【フィル風】たまの甘えた膝の上

中々おねがショタに甘えてくれないので、ご都合主義猫化したおねがショタに甘えてもらうお話。
フィル風編。※アン風前提のフィル→風。


元来寝起きはいい方の部類に入る。目覚ましが鳴る5分前に自然と目が覚め、ググっと腕と背筋を伸ばす。あとはお目々ぱっちり体を動かせば眠気が詰まらなそうな顔で帰っていく。
それが風子にとっていつもの朝の光景だった。取れる睡眠時間が短い場合、精々眠たい目元を擦る工程が追加されるくらいで他は変わらない。
寝慣れたベッドの上、掛布の中でもぞもぞ動き「さて、起きようか」と頭が体に指示を飛ばすが、体はその指示を無視するどころか「まだ寝ていたい」と駄々を捏ねる。
特に寝坊したいほど心身の疲労は無いはず。寝惚けた頭で昨日おとといの記憶のページを捲ったところで、やはり有益な情報は出て来なかった。
出て来ないならば仕方ない、起きよう。そう自身自分に言い聞かせ、あまり動かしたくない体を動かした。風子が上半身を起こすのに合わせ掛布がずるりと落ちる。
「ふわぁ……
重たい瞼を擦り大きな欠伸をひとつ。ここまで眠気が飛んで行かないのは稀有であり、体が割り切れないと抗議を上げるのもまた稀有なことである。自身の温もり残るベッドから抜け出す動きも鈍く、隙あらばベッドに戻ろうとする体に指示を出して寝間着から普段着に着替えた。
長年身に染みこんだ習慣は優秀で、やり始めてしまえば体は不貞腐れながらも動いてくれる。が、それは同時に体が勝手に動いてくれるため、あまり思考能力を使用しなくても済んでしまうということでもある。
思えばこの時点で普段よりショーツやジーンズを穿いた際の違和感にもっと意識するべきだった。
洗面台で顔を洗えば幾らか眠たい気持ちが排水口へ流れていった。傍に置いたタオルを目を開けず手探りで探し、ふわふわのタオルを指先が掠め掴み顔を拭く。
さて今日も今日とてさっぱりした自分の顔が全面鏡に映し出される、

「──ん?」

はずだった。
鏡越しに映る風子の頭部から見慣れないものがひょっこり顔を覗かせている。まん丸に見開いた目にシンクロしてぴこぴこ動くそれは如何見ても猫の耳であった。
「・・・ふぅ」
これはまだ寝惚けている。やれやれと溜息を吐いた風子が顔を洗い直し、もう一度鏡に映る自分を見た。
「ほらあ、やっぱり見間違!?」
本来なら苦笑して流すところだったのに、哀しいかな風子の目にはっきりと三毛柄の猫の耳が存在感たっぷりに映っている。
怒涛の如く脳内を埋め尽くす疑問と困惑。頭を抱えた時に触れた猫の耳の感触がまたリアルで風子の口から唸り声が零れ落ち、ここで事の原因が自分の首に嵌められていることに気が付いた。
長年古代遺物を回収しまわり、その回収した分だけ事故った多さは伊達じゃない。十中八九先日回収した古代遺物の首輪が悪さをしており。
「すり抜けずに触れられる。本来存在しない部位なのに違和感なく触った感じも伝わってくる」
事故った分だけリカバリー力も鍛えられていった。
どのような原理か定かではないが、実体化している猫の耳を軽く摘み思案に耽る。思ったより癖になる触り心地。柔らかくて温かい毛の感触もリアルだ。
「首輪は、外せない。これといって心身ともにダメージらしきものは無い。身体的変化はあるけど、この感じなら他の人たちに影響が出ることは無さそう」
鏡の前に立った姿を凝視観察する。風子の赤みの強い朽葉色の目が訝しげに細められた。
如何せん完璧に安全であるか皆目見当つかない。目頭を揉むほどしてきた経験則に置いて、一日長くて二日経てば効果が切れるという根拠は無いが確信があった。
「念のため今日一日休ませてもらおう」
この状態で課題や任務に参加した際、否定能力がどのような影響を及ぼすか分からない。何より変に気を遣わせたり心配してもらうのは気が引ける、というよりニコを筆頭にしたメンバーからのお叱りが目に浮かぶ。
「叱られるのは仕方ない。私が悪いんだもん」
苦笑を漏らす風子だったが、いざ自分が叱られる状況を思い浮かべて真顔になった。
「これ内緒にして休も」
何時ぞやどのようなことだったか思い出せないが大変心配をかけた時、ニコ達全員からおしくらまんじゅうをされ≪不運≫が発動しまいかハラハラしっぱなしになった記憶が勢いよく脳裏を過っていった。
今回の件も下手すればおしくらまんじゅうの刑を処されるやもしれない。
「絶対理由言わないで休も。部屋から一歩も出ないで引き籠ろ」
風子の行き過ぎた言動等を改めさせるためニコ達がする洒落にならないこの行為。たしかにある程度言動を律する効力を持っていたが、次は相手にバレないようにするということをする輩が一定数おり、風子もまた其処に属していた。
要は親にバレないように悪戯をし続ける子供であり、もしそれがバレたあとの特大雷を考えていないお馬鹿な子供でもある。
「そうと決まったら、──はーい」
休む旨を如何いう理由を付けて伝えようか。風子が適当な理由を考え始めた時、自室の呼び鈴が鳴った。
とかく体にしみ込んだ行動ほど恐ろしいものはない。呼び鈴に対して返事をしつつ、扉向こうに誰がいるのかも気にせず風子は扉を開けた。
そう只今自身の身に起こっている事態をすっかり忘れて、風子は普段通り扉を開けてしまったのだ。

