柚鈴
2024-02-18 17:19:51
23129文字
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でぃあぷろSeason2 有志合唱SS



③サマータイムレコード

◇セシル・フォスター

 眩しい夏の太陽だけが、視界を染め上げていた。茹るような空気が陽炎に変わって、坂の上の景色を霞ませる。焼けつくようなアスファルトを蹴って、期待に息を弾ませながら、セシルは長い坂道を駆け上がった。
「クレア! セシル! 早く早く!」
 はしゃぐように小さく飛び跳ねながら、ハレリがこちらに向かって手招きしている。背の高いハレリの後ろからこちらを覗いたフウカも、恥ずかしそうに小さく手を振っている。その光景に、訳もなく胸が高鳴った。とびきりの楽しいことが、この先に待っている。映画館で聞く上映前のブザーのような、花火が打ち上がる直前の尻尾の部分を見ているような、ときめきの前触れみたいに鼓動が速くなる。セシルよりも足の速いクレアの背中を追って、セシルは懸命に走った。お揃いのTシャツの裾が風に靡いて、はためくように揺れる。夏休みに入ってすぐに始めた四人だけの秘密基地作りも、いよいよ佳境に差しかかっていた。
 学校近くの公園から伸びた細い路地を、山の方角にずっと進んで行った先。ひっそりと隠れるように、打ち捨てられた里山が存在している。その中でも特に見つけにくい場所を選んで作ったのが、セシルたちの秘密基地だ。学年の違うセシルたちが四人で集まり始めたきっかけは、六月頃に遡る。大きなカタツムリを追いかけて道に迷ったクレアのことを、ハレリが助けてくれたのだ。それ以来、頼り甲斐のあるハレリにクレアはすっかり懐いてしまったらしい。二つ年上の六年生は、高学年に上がったばかりの四年生にとって憧れの対象だ。そうなる気持ちも頷ける。そんな偶然の出会いを機にして仲良くなった二人は、どういう経緯かは知らないが、秘密基地作りの計画を立てるに至ったらしい。計画がある程度煮詰まり始めたところで、クレアがセシルを、ハレリがフウカを誘ったというわけだった。
「秘密基地を作るんだよ、セシル! わくわくするでしょ!?」
 大冒険に乗り出すための船を手に入れたみたいな勢いで、クレアはセシルに話を持ちかけてきた。自分たちだけの、特別な秘密基地。その言葉はクレアにとって、大粒のダイヤモンド以上に価値のある響きを持っていたらしい。正直なところ、セシル自身はそれほど「秘密基地」という存在に対して憧れがなかったのだけれど──楽しそうなクレアを見ているのは好きだから、その計画に乗ったのだ。否、それだけが理由だと言えば嘘になる。クレアがセシル以外の人とばかり遊んでいるという状況が、ほんの少し面白くなかったのだ。これまでセシルは、夏休みのほとんどをクレアと二人きりで過ごしてきた。宿題をするときも、夏祭りに出かけるときも、プールや海に泳ぎに行くときも、いつでも隣にはクレアがいた。忙しい両親に代わって、クレアの面倒を見てきたのはセシルだったのだ。だから、クレアの世話を焼くのは自分の役目だという自負があったせいで、クレアを取られるんじゃないか、みたいな嫉妬に駆られてしまったのだ。今思えばあまりに子供っぽくて恥ずかしいから、誰にも言いたくはないけれど。
 最初の動機はどうあれ、この夏はセシルにとって初めての、友達と過ごす夏だった。経験しなければ知らない世界があるとはまさにその通りで、「友達」と過ごす日々はこれまでになく楽しいものだった。ハレリとフウカに対しても、初めはどんな風に接すればいいのか戸惑っていたけれど、今ではすっかり慣れてしまった。四人の中で一番背の高いハレリは、意地悪な上級生を追い払ってくれて頼もしい。引っ込み思案なフウカとは、初めのうちはあまり話が出来なかったけれど、最近ではお互いに好きな本を持ち寄っては紹介しあっている。お気に入りの本を教えてくれるときのフウカは本当に嬉しそうで、聞いているこちらまで自然と笑顔になるのだ。他愛ないおしゃべりをしたり、本を読んだり、宿題をしたり。四人で集まって思い思いの時間を過ごしているだけで、家にいるときの何倍も居心地がいいように感じられた。今なら、セシルを誘った日のクレアの気持ちが分かる。「秘密基地」の四文字は、たったそれだけで心を弾ませる最高のスパイスだ。体を動かすのが好きなハレリとクレアは、木の枝を集めたり段ボールを貼り合わせたりして土台の部分を作り、そうして出来た空間をセシルとフウカが飾りつけるというのがお決まりのパターンになっていた。今日はビニールシートとガムテープで、雨避けの天井を作ることになっている。どうしたら落ちてこずに固定出来るだろう。上から懐中電灯を吊り下げれば、キャンプみたいで雰囲気が出るのではないか。浮かんだいくつものアイデアを、早く話し合いたくてうずうずした。

「お待たせしました! 今日はゼリーを作ってきたので、一緒に食べましょう!」
 坂道のてっぺんで待っている二人に向かって、そう言って手にした保冷バッグを掲げる。四人の秘密基地を作ってから、セシルはお菓子作りが好きになった。四人だけしか知らない場所で手作りのお菓子を食べるのは、特別な秘密を分け合っているみたいで嬉しくなる。
「やったー!!」
 同じ家に住んでいるのだから知っているはずの──なんなら味見だってしたはずのクレアが、拳を突き上げてはしゃぐ。
「いつもありがとう、セシルちゃん」
「何味?」
「えっとね、レモンと、ソーダと……
 鳴り止まない蝉時雨を背景にして、騒ぐ声が夏空の下に響く。天高く聳えた入道雲が、街を見下ろすみたいに膨らんでいる。みんなと友達になれて、よかったな。大人になってもきっと、セシルは今年の夏を忘れないだろう。隣に立ったクレアと、顔を見合わせて笑い合う。太陽を溶かしたみたいなお揃いの金髪が、夏の日差しに煌めいて揺れた。