無窓居室
2023-11-09 20:43:57
6317文字
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タイッツーSS集

タイッツーに流したSSのまとめです。
内容は雑多で全年齢。時間があれば増やしていきたいです。

青い面影

(さとひめ)

 小学生時代のある夏休み前に、わたしはお気に入りのキーホルダーを失くしてしまった。それは家族旅行で海へ行ったときホテルで買ってもらった、金のプレートにわたしの名前と誕生日が刻印されたもので、もちろん本物ではないけれど名前の隣に一粒のアクアマリンが光っている、とても大切にしていたキーホルダーだったのに。

「あれっ、ひめちゃん何してるの?」
 
 通学路を何度も行き来して探すわたしの姿を見て、同じクラスの男の子が声をかけてきた。この子は学校中のわたしを好きな大勢の男の子と同じでお願いすれば大抵のことをやってくれていたから、わたしはキーホルダーを失くして困っていること、できれば一緒に探して欲しいことを伝えた。

「オレちゃんが見つけてあげましょうか?」

 男の子の代わりに悪魔が答えた。この男の子は悪魔と友達で、よく一緒に学校へも来るのだ。
 悪魔は魔界の王様らしく、男の子は特に力が強かったり頭の良い小学生ではなかった。走るのはわたしより遅く、テストはいつも30点未満だった。けれど悪魔がその子を引き回していたわけではない。少なくともわたしの目には二人が対等な友人に見えた。
 それが人に取り憑く悪魔の性質のせいなのか、男の子が持つ何か目には見えない力のせいだったのか、わたしは今もしらない。

「やめなよ!ブラック、何か企んでるでしょ」
「そんな〜、この顔が信用できないんですか?」
「できない!!」

 頷きそうになったわたしと悪魔の間に男の子が割って入った。たしかに、悪魔にタダで何かしてもらおうなんて危険すぎる話だ。わたしは、男の子がわたしの代わりに悪魔と契約してキーホルダーを見つけてきてくれないかな、と期待した。わたしのことを好きなんだからそのくらいしてくれても良いはずだ。でも、話はそっちの方向には行かなかった。

「俺が見つけてあげるよ、ひめちゃんのキーホルダー!」

 力強く言われてわたしは肩を落とした。学校のテストだけでなく、男の子は普段の察しや機転もすこぶる良くなかったから。
 でも、いくら頭が悪くたって目が悪いわけではない。一人で探すよりマシだろう。わたしは微笑んで、いかにも感じよくお礼を言い、一緒に通学路の脇の植え込みの下を一本一本覗き込んだ。悪魔はニヤニヤとしていた。

 その日も次の日もわたしは通学路を隅々まで探し、男の子も手伝ってくれたけれどキーホルダーは見つからなかった。

「側溝に落ちて流されてしまったかもしれませんねぇ」

 悪魔はまたニヤけながら言う。それは子どもの力では見つけ出すのが絶望的ということだ。わたしはもう一度、男の子がわたしの代わりに契約をしてくれないかとその横顔を盗み見た。男の子は強く拳を握っていた。

「あきらめないぞ!ひめちゃんのキーホルダーは絶対に俺が見つける!!」

 わたしは溜息をついた。


 その翌日、わたしは塾と習い事で忙しくてキーホルダーを探している時間がなかった。翌々日はママとパパとお出かけの予定があって無理だった。その次の日は友達に遊びに誘われて、わたしはとうとうキーホルダー探しよりそちらへ行くことを選んだ。
 帰り道、後ろめたい気持ちで男の子をこっそり目で探すと、男の子も通学路を逸れて堤防の方へ走っていくのが見えた。わたしと同じで友達と遊びに行くのかしら、と考えて、わたしはほっとするのと同時に少なからず不満に思い、そんな自分にがっかりした。あの男の子がわたしにも見つけられなかったキーホルダーを探し出せるなんて信じていたわけでもないくせに。
 もうわたしはキーホルダーを思い出したくなかった。じきに夏休みになった。


 始業式の朝、いつも遅刻して来る男の子がその日ばかりは門の前でわたしを待っていた。夏休み前より日焼けしていた。

「ひめちゃん、これ……

 決まり悪そうに差し出されたものを見て、わたしはイタズラかと思った。子どもの手のひらが余るくらいの小さな板きれに下手な字で何か書いてある。突き返そうとして、板にボンドで留められた石ころが不思議な青色をしていることに気づいた。宝石のように輝いているわけではないけど、複雑な色合いと微妙な透明感がある。

「この石は?」
「見つからなかったんだ。ひめちゃんの水色の石のついたキーホルダー、見つけられなかった。ごめん」

 男の子は要領が悪いので、わたしは少し苦労しながらいきさつを聞き出した。キーホルダーが側溝に落ちたのではないかと考えた悪魔と男の子は、夏休み中かけて側溝の水が流れつく町内の川を探して回ったそうだ。下流へ下流へと向かい、海へ出てもキーホルダーは見つからなかったらしい。

「石は砂浜で見つけたんだ。ひめちゃんの宝石に比べたら全然光ってなくて何の価値もないかもだけど
「シーグラスといって、正確には石ではなくガラス片です。捨てられたガラスが波に揉まれることで摩耗し、角が取れて磨りガラスのような風合いになるんですよ」

 悪魔が横から口を挟む。よく見ると木の板も表面が白くすり減っていて同じ浜辺で見つけたのだろうなと思った。書いてある字は、たぶんわたしの名前と誕生日だろう。

「こんなのしか見つけてこれなくてごめんね」

 情けなく男の子が笑った。わたしは、とびきりの感じのいい笑顔を向けて「ありがとう」を言った。演技の必要はほとんど無かった。
 悪魔がやはりニヤニヤと笑っていたのを憶えている。


 あのシーグラスのついた板きれをどこへやってしまったかと、夏の終わりの波音を聞くたびにわたしは思う。たしか、中学生になって雑誌の撮影をするようになった頃はまだ持っていたのだけど……ああ、高校一年生のときに出たCMのオーディション、あのときの「ありがとう」を思い出しながら台詞を言ったら合格したんだっけ。そのときにも小物入れから出して見返した。
 食べるものにも事欠いた下積み時代、シーグラスにはとても高い値段のつく珍しい色のものがあると聞いて、その色を知ってしまってからわたしは逆に自分の、いえ、あの子の、シーグラスを見たくなくて、見れば頭の中で思い出をお金や物に換えてしまうんじゃないかと、押し入れの中にしまい込んで──それきり。どこへやったかもう分からない。


 この仕事をしてきて、沢山の人がわたしに恋をしてくれたし、わたしも多くの恋をしてきた。
 でも、今になってしきりに思い出すのは、まだ恋もよく知らない子どもの頃、何も叶えられないくせに何もかもを叶えようとしてくれたあの男の子の、恋人よりもずっと不思議な、瞳の色なのだ。



 市井ひめ

少女時代よりモデル、女優活動をはじめ二十歳で映画デビュー。同世代の代表的な女優として数々の演技賞を受賞する。引退後は南仏に移りエッセイを執筆。初の作品集は自身の子ども時代の思い出という形式を取りながら悪魔や鬼、天使などが登場する幻想的なもので、独特の作風が話題になった。本編はその表題作である。


 2023/11/05