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柚鈴
2024-02-18 17:19:51
23129文字
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でぃあぷろSeason2 有志合唱SS
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⑧ノエル
◇アリシア・シードゥス
夜に落ちた街に、静かな雨が降っていた。薄くたなびく雲に隠れて、星は見当たらない。時折通り過ぎる車が水溜まりを跳ねさせる音だけが、やけにくっきりと耳朶を打った。陽が落ちた冬の街並みは、カーディガン一枚では当然肌寒い。様々な色に彩られた明かりを灯す並木道から目を背けるように、ゆっくりと瞼を下ろす。高熱が出た日と、同じ悪寒がした。気付かないうちに沈んでいる太陽も、望んでもいないのに勝手にやってくる明日も、何もかも気持ちが悪い。レリーフの凹んだ部分だけをなぞり続けているみたいな、世界に対する居心地の悪さに塗れて生きている。
静謐な暗闇だけが、経帷子のようにアリシアを包み込んだ。心臓を鷲掴まれたみたいな鈍い感触が、鼓動に変わって全身を巡る。角の丸まった河原の石を、身体の内側から投げつけられているみたいな感覚。心臓から散らばった痛みは極限まで鈍く丸くなって、もはや痛いのかも分からない。だけどこれを集めて煮詰めたら、きっと痛みと呼べるものに変わるのだろう。そんな違和感の震源地を、左胸に感じ続けている。誤魔化すように両手を握りしめたかったけれど、手に上手く力が入らなかった。目の前が暗い。涙を飲み込むために、ぎゅっと瞑った瞼の裏側に灯る色。明かりを消した部屋の隅を、見つめ続ける午前二時の色。陽の沈んだ地平線の端を、両手で掬ったような色。視界を満たした暗闇の色に、喉奥が微かに震えた。ずっとその場所に籠っていたいような、今すぐ何処かへ逃げ出したいような、そんなアンバランスな衝動を駆り立てる暗闇。「闇を見ている」と「何も見ていない」の境目は、一体どこにあるのだろう。瞬きの隙間に想う。答えなど出るはずもない。すべて定義次第だからだ。見るとは何か。光の刺激を受けることか。何かを認識することか。瞳を閉ざした奥の眼球は、瞼の裏を見ているのか。「何も見ない」なんて状態は、この世界に果たして存在するのか。レム睡眠の最中に夢を見ている間、忙しなく動き回る眼は何を見ているのだろうか。知ったところで何にもならない、無意味な疑問ばかりが脳を占めていく。そういえば、小さい頃はよく星を見ていた。固く目を瞑った先に見える、無数の小さな青い星を。青い星は温度が高くて、生まれたばかりなんだという。耳鳴りと同時に飛び込んでくる幼い星々の瞬きを、目を閉じた先の世界で探していた。泣き出しそうになるたびに、瞼の裏で星座を結んでいた。目を開けたとき、彼らはどこに行ってしまうのだろう。その瞬間に、ふっと消えてしまうのか。それとも、瞼の裏で待ち続けてくれるのか。健気な輝きが愛おしくなって、不意に胸が締めつけられた。あなたたちのことは、私が愛してあげるから。馬鹿馬鹿しい一人芝居に自嘲する。嘘ばっかり。愛されたことのない人間は、誰のことも愛せない。脳裏を過った陳腐な言い回しに、心臓が一際大きく脈打った。薄っすらと気付いていながら目を逸らし続けていたものに、眩いライトが当てられたみたいな気分だった。愛が何より欲しいのに、愛が何かが分からない。定義不足で解けない証明のようだった。愛されたければ、誰かを愛するしかない。誰かを愛する方法は、愛されなければ分からない。出口のない循環参照を繰り返して、袋小路で行き詰まっている。避雷針を探す稲妻のように、無数の火花を湛えながら、どこにも行けないままでいる。
「愛なんて、要らない」
瞼の裏で星座を探しながら、微かな声で呟いた。喉の奥が痙攣する。アリシアが作り物の人形だったら、きっと鼻が伸びていたに違いない。手の届かない、酸っぱい葡萄。本当の願いは裏返しだ。愛が欲しい。誰かに愛して欲しい。叶わない望みを遠ざけたくて嘘を吐くけれど、ただ虚しくなるだけだ。いっそ泣き出してしまいたいのに、目頭は冷たいままだった。悲劇のヒロインになれなくて、無意味な瞬きを繰り返す。涙腺は乾いているのに、震える喉は嗚咽を堪えたように引き攣っている。立ち上る陽炎に目の前が攫われたように、視界を満たした暗闇が揺らぐ。泣きたいと泣きたくないの狭間で揺れる心臓が、奇妙な浮遊感を訴えた。自然と呼吸が浅くなって、不規則な鼓動は言うことを聞かない。剥き出しのままの傷口が、風雨に晒されて膿んでいく。深く息を吸い込んでみるけれど、全身に刻まれたみたいな悲しさは逃げていかなかった。透明な輪郭に、両手から溢れるほどの痛みを湛えて息をしている。こんなに苦しいのなら、生まれてこなければよかった。愛してくれないのなら、初めから生まないでほしかった。分からない。どうして生きているのか。自分が何をしたいのか。どれだけ日々を重ねたところで、きっと永遠に分かることはない。最初から最後まで、意味のない命だ。明日がやってくることが怖かった。何処にも逃げ場がないことが苦しかった。空っぽの心を抱えながら生きていかなければならないことが、痛くて痛くて堪らなかった。目を開ければ歩き出さなければならない気がして、逃げるように瞳を閉ざし続ける。生まれたての星々が、哀れむように視界の底を掠めた。北極星は何処にもない。
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