「フィルくん! おはよう、どうしたの?」

組織のエンブレムがデカデカと刻まれた扉が左右に割れた先、新緑色のふんわりとした柔らかい髪と澄んだ同系色の瞳を持つ幼い少年ことフィル=ホーキンスが静かに佇んでいた。
朝早く部屋に訪れた小さな訪問客を風子は彼と視線を合わせるべく屈み出迎え、朗らかな笑みを浮かべ言葉を話せないフィルの心情を読み取るため新緑色の無垢な瞳を覗き込む。
すると、彼の瞳が次第に上へ動いているのに気が付いた。風子がその視線の先に何があるのか、彼が何を伝えたいのか考えた結果、

「ア゜ーーーーーーーーー!?!?」

ようやく今朝生えたての猫の耳を隠していなかったこと思い出した。
声帯の何処から出ているのか如何やって出しているのか謎多き叫び声。閉じられない口、猫耳がある頭の方を凝視する赤みの強い朽葉の瞳は窄まり、事の原因である猫耳は持ち主の感情に同調して毛が逆立っている。
「待って待って待って!! フィルくんこれには訳があああああああああああっっっ!!!!!!!?????」
慌てふためき意味のない動きで風子の両手が忙しなく乱舞する。とにかく言い訳をさせて欲しい、理由を聞いて欲しい懇願染みた気持ちでフィルに話そうとすれば、かなり遠目だが彼の後方からタイミングよく談笑に耽り歩いているニコとイチコの姿が目に入ってしまった。風子にとって一番現状を知られたくない相手出現という最高な演出。
止まらない絶叫。刹那、風子を中心に廻る世界が速さを失くす。
スローモーションで聞こえる絶叫は低く伸び、瞬きしているフィルの大きな目に映る風子の姿は鬼気迫るものがあった。咄嗟にフィルの小柄な体を抱きかかえ扉を閉めるのと、ニコの視線がやおらイチコから逸らされ始めたのはほぼ同時だった。

