不破
2024-03-07 23:31:06
5834文字
Public 空戦
 

#17




「参謀本部直属第2試験小隊フォーマルハウトでの任を解き、第2航空師団、本部大隊ポラリスへの異動を命じます」

 ポラリス。北極星の名を冠した、第2航空師団に属する隊。隊長であるジェンソン・カリストラトフ中将の言葉に、ホワイトは無表情のまま敬礼した。
 ホワイトがもともと属していたフォーマルハウト隊は、AIを用いた自動空兵の開発・運用を目的とした試験小隊だったのだが、開発主任を担っていたブルーリング・デグチャレフ大尉――二階級特進で中佐となられたが――が戦死したため、解体。ただ1人残されたホワイトは、メルゼブルク軍第2航空師団の本部大隊であるポラリス隊に移動することとなったのだ。

「ホワイト一等准尉……そういえば貴方、ファミリーネームは?」

「私はアンドロイドです。家族というものはいません」

 ホワイトはただ事実を告げた。しかし、その言葉を耳にしたカリストラトフ中将の表情は複雑なものへと変わった。

……そうねえ、そのままでも構わないけど」

 言いながらカリストラトフ中将が苦笑を浮かべ、続ける。

軍人として・・・・・、メルゼブルク軍に身を置く以上はファーストネームだけじゃ不便でしょう。良い機会だし、自分で決めて登録した方が良いわ。なにか、希望する名前はあるかしら?」

 言いながら端末を開いて光学モニターを浮かび上がらせるカリストラトフ中将。その言葉に、ホワイトは少し困惑する。
 先の言葉通り、自分はAIを用いたアンドロイドで、人ではない。家族など持たない身でファミリーネームを名乗ることにどれほどの意味があるのか、それがわからなかった。だからこそ、希望するファミリーネームなど思いつかない。

「いえ……

 と、否定へ繋がる言葉を口にしかけた時だった。ふと、大尉の顔が思い浮かぶ。ブルーリング・デグチャレフ大尉。自分に「ホワイト」という、色の名をくれた人物。大尉もまた、青という色を示す言葉を名に持つ。

「ブルーリング……

……貴方」

 溢したその名に、少しだけ驚いた表情を浮かべたカリストラトフ中将がそう言い、小さく苦笑して、続けて問うてくる。

「その名を、背負うということ?」

……わかりません。ですが、私の記録にはこの名しかありません」

 少しだけ間を置いて返した言葉が解答として正しかったのかホワイトにはわからなかったが、カリストラトフ中将は静かに笑んだ後、浮かび上がった光学モニターに表示されたホワイトのデータにアクセスし、手早く入力を済ませてくれた。

「これでよし。では改めて……

 言いながら端末を閉じ、こちらに向き直ったカリストラトフ中将がラフに敬礼して続けた。

「ホワイト・ブルーリング一等准尉、コールサインはポラリス3とします。確認し、復唱なさい」

 告げられた言葉にホワイトも敬礼を返し、口を開いた。

「ポラリス3、第2航空師団本部大隊ポラリスに着任。以後、ジェンソン・カリストラトフ中将の指揮下に入ります」


 一礼し、ポラリス隊の談話室に隣接するカリストラトフ中将の執務室を出る。左右に伸びる廊下を歩き、エレベーターホールへ辿り着いたホワイトは新たな隊での戦術機動を確認に、下階にあるシミュレータールームへ向かおうと、ボタンを押した。数分と待たず、ベルの音とともに到着したエレベーターに乗り込もうと、開いた扉の向こうに目をやると、エレベーターの中に人影が見えた。
 サンセットピンクの髪に、金の差した赤色の巨星のような目。パイロットスーツの上から羽織ったフライトジャケットには赤い星と蠍を湛えた隊証が見て取れる。アンタレス・オラクル中尉。先のサイードとの戦時中、件のバグダードでの作戦で共に出撃していたシャウラ隊に所属する人物だ。
この階で降りるつもりだったのか、開いた扉を潜り抜けてエレベーターホールに出てきた彼と目が合うも、こちらと勝ち合った彼が足を止めた。

「あんたは、フォーマルハウトの……

「ホワイト・ブルーリング一等准尉です。フォーマルハウト隊は解体となりました。小官は8分23秒前に第2航空師団、ポラリス隊に着任しています」

 オラクル中尉が溢した言葉に返しながらも敬礼する。こちらの行動に面食らったような表情を一瞬だけ浮かべたオラクル中尉が少しだけ顰めた表情で「そうか……」とだけ言い、敬礼を返してくる。が、そこから会話を続ける必要性が浮かばず、ホワイトは敬礼を解いて立ち尽くす。数秒の沈黙が訪れ、なにやらバツの悪そうな表情を浮かべたオラクル中尉がなにかを思い出したような表情を見せたかと思えば、フライトジャケットのポケットに手を突っ込み、なにかを取り出した。

……なんですか?」

「やる」

 短く言いながらオラクル中尉が差し出したのは、紙幣ほどの大きさの紙だった。
 カラフルな色使いの上に洒落たフォントで「Astraia’s Third Live」と書かれていた。アストライア・オラクル。眼の前にいるオラクル中尉の妹であり、アイドルである彼女が軍基地でライブを行うという話はホワイトも承知していたが、そのチケットを受取る理由に心当たりはなく、差し出されたそれを一瞥し、オラクル中尉を見上げた。

「これを受け取る理由がありません」

……転属祝いかなにかでいいだろう。要らないなら誰かにやってくれ。転売はだめだ。おれが妹に殺される」

「警戒が必要でしょうか?」

 と、殺されるという部分に反応してホワイトは端末を立ち上げるも、オラクル中尉がすぐにそれを否定した。

「いや、必要ない。そういう意味じゃない……あぁ、とにかくこれはあんたの物だ」

 こちらの手にやや強引にチケットを握らせながら続けたオラクル中尉は、ややうんざりしたような調子で脇をすり抜け、「じゃあ」と付け足して廊下の方へと消えていった。その後姿を見送りながら、ホワイトは小さく溢した。

「ありがとうございます、中尉……

閉じてしまったエレベーターのドアを見、もう1度ボタンを押し込んだ。