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黒竹
2024-03-17 23:59:47
27132文字
Public
ひろがるスカイ!プリキュア
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雲の上はいつも晴れ
【ツバエル】
1
2
3
4
あげはの後ろに隠れてツバサをにらみつける。ツバサはなぜ
……
と呆然としながら大人しく虹ヶ丘家のリビングに正座していた。
エルを背中にかばいながら腕組みをし、難しい顔をしていたあげはだったが、双方の言い分をじっくり聞いてから重々しく頷いた。
「なるほど。事故だった、と」
「そ、そうです。断りもせず抱き上げたのは謝りますが、あのままではプリンセスが転んで怪我をしそうだったので仕方なく」
「仕方なく!? ツバサ、ほんとは私にさわりたくなんかなかったってこと!?」
「誰もそんなこと言ってません!」
無意識なのか、あげはが自分のこめかみを指先で強く揉んだ。ソファで事の次第を見守っているソラとましろは下手に口出しするべきではないと思っているのか、静かに紅茶を飲んでいる。
ツバサは頭痛を堪えるように額を押さえ、どうしたものかと弱りきった様子を見せている。
「最近はプリンセスとゆっくりお話する時間もありませんでしたから、久しぶりにプリンセスとの時間を取ろうと、視察にお付き合いいただけるように王妃様にお願いしたんですよ。あなたと関わりたくないならそんなことしません」
あげはの後ろから顔をのぞかせたエルの眼差しから、ほんの少しだけ険が抜けた。
「視察のこと、ツバサがママに言ったの?」
「はい。このところ僕がひとりで訪ねても追い返される事が多いので、王妃様からお伝えいただいたほうがいいかと思って」
「そ、そうなんだ
……
」
思わず口元が緩んだのに気づいて慌ててあげはの背中に戻る。どういう風の吹き回しか知らないけれど、会いたいと思ってくれたのは嬉しい。
エルの態度が軟化したのを察したか、ツバサがそうなんですと深く頷いてわずかに膝でにじり寄ってきた。
「僕も反省したんですよ。いくらプリンセスといってもまだお子様ですからね。仕事の話ばかりしてはつまらないだろうとあげはさんに言われて、ちょっとは遊んであげないとと思って」
「
……
ツバサくん
……
それ言っちゃうか
……
」
あげはが手のひらで顔を覆った。向こうではソラとましろも「えぇ
……
」と言いたそうな顔でこっちを凝視している。
「ツバサくん、たぶん今踏んじゃいけないところを走り抜けたよ
……
」
「私でも今のはまずかったって分かります」
「あれ、味方がいない?」
エルの心が冷えていく。それはもう冷えっ冷えだった。アンダーグエナジーを生み出してしまったかもしれない。「エルちゃん、落ち着こうねー?」なだめ口調であげはが声をかけてきたけれど返事をしないでその背中から抜け出す。
こっちが子供だから仕事の話をしてもしょうがなくて。
遊んであげないと拗ねるから面倒で。
しかもそれらは、あげはに言われるまで思いもよらなかったと。
ぐるぐると、腹の底で何かが唸る。
おおかみがきたぞ。
助けなんか来なくていい。
「ツバサ、きらい! きらいきらいきらい!!」
「プリンセス!? どうしたんです急に
……
!?」
「急じゃないもん!」
浮かんできた涙を乱暴に拭ってツバサをにらみつける。ツバサは膝をついたまま、しかし中途半端に腰を上げた姿勢でいて、エルの剣幕に気圧されたのかそこで止まってしまっていた。
「もっとみんなと遊びたいって、ましろたちと一緒にいたいって、ツバサに何度もお願いしたもん! 前は毎週トランプで遊んだりしてたのにツバサだけ来なくなって、少しだけでいいからみんなで集まりたいって言ってたのに、ツバサ全然聞いてくれなかった!」
「そ、それは、辺境の村に学校を建てる予定ができて、そっちに滞在しないといけなくなったからで
……
」
「ツバサくん、それならそうで、予定を教えてくれたらこっちでも合わせられるところ探すしさ。何も言わずにいるよりちょっとは相談してくれても良かったんじゃない?」
不快感を覚えているわけでもない、平坦な口調であげはが会話に入ってきて、ツバサがそちらに目を向ける。
「はい
……
そうですね、これからはあげはさんたちに予定を伝えるようにします。それでいいですか?」
ようやく立ち上がってとりなすように笑うツバサを見ていたら、全身から力が抜けたような気がした。崩れ落ちなかったのは奇跡かもしれない。
どうして。どうしてそんなこと言うんだろう。
問題は解決したとばかりに、ツバサが笑いながら手を差し出してくる。仲直りの握手のつもりなんだろう。その手を呆然と見つめる。その手、を。
その手を、握れるって思ってるの?
