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黒竹
2024-03-17 23:59:47
27132文字
Public
ひろがるスカイ!プリキュア
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雲の上はいつも晴れ
【ツバエル】
1
2
3
4
沈黙が痛い。さっきエルに突き刺された胸の痛みとどっちが痛いだろう。
あげはは無言でカップを傾けている。ツバサは何も言い出せず、床に正座した状態でまんじりともせずあげはの言葉を待っていた。
カップを干したあげはが横目でこっちを見てきた。思わず背筋が伸びる。
「ツバサくんさ」
「は、はい」
「言ってくれたよね、『あげはさんみたいなカッコいい大人になりたい』って」
「い、言いました
……
」
「エルちゃんを泣かせるのが、キミの思うカッコいい大人なの?」
「そんなこと!」
前のめりになりながら即座に否定した。そんなわけがない。エルは、プリンセス・エルはツバサが唯一の主と認め、この身をかけて守ると誓った相手だ。泣かせたいなんて、そんなこと思うわけがなかった。
とはいえ現状、確かにエルは泣いていたし、その原因がツバサにあることは火を見るより明らかだ。そこを突かれてはぐうの音も出ない。
深く息を吐いて、目線で椅子を使ってもいいかと尋ねる。あげはが頷いたので、立ち上がって彼女の対面に腰を下ろした。
「あげはさんも見たことがあるでしょう。スカイランドの技術や文化の水準はこちらに比べて高いとは言えません。研究者の数も少ないですし、怪物などの驚異や天災の対処は青の護衛隊に頼り切りです」
「でも、青の護衛隊に入る人が増えて、そういうのに対処しやすくなったんじゃないの?」
「スカイランドは空に浮かんだ島がいくつも存在している世界ですから、どうしても対応が遅くなってしまうんです。今だって簡単な公務をプリンセスが代行するくらい国王様たちはお忙しいですし、このままじゃプリンセスが王座を継いだ時も状況の改善は見込めません。むしろ
……
プリンセスがプリキュアの力やエルレイン様から受け継いだ力を持ったままでいたら、それを使って自分で解決しようとしてしまうかもしれません」
ああ、と、あげはがため息とも納得ともつかない吐息を洩らす。
「辺境の町に学校を作ろうとしてるの、そのためだったんだ」
「はい。脅威への対処法を知っている人が各地にいれば、そちらだけでもしもの時に備えた用意ができますし、青の護衛隊に頼らなくても自分たちで対処できることも増えるはずなんです」
「そうすれば、エルちゃんが危険なことをする可能性も低くなって、それ以外のエルちゃんの負担も減る、と」
あげはの言う通りだった。国王たちはまだまだ健勝とはいえ、エルがひとりで公務を執り行えるまでに成長したら、いつ王位を継いでもおかしくない。なにせエルは、あの伝説のプリキュアであるエルレインの力を受け継いだ、たった一人の特別な存在だ。スカイランドの住民に知られたら、どれほどの重圧があの子の肩にかかることだろう。
だから急がなければならなかった。ツバサが持ち得た知識をスカイランド中に広めて、自分だけで持っている『世界』を広げること。範囲は無限大だ。種を撒いた先で新たな才能を持った誰かが見つかり、新しい発見をして、あの浮島でツバサがしてみせたように、誰もできなかった風読みから竜族を救ったような功績を上げられたら。
そうしたらきっともっと平和になる。エルがつらい思いをしなくて済むような、今みたいに無邪気に笑っていられるような、そんな世界が。
「今、みたいに
……
」
そう思っていたのに。
「僕は
……
プリンセスのナイトとして、賢者として
……
プリンセスを、守りたくて
……
」
「そっか。そうだったんだ」
プリンセスのそばにずっとついて守るにはまだまだ未熟だったから、見聞を広めるために旅に出て、それから、どうしたら彼女を守れるのか考えた。考えれば考えるほど時間は足りなくて、やるべきことが多すぎて、両手から大切なものがどんどんこぼれていっているのにも気づかなかった。
「そんなに大事に思ってるなら、どうしてもっとエルちゃんの話を聞いてあげなかったの?」
「だってプリンセスはまだ十二歳なんですよ? きっとお仕事なんて放って遊びたいんだと思うんです。でも、ソラさんたちはともかく、僕までプリンセスの我侭を聞いてしまったら国王様たちがきっと怒ります。それでますます遊べなくなったら可哀想じゃないですか」