「なんか聞こえなかったか?」
「そう? 別に何も聞こえなかったけど」
……気の所為か」

ぴたりと耳を扉に当て部屋の前を通り過ぎていく話し声と足音を注意深く聞き入った。
その真剣さたるや風子はズボンの隙間からゆらり動いている三毛柄の尻尾がフィルの小さな手に優しく撫でられていることを全くもって気付いていないほど。
完全に二人の気配が消え去り風子が胸をなでおろす。安堵の溜息を吐き、フィルに対して無礼を詫びようと振り返れば彼の手がさわさわ尻尾を撫でているのに風子の思考が一時停止を起こした。
決して強く握らない小さく幼い手。毛並みに沿って優しく撫で、スリと頬擦りする様は微笑ましさを覚えたのは一瞬のこと。風子の一時停止していた思考が絶叫を上げると共に動き出した。
「だめっ! 来るよ不運が、あああああ……!!」
思わず身を捩りフィルの手から尻尾を引っこ抜いてしまい、風子の顔が”やってしまった”と歪む。だが、そもそもフィルを部屋の中に抱きかかえ入れる際、手袋をしていない素手で彼の腕に触れていたことを時間差で思い出してしまった。
その痛すぎる事実に唇を噛み締め風子が唸る。されど、後悔の波に溺れる時間も暇もない。風子が咄嗟に行動を移すのに合わせ、フィルの小さな手が手袋をしていない彼女の手を掴んだからだ。
「~~~~~~~~~!!!!!」
風子の脳内はかくや怪獣大戦争も真っ青なくらい混乱を極めていた。それでも無意識にフィルを助けなくてはという意識を引っ張り上げ、右往左往し始める体を律するため大きく深呼吸をした。
冷や汗は止まらない。鼓動も恐ろしいくらい打ち鳴らし血液を体全身に巡らせている。風子の手が小刻みに震え、息を飲む姿をフィルは新緑色の無垢な瞳で見詰め続け──、彼女の手を引き寄せ自身の頬に当てた。
フィルのする行動の意味が分からず、風子の頭の中が更なる混沌を極めるも、彼の大きな瞳は何かを伝えたいのか片時も逸らされない。
「(もしかして……)」
とある仮説が風子の中に産まれ、それを確認すべく恐る恐るフィルから手を離した。
はじめに接触してから時間が経っているが、その接触した分の不運が未だに来ない。時間差にしても違和感が残り、念のため待ってみたがやはり不運自体来る気配が無かった。
「不運が、来ない?」
風子の自問自答にフィルが静かに頷き、所なさげに浮いていた彼女の手を取り再び頬を摺り寄せた。
自分のものではない素肌を撫でる感触が鮮明になるにつれ、重苦しい懸念材料がものの見事に消え去り風子はその場にへたり込んでしまった。喉奥から絞り出される「よかったぁ」の声が二人しかいない部屋の中に染みこんでいく。
「そういえば、フィルくん今日はどうしたの?」
素朴な風子の疑問。手を離したフィルがズボンのポケットからつづら折りにされた紙を出し見せてくれたことでポンっと手を叩いた。

≪フィルくんが遊びたい時にお兄ちゃんお姉ちゃんが ちゃんと休んで遊んでくれるチケット≫

自分のためではなく他者を思い遣るお願い事をリクエストした心優しい彼へ贈ったクリスマスプレゼントにはとても見覚えがあった。
早速使ってくれる微笑ましさに風子の心が温まるも困ったと眉尻を下げた。
何分、この状態で他のメンバーを誘って遊ぶわけにはいかない。出来得る限り秘密裏で対処及び証拠隠滅を計りたいのだ。
朝早くに来てもらって申し訳ない。また次回に持ち越してもらおう。風子がフィルに今日は遊べないんだごめんね、と伝える前に彼の新緑色の無垢な瞳が虚空を見遣り、空中に半透明の青みがかったディスプレイを表示させた。
ひょっこり風子が覗き込めばリアルタイムで文章が打ち込まれていった。
要点を掻い摘み風子が独り言のように呟いていく。

「えっと、つまりフィルくんはこのチケットを使って私と二人っきりで遊ぶ。チケット使うのにあたって私は休みを取ってフィルくんに付きっきりだから、私の所在は基本留守の状態になって自室に籠っていても誰かが怪しむことは無い。んー、私にとってはすっごく助かるけど、フィルくんはそれでいいの?」