「ツバサ
……
」
「プリンセスもあまり我侭を言ってあげはさんたちを困らせないでくださいね。ちゃんと話してくれれば僕も聞きますから」
「なに、言ってるの?」
「え?」
「さっき、何回もツバサに言ったって、私話したよね? たくさん伝えたよ? ツバサが、聞いてなかっただけだよ。今だってそう。どうしてあげはが言ったら、すぐに分かったって、そうしますって答えるの? おんなじこと、私、これまで何度もツバサにお願いしてたんだよ?」
表情がうまく作れていないと思う。エル自身、怒っているのか、悲しんでいるのか、蔑んでいるのか、あるいはどれでもない空っぽの感情なのか、何も判断できない。
ツバサが息を呑んだのが分かった。今更、なのかとますます内側が冷えていく。触ったら凍ってしまうのかもしれない。カイゼリンは、もしかしたらこんな気持ちだったのかな。偽物の記憶を植え付けられて絶望した友人を追想する。
「す、すみません。忙しさのせいでプリンセスときちんとお話できてなかったかもしれません。これからはもっと時間を取って、プリンセスとも会話するように」
「違うよ」
平坦な、温度のない声で遮ると、気圧されたのかツバサが口をつぐんだ。
「待って、エルちゃん、ちょっと落ち着こう?」
「昔からツバサはそうだったよ。私がツバサと結婚したいって言った時だって」
「結婚
……
? あ、あの時の
……
?」
心当たりが無いようで、ツバサは訝しげに眉をひそめながら記憶を探っている。やっぱり彼にはその程度の話だったのだ。あの時、あんなにも一生懸命、拙い言葉でも伝えていたのに。
「私はずっとツバサと結婚したいって言ってたのに、ツバサは勝手に結婚式みたいなことをみんなでしたいんだって勘違いしてたじゃない」
「あ
……
そういえばあの時も、あげはちゃんだけがエルちゃんの言いたいこと分かってあげられたんだよね」
離れたところからましろの独り言が聞こえてきた。そのとおりである。本当にツバサくんと結婚したいんじゃない、と、彼女だけが言ってくれて、ツバサは全然分かってくれなかった。
見る間にツバサの肩が落ちて、消え入りそうな小声での謝罪がギリギリのラインで耳に届いた。当時はツバサだって子供だったし、結婚なんてごっこ遊びでしかなかった。
でも本当に、本当に、テレビで見たあの二人みたいになりたいと、その相手はツバサがいいと思っていたのに。
あの頃はなにも知らない赤ん坊で、何も知らない赤ん坊だったから、相手はツバサじゃなくてもいいはずだった。年齢も性別も選ぶ基準にはならないから、誰を選んだってよくて、ソラでもましろでもあげはでも、ヨヨであってもなにもおかしくないはずだった。
それでも、ツバサがいいって言ったのに。
どうにもらないほどの勢いで喉からなにかがせり上がってきて、透明なそれは涙になってエルの双眸を覆う。慌てて袖で両目を隠した。「あ、プリンセ
……
」ツバサの動揺が空気の振動として伝わってきたがそれ以上のものはなかった。
「きらい。ツバサなんてだいっきらい」
喉の震えをこらえながら、うつむき加減でひどい言葉を床に落とした。彼がどんな表情をしているのかは知らない。傷ついていればいいとも思うし、傷ついてほしくないとも思っていた。
「エルちゃん」
優しい優しい声が背後から届いて、エルは両目を覆ったままそちらに振り返る。
「おいで」
それはヒーローの声だった。最初にエルを助けてくれたヒーローの。一歩、そちらに踏み出すと、近くまで来ていた力強い腕が軽々と抱き上げてくれた。
もう抱っこであやされるような年じゃないのに、そうされるとまるで初めて会った時のようで、なんだかひどく安心できた。
ぎゅっとしがみついてひとつ鼻をすすり上げる。ポンポンと優しく背中を叩いてくれているソラは、その手を止めないまま身体の向きを変えたようだった。
「エルちゃんは私が預かります。落ち着くまで向こうの部屋にいますから、少し、あげはさんと話し合ってみてください」
ツバサの返答を待たないまま、ソラはエルを抱えてリビングをあとにした。ましろもついてきてくれているみたいだ。「前にエルちゃんが使ってた部屋にしましょうか」「
……
ましろの部屋がいい」「分かりました」ぐずぐずと鼻を鳴らしながらねだるとソラはあっさりお願いを聞いてくれた。
愛され続けて十一年。そんな自覚はある。ソラは時々は悪戯を叱ったり礼儀作法について厳しく注意してくることもあったけれど基本的にはエルに甘くて、ましろはそれ以上に甘かった。そんな二人に守られて、エルはソラの腕の中で胎児みたいに丸まっている。
顔を見せたくなくてソラの胸に押し付けていると、それを無理にやめさせようともせず、ましろの手がそっと髪を撫でてきた。
「
……
ほんとじゃない気持ちを言っちゃうの、つらいよね」
「
……
うん」
「ほんとの気持ちを分かってもらえないのも、つらいよね」
こくりと小さくうなずいて、ますますソラにしがみついた。「大丈夫ですよ。大丈夫」ソラはこれまで何度もしていたのと同じように慰めてくれた。ヒーローは泣いている子を絶対に見捨てない。いつだってそうだった。あんまりソラが何度も「大丈夫」って言ってくれるから、自分でも、小さな相手の手を取って「だいじょうぶ」と繰り返すようになったりもした。そんな魔法の言葉だ。
少しだけ、気持ちが軽くなった気がする。
「
……
私、ツバサにひどいこと言っちゃった」
「はい。自分でそう気づけたのなら充分です」
「あとで謝らなくちゃ」
「うん、わたしたちもついてるからね。でも、それはそれとして、ツバサくんに怒ったことはちゃんと分かってもらわないとだよ」
「そうですよ。エルちゃんをこんなにつらい気持ちにさせたんですから、その責任は取っていただかないと」
ましろもソラも、口調は至極真剣だった。まるで子煩悩なパパとママだ。
もちろん、エルがそう呼びたいのは国王と王妃だけであって、二人にそうなってほしいと思っているわけではないけれど。
それでも愛されてるなと思うし、家族だなとも思うし。
大好きだなって、思うのだった。
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