あげはがとうとう頭を抱えた。この頭でっかち。口の中だけで呪詛のように呟かれた言葉はツバサには聞こえなかった。
長めのため息をついてからあげはが顔を上げ、どこか呆れたような半眼でこちらを見てくる。その視線になんだかうっすらと嫌な予感を覚えるツバサだ。
「ツバサくんさ、さっきエルちゃんに何言われたか分かってる?」
「え? それはまあ、あそこまではっきり『嫌い』と言われてしまいましたので
……
」
話しているうちに忘れかけていた胸の痛みが蘇る。エルが赤ん坊だった頃にも言われた言葉ではあるが、今ではその重みがまったく違う。最後に言われたのなんて、勢い任せでも売り言葉に買い言葉でもなかった。しっかりと、エルの意思で、確かにツバサへの思いとして、発せられていた。
なにをどうしたら挽回できるのか、まだ見当もついていない。
「仕方ありません。それだけのことをしてしまったんだと思います」
「いや、あれさあ
……
どう見ても
……
」
その先を自分が言ってしまってもいいものか。あげはがこっそり悩んでいると、リビングのドアが静かに開いて席を外していた三人が戻ってきた。
ツバサが知らずしらず腰を浮かせた。ましろと手を繋いでリビングに入ってきたエルはツバサと目を合わせようとしない。その目が真っ赤で、ツバサは罪悪感で押しつぶされそうになる。
「ほら、エルちゃん」
ましろが小声でなにかエルに促していた。エルは半分くらいましろとソラの間に隠れて、チラりとこちらを見てはもじもじと身を捩るのを繰り返している。ソラはずっとエルの背中を撫でてあげていた。彼女が自分から動き出すまで見守るつもりのようだ。
ツバサは、こちらになにかアクションを取りたいんだろうということは推測できても、いったいエルが何をしようとしているのかは皆目見当がつかず、棒を飲み込んだような顔でただ突っ立っているしかない。
結局、エルは数分も悩んでからましろとソラの後ろから出てきて、所在なさそうな表情を浮かべながら上目遣いにツバサと目を合わせた。
「ツバサ
……
さっきはごめんなさい。きらいって、嘘だから
……
」
「え? あ、は、はい。ありがとうございます
……
」
なんとも間の抜けた返事にあげはが額を押さえたけれど、それに反応する余裕もない。
「でも、これからは、もっとちゃんと私の話を聞いてほしい。私、まだ子供だけど、ちゃんと考えてるし、うまく言えないことがあっても、ツバサに分かってもらえるように頑張るから」
「プリンセス
……
」
その瞳の聡明を、もしかしたらツバサは今この時初めて気づいたのかもしれなかった。
ずっとそこにあったはずの、見ようとすればいつでも見られたはずのその聡明は、光であり、ゆらぎであり、水面であり、空だった。
ああ、まっすぐにこちらを見てくれる彼女は、いつだってこの瞳を向けていてくれたのに。
ツバサは無意識に跪き、騎士として最大の敬意を払う。何よりも大切な
高貴
マジェスティ
に、髪の先から足の爪先まですべて捧げるための礼をする。
「浅はかでした。これより、あなたの一言一句を逃さず、すべての言葉を全身全霊をもって拝受することを誓います」
「あ、じゃあちょうどいいんじゃないですか?」
どこか呑気なソラのつぶやきに、ツバサが思わず顔を上げる。「ちょ、ちょっとソラ!」なんだか慌てた様子のエルがソラに食ってかかっていた。
ソラは子供の好きなアニメの映画化が発表されたのを見ている大人みたいな笑顔でエルの頭を撫でている。
「ちゃんと聞いてくれるそうですよ。ほら、思い切って伝えましょう」
「ま、待ってよ。ねえ、ましろぉ」
「うーん、いいんじゃないかな。善は急げだよ」
かしましく騒ぐ三人に、置いてきぼりのツバサはどうとも口を挟めず、助けを求めようと視線を移した先のあげはは面白そうに笑っている。どうも何が起きているのか分かっているようだ。年の功というやつか。
ソラたちに押し出されてツバサの目の前までやってきたエルは、うう、と口の中で唸りながらあちこちに視線を飛ばし、それから意を決したように顔を上げた。
「つっ、ツバサッ」
「はい?」
「あの
……
」
「なんでしょう?」
ツバサがいちいち相槌を打つものだから勢いが削がれてしまって、エルが力なく肩を落とす。「ちょっと黙ってて」呼びかけておいて黙れというのも随分ないい草だが、さっきちゃんと聞くと言った手前もあり、ツバサは素直に口を閉じた。
エルの視線がまたさまよい、ましろが後ろでガッツポーズを取っているのを見つけて一瞬頭痛を堪えているような顔になり、ツバサの方に向き直って真剣な目をした。
「ツバサのこときらいって言ったのは嘘で
……
本当はその反対っていうか
……
あの
……
だから」
「
…………
」
「つ、ツバサのことがね
……
?」
「
…………
」
好き、と、ほとんど吐息と変わらないような、鳥のさえずりよりまだ小さな声で、そっと囁かれる。
ツバサは黙りこくったままでいた。
「ツバサくん、ここで家族とか友達とかの意味で『僕も好きですよ』とか答えるのはナシだよ」
「そうです、そこは空気を読みましょう」
あまりソラには言われたくない台詞だった。
エルはもう首から上が額まで真っ赤で、ぎゅっと目を閉じてツバサの返事を待っている。
「ええ、と」
「ちゃんと考えなよ、
少年
﹅﹅
」
横から差し込まれた懐かしい呼び名に思わず顔をしかめた。ここでこっちを子供扱いするのは反則だろう。
ツバサはもう少年ではないし、エルも赤ん坊ではない。
エルと向き合い、軽く息を吸い込む。
「プリンセスは僕にとって、とても大切な存在で、もしかしたら、僕の周囲にいる人たちの中で、一番かもしれません」
「っ、じゃ、じゃあ
……
」
「でも、それはプリンセスが僕に伝えてくれた気持ちとは違うものだと思います」
きゅっと、エルの眼差しに一瞬だけ切り傷がつく。幼い初恋にひびが入る。鮮やかだった色を失いかけたその時、節くれ立った大きな手がそっとそれを支えた。
「だってプリンセスはまだ十二歳で、これからもっともっと素敵なレディになるに決まってるんです。僕はそれを邪魔したくない」
「どういう、こと
……
?」
「今はまだ僕にとってプリンセスは小さな子供で、そんなふうに思うことはできませんけど。あなたが大人になったら、今度は僕から気持ちを伝える日が来るかもしれません。だからそれまでは、立派なレディになれるように一緒に頑張りましょう」
エルがゆっくりとツバサの言葉を咀嚼して、それから食いつくようにツバサの腕を強く掴んだ。
「そ、それって、大人になるまで待っててくれるってこと!?」
「そうですね」
「いつ!? 大人って何歳になったら?」
ふむとツバサがやや悩む。スカイランドの基準を持ち出してもいいけれど、ここはやはり、僕たちのカッコいい大人に倣うことにしようか。
「十八歳。僕たちが出会った時のあげはさんとプリンセスが同い年になったら、その時にまた、気持ちを確認しましょう」
「わ、分かった!」
勢い込んで頷くエルに微笑みを返してあげると、エルはホッとしたように満面の笑みになって、赤くなった目と涙の跡を流すために顔を洗ってくると洗面所に消えていった。
うんうん、と満足気にしているソラとましろへ目をやり、小さく肩をすくめてみせる。
「これでいいんでしょう?」
「あれだけエルちゃんを泣かせたんですからね。きちんと答えてもらわないと」
ツバサだってエルに悲しい思いをさせてしまったことはいくら後悔してもしきれない。あげはもまあ及第点かなと笑っていた。騎士としてそばにいること、人と人としてそばにいること、想いを大切にすることを約束したんだから、これはもう全面降伏と言っていい。
それに。
「プリンセスだってこれからいろんな地域に視察や会合のために行くはずですから、そこで同年代の子とも出会うでしょうし、きっと僕みたいなおじさんなんて見向きもしなくなりますよ。第一、プニバード族が王女とお付き合いするなんて聞いたことがありませんし、前例もないと思います。ありえませんよ」
六年も経てばエルの憧れ混じりの初恋も美しく昇華されて、もっとふさわしい相手に出会うだろう。そうしてきっと自分たちはまた家族みたいな関係に戻っていくのだ。それが一番いいと思う。
ツバサが得意げに語る言葉を尻尾まで噛み砕いた三人は、みんな一様に苦いものを噛んだ顔をしていて、ツバサはきょとんと目を丸くした。
「ツバサくん、乙女の純情を甘く見過ぎだよ」
「エルちゃんがたった六年で諦めるわけないじゃないですか」
「少年、キミが前例とか言っちゃう?」
「
……
あれぇ?」
思っていた反応と正反対すぎて、そしてみんなの視線が冷たすぎて、ツバサのこめかみから冷や汗が一筋、たらりと落ちた。
若干十二歳でスカイランドの賢者となり、それまでひとつもなかった学校を作り、飛べないはずのプニバード族でありながら自由に空を駆ける力を授けられた青年は、己の発言の矛盾になどは気づきもせずにただただ首を傾げるばかりなのだった。
もうひとつ、彼が初めての偉業を達成するのかどうかは、さて、まだ誰も知らないことである。
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