鹿
2023-11-12 00:05:26
6088文字
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ちいさくてかわいいやつに影響されたやつ

煮付けきっかけで書き始めたのに煮付け要素が入れられなかったやつ


 人気のない夜の入江に、大荷物を背負い、抱えた男の影がひとつ。短髪の男の服装は黒いコートで、夜の闇に馴染みすぎて逆に不自然だった。生き物とは思えないほど、暗闇に似ている。
「よい、しょっと」
 ゴツゴツとした岩場の、それでも少しは安定しそうな位置を探して、男は箱を背から下ろし、壺はさらに少し離したところに置く。
「副長、おかしいですね、人魚ですって……はは、はははは!」
 男は突然笑い出した。いや、もしかすると、ずっと笑いを堪えていたのかもしれない。
「ふはは、は……おっと、これ入れなきゃ聞こえねえよな」
 懐から何やら取り出しつつ、男は岩場に置いた箱を開ける。
 中に詰まっていたのは、バラバラになった人間の胴体と手足だった。箱の中心に胴体が背を向けて置かれ、その周囲に隙間ができないよう四肢がきっちり詰められ、その上紐で縛られている。
「おはよー、ござい、ますっと」
 箱の中の胴体の、脊椎にあたる部分。そこに電池ホルダーの蓋があった。しかし本来は当然のことである。四肢が外れ、箱に詰められて腐るわけでもない人体が、本物のはずがない。
 しかし、もしこの場に男以外の人間がいたら、蓋がぱかりと開いたことに何より驚いたろう。それほどに、その箱詰めの身体は生き生き・・・・としているのだ。男が懐から取り出した電池をはめ込み、また蓋を閉めたこともきっと信じられないだろう。もっとも、男以外に誰もいないのだが、
「こいつもねえ、当然純正品なんて手に入らなくなってんですよ。本当は毎回、今回は起きねえんじゃねえかって……
 蓋を閉めながら、男がつぶやく。当然、誰も聞いてはいない。
「こんな引越しの荷物みてえな詰め方しといてよく言うじゃねえか」
 しかし、返事があった。声とともに、箱がカタカタと震える。胡乱な目つきの男の顔に、まるで花が綻ぶような笑みが浮かんだ。
「斎藤」
 声は壺の中から響いている。男は嬉々として壺の封を破った。
 壺の中には、大層見目の麗しい男の首が入っていた。艶やかな黒髪の男の首を、隈のある男は大事そうに取り出して掲げる。
「はいはい、あなたの人魚の斎藤ですよ、土方副長」
……なんだそりゃ」
「そういう話になってるんです。笑っちゃいますよね」
 隈の男――斎藤を見下ろしながら、黒髪の男――土方は憮然としている。
「そんなしかめ面はやめてくださいよ副長、色男が台無しだ」
「俺はどんな顔してても色男だ」
「そうでしたね、その通り。なんなら、首から下が無くったって全く問題ない色男ですよ。また箱閉めておきましょうか」
 箱の方が抗議するようにガタガタと震えるが、バラバラにされた上縛られているのではどうにもならない。もっとも、その状態でも箱を揺らせることの方が異常だが、それについて疑問に思う者はここに存在しない。
「あはは、おもちゃみたいですねえ。電池で動くし」
 震える土方を見て笑う斎藤の様子は、確かに動く玩具を見て笑う子どもにも似ているかもしれなかった。
「まだ怒ってんのかよ」
……まだ?」
 はあ、と土方がため息をこぼす。さほど深刻さはなく、こういったことは以前にもよくあったのだろう。
「お前、そんなに死にたきゃ殺してやるって言ってたろ。で、俺の電池引っこ抜いて。俺はそこから意識なかったわけだが、忘れてたんだな」
「え、ああ! そうだったそうだった! それで勢い任せに電池ぶん投げて、でも置いてくのは嫌で箱に詰めて、頭は上手く収まらないから別にして……それで、この状態なら起きても無茶できねえだろって思って。だからまた電池入れてあげようと思ったのに、今度は電池が手に入らなくて!」
 ヘラヘラと話す顔は、昼間に村の老人に見せたものとはまるで違っていた。
「結局あんたと話すのいつぶりなんでしたっけ? ひとりだと時間全然わかんないんですよねえ」
「ふん。すっかりボケ老人だな、テメェも」
「土方さんのがさらに九歳ジジイですよ」
「誤差だろ今さら。つうかお前、よくこうやって俺の意識飛ばすから、その分俺より歳食ってるんじゃねえのか」
「えっ⁉︎……あー、確かに……?」
 今度は土方が笑った。首だけでどうやって声を出しているのか、それを疑問に思う人間もここにいない。ただ二人で笑い合う、奇妙に穏やかな空間だった。
「でもね、ボケたって大事なことは忘れませんよ。見てくださいここ、覚えてます?」
「なんだってんだ? どこにでもある寂れた村の外れにしか見えん」
「僕らがともに永遠を誓った場所なのに⁉︎傷つくなあ! ひどい人だよあんた」
……あの入江、なのか? こんなだったか……?」
 土方が周囲を見渡したい意図を感じ取り、斎藤は首を抱えてぐるりと一周回ってみせた。
「ここらを治める国が七度変わっても開発の手が入らなかったそうですよ? 自然のままです。自然のまま、地震だの噴火だの風化だので地形が変わったんじゃないかと」
「じゃあ最早わかんねえだろ。第一『久々に戻ってきたら星座もなんかずれてる!』っつって迷いまくってたじゃねえかお前」
「いやここですよ! 多分! さっきも言ったけど、人魚の伝説が残ってるんです」
「だからなんだ、人魚って」
 それがかくかくしかじかと、斎藤は昼間に老人から聞いた話を首に向かって語り聞かせる。途中から笑いを抑えられず、最後の方は腹を押さえながらの話になった。
「お前が俺が殺されたと思ってキレてこの村の連中皆殺しにして、秘密裏に開発されてた生物兵器盗んで、挙句に治療のためにそれを食い散らかして……ふたりしてこんな身体になった話が、なんでそんなことになってんだ?」
「いや盗むのに必要な分殺しただけで、皆殺しにしたのはここじゃないですよ。あんたを実験体として攫おうとした町……だっけ? 全滅させたの。とにかくこの村は、こうして話が残ってるんですし、ちゃんと生き残りがいたんですよ」
「どうだかな、爺さんの言った通り人魚伝説なんてそこらじゅうあるし、どっかの土地から流れてきたやつが伝えただけってこともある。第一言うほど俺らの話に似てもねえ、ここも思い出の土地なんかじゃねえかもな」
「じゃああの日の入江(仮)ってことで。永遠を誓い合った場所(仮)であんたを目覚めさせてやろうってんですよ。ロマンチックでしょう? 土方さんそういうの好きかと思って」
「(仮)で何もかも台無しなんだよ。何年経っても風流のわかんねえやつだな……まあでも、捨てていかなかっただけでも感謝はしてる」
 そう満足気な土方に、斎藤は心底心外だと顔を歪めた。その整った顔を両側から掴んで、凄むように問いかける。
「僕があんたを今更捨てるなんて、そんなことすると思ってたんですか。村が滅んで、国も無くなって、土地さえ崩れてどこにも住めなくなって、宙に飛び出して駆けずり回って、また戻ってくるまで一緒にいるのに?」
「こんなに一緒にいたからだろ。思い出も風化してわからなくなるまで、長く尽くしてくれた」
「土方さん、人にさんざん言う割に、自分も大概情緒に欠けてますよ。尽くした、なんて簡単な言い方をしてほしくないですね」
 ふん、と斎藤は首を地面に置いてそっぽを向いてしまう。斎藤に見捨てられると、今の土方は文字通り手も足も出ない。言葉を尽くすより他なかった。
「悪かった」
「違うでしょう」
「感謝してる」
「聞き飽きました」
「愛してる」
……いや、まだまだ」
「いつまで経っても無茶する男を愛しちまって、かわいそうにな」
…………それだけでもないです」
 ふう、と土方はひとつ息を吐く。慈しむようにも、呆れているようにも見える表情だった。
「この、臆病者」
 斎藤が振り向いた。土方の首を胸に掻き抱いて、縋るように叫ぶ。
「怖いに決まってるでしょう⁉︎まともな身体だったら、あんたが勝手に死にに行くのだって、諦めがついたかもしれない。けど、俺があんたを生かした、俺ならあんたを救える、俺が終わっちまったらあんたも終わる、俺だけがあんたを終わらせられる……!」
 そうしてしばらく、首を抱えたまま震えていた。土方は何も言わず、震えがおさまった頃にようやく口を開いた。
「なあ、いい加減身体くっつけてくれるか? これじゃお前を抱きしめてもやれん」
……色男ぶられるの腹立つんで、もう少しこのままで」
 ふふ、とどちらからともなく笑いだす。諦めのようにも、安らいでいるようにも聞こえた。
「副長も大概おかわいそうですね、たったひとりの道連れがこんな面倒な野郎で」
「今更だな。慣れりゃかわいいもんだ……それにな、面白いこと思い出したぞ」
「面白いこと?」
「ここに来るの、三回目だ」
…………あれ? そうでしたっけ?」
「そうだよ、前に来た時もお前キレ散らかして、俺のこと岩に串刺しにしたろ。伝説のひとつにもなってる」
 斎藤はぽかんとした顔で記憶を探る。そうしてかつて、この男を磔にしたことを思い出した。
……ああ! ありましたねぇそんなこと! あれどの辺の岩だっけ? 地形変わってたから気づかなかったわ」
「ひょっとして、俺たちはここに何度も来ちゃあ、その度に妙な伝説のタネ撒いてたんじゃねえか?」
「だから落ちが定まらないって? はは、あり得る」
「斎藤」
 土方が穏やかに名前を呼ぶ。
 それで斎藤は意図を理解し、その唇に口付けた。しばしの間、さざなみの音だけが響いていた。
……次来た時は、伝説はこうなってるかもしれねえ。『人魚はそれでも男を愛した、男が傷つく度、その肉を捧げた。最後には首だけになろうとも』ってな」
「わはは、土方さんが人魚なんですか? や、でも僕より似合うかもなぁ」
 斎藤は土方の首をそっと置いた。そして箱に近づいて、土方の身体の縛めを解きはじめる。
「仕置きは終わりか」
「しょうがないですね。抱きしめてくれるんでしょう?」
「ああ、お前の電池も代えてやらねえとな。この状態でお前が電池切れ起こしたりしちゃ笑い話にもならん」
……僕が電池切れてる間は、無茶しないでいてくれます?」
「そりゃあな、俺がヘマしてお前が終わるなんて我慢ならん。でも俺ぁ、お前より寂しがり屋なんだよ。すぐ電池入れたくなっちまう」
「でしょうね。あーあ」
 斎藤は失望とともに微笑んだ。こうやって、愛情も感謝も罪悪感も惰性も恐怖も全て、飽きるほど繰り返しながらここまで生きてきた笑みだった。