風子の問いにフィルが新たに文章を書き込んでいった。

『風子お姉さんにお休みしてほしいから平気。いつもお疲れさま』
「フィルくん……!!」
その優しさが目に染みる。風子は熱くなる目頭をキュッと抑え。

──ぐぅぅぅ

朝ご飯を食べていないぞと主張する腹の虫に首元まで朱色に染まった。
照れ恥かしさを覚えつつ、フィルに朝ご飯先に食べさせてもらうね、と一言声を掛け部屋備え付けの冷蔵庫を風子が開ける。腹の中を明るく照らし晒す冷蔵庫だったが、ひやりとした冷気と数本の飲料水以外その腹の中に入っていなかった。いつもであればお手軽に食べられる軽食の一つや二つ中に入っているのに隅から隅まで血眼で見渡しても影一つない。
「あっ」
風子はここで思い出した。今回の遠征をするにあたり賞味期限が切れる前に綺麗に食べきったことをこのタイミングで思い出した。まさに痛恨のミス。食堂に取りに行きたくても、この姿を見られるわけにはいかない。
腹が減って仕方ないぞと文句を言う胃袋に、今日一日食べなくても死にはしませんからと風子が説得を試みる。
空腹を宥め賺すため、お菓子でも適当に摘まもう、なんて抗議の如く鳴るお腹を擦る風子の肩を誰かの指がちょんちょんと突く。
「フ゛ィ゛ル゛く゛ん゛!!」
振り返った先、フィルの小さな腕に抱えられている食べ物の数々に風子は涙した。サンドイッチからワンプレート物まである種類の多さにまた涙を流した。
気を遣って食堂に取りに行ってくれたフィルに風子は感謝を述べ朝食にありついた。泣きながらお礼を言い食べる姿は賑やかそのもので、そんな風子の様子を無言で眺めていたフィルは食べ物以外のものを持ってきていたのをこの時の風子は知る由もなかった。



「ごちそうさまでしたっ」
満腹満足。お腹も心も満たされた風子の顔が緩みに緩む。てきぱき後片付けを済ませ、朝食を食べ終わるまで待ってくれているフィルに視線をやれば、ずらりと並ぶ各国で商品展開されているパンパンダの一体の頭を撫でていた。古代遺物収集と違い、こちらは集めれば集めるほど風子の部屋に置ける勢力拡大の一途をたどっている。
「お待たせフィルくん。なにして遊ぼっか?」
………
地下深くにある組織基地の殺風景さを解消するため、食堂や休憩室、各私室には窓型ディスプレイが設けられ季節と時間帯に応じた風景や各々勝手気ままに好きなものを表示させていたりする。
風子の部屋にある壁一面にはめ込まれた大きな窓型ディスプレイ。その縁に並んでいるパンパンダのぬいぐるみはおしくらまんじゅうよろしく置かれており、縁から溢れた物たちは新しい棚が設けられ其処に準じ収まっていた。
恐らく端から端へ一体ずつ頭を撫でていたであろうフィルが風子に声を掛けられ振り返った。
フィルの傍に近付いた風子が腰を屈め目線を合わせる。新緑色の無垢な瞳が微笑んでいる風子を見詰め、そっと膝に添えられている彼女の何も纏っていない手をフィルの幼く小さな手が掴む。控えめにされど、こっちと引っ張るフィルに促された風子はベッドに腰かけた。
座った途端、スプリングが軋み時間差でもう一度軽めに軋んだ。隣同士で座ったけど、これから何をするのだろう。風子が目でやんわりフィルに訴えかければ、彼の細い指先が本日お披露目された部位をそれぞれ指差した。
「・・・また触りたい?」
念のため確認したら、フィルが視線を逸らさず頷いた。
乾いた笑い、何となく頬を掻く人差し指。そんな風子を見上げているフィルの表情は変わらず凪いたままで、一呼吸置き風子の口から「いいよ」と了承の言葉を聞いてもそれは変わらない。

そして、冒頭に戻るのだった。