子よ!』
『愛弟子! 俺とも狩りに行こうよぉ!』
『大丈夫!? 怪我はないかい!?』

ずっと想いを寄せ続けている、大切なウツシの声が、鼓膜に直接震えた。
今は近くにいない人の声。

怪我をしたと聞いたのは本人の口からではない。
なのに、この妙な確信と不気味な胸騒ぎは一体何なのだろうかと、リラは唇を噛み締める。

不安な時に脳裏に過ぎるのは、いつでも、最悪のこと。
そして、母の死に顔だった。

怪我が、とても大きかったら。
立てないほどだったら。
もしも、もしもそれが原因で、もう二度と、あの人の声を聞けなくなってしまったら。

……………………!」

ふらりと、リラがバランスを崩す。
船縁ふなべりの手すりに力無く掴まってうつむき、思わず強く双眸を閉じた。

「あ、ぁ…………う、あああぁ……!!」

絞り出したような幼い声が、彼女の喉から漏れる。

いやだ、死なないでと叫びそうになった。
まだ他に詳細な情報はないのに、最悪のことが脳にこびりついて離れない。

今すぐにでも、この身で駆け出したかった。
大切な人の、ウツシの教えてくれた体術で、技術で、すぐに彼の元へ行きたい。
現状を確かめたい。

どうして人間は自分の体で海を渡ることができないのだろうかと、歯痒く思った。
その瞳には、壊れそうなほど大きな不安が宿り、今にも零れ落ちそうな雫があることに、彼女自身も、まだ分かっていない。

時の感覚がなくなっていた。

どれだけの時間が、船で流れたのか分からない。
今のリラには、自分の外側で時間が流れているような気がしていた。

生まれ育ち、見慣れた故郷、カムラの里。

エルガドを急ぎ出発した里の英雄『猛き炎』専用船が到着したのは、次の日の昼頃。

美しく咲き誇る桜雲が、海からの帰還を出迎えた。
花と、里の随所に設置されている煙突から吹き出している、煙の混じりあった懐かしい匂いは、風に乗ってリラの鼻をくすぐる。

……!!」

はっと、彼女は大きく目を瞬かせた。

まだ船が着岸していないにも関わらず、その陸地が確認できてすぐに、彼女は翔蟲で空へと駆け上がる。

甲板から飛び出していった彼女の姿に、船の乗組員たちは全員驚いた様子だったが、誰もとがめる者はいなかった。

@acadine