らい
2017-03-25 21:31:58
13231文字
Public レオいず
 

アインザッツにはなむけを

レオいず/ループする夢ノ咲からやっと卒業するふたりの話



3.

 三年生の旅立ちを控えた夢ノ咲学院の廊下は、卒業一色に染まっている。カラフルな紙で繋がれた鎖と、桜を模した造花が、校内各所に飾られていた。
 一歩先に進むレオは、フンフン、と鼻歌をくちずさむ。そのくちびるは、弦楽器をかき鳴らすように動いている。髪のしっぽも連動して、楽しげに揺れていた。窓から入りこんだ夕暮れの光が、穏やかな炎を灯すので───まるで、夜空にきらめくキャンプファイヤーのようだった。もっと、ほかに例えるものがあるような気がしたけれど。どうしても思いつかなくて、泉はモヤモヤとさせられる。


「こういうの見てるとさ」
「ん」
「いよいよって感じがするよな」
「はあ?」


 聞き返す泉に答えるように、レオがぴょん、とその場に跳ねる。たん、たん、と心地よい靴音を奏でながら、巣立ちを祝福する装飾の数々に指をさした。小柄な身体がジャンプするたび、首元のパーカーがふわり、と呼吸する。オレンジの光に焼かれたしっぽが、火柱をあげた。


「この紙のリング!とか!花!とかさ!」
「小学生みたいにジャンプしないでよねえ、みっともない。ああ、でも、そうだねえ。送りだされてる感は、あるかな」
「去年はどうだったっけ。在校生が作ってるんだろ?おれ、こういうの作った記憶ないな。宇宙人にでもアブダクションされていたのか?その辺の記憶がどうにも抜け落ちてるらしい。ドシガタイ~!」
「眼鏡をクイッと上げる所作が抜けてる」
「なんだよ、厳しいな」
「いつものことでしょ」
「それもそうか。いつものことだ」


 無邪気に目を細めて、レオは子どものように笑った。空高く登る太陽さながらに笑いかけてくれるレオの眩しさも、多分いつものことだった。ずっと昔から、きっとこれからだって。長いあいだ、うんと待ちわびていたような気がした。
 どうしようもない切なさがこみあげてくる。まっくろに埋没した記憶の沼から、地上の空気を求めるように。泉には、この感情の置きどころがわからなかった。放課後を照らす夕焼けの彩度に、柄にもなく感傷的になっているんだろうか。それとも、なんだ。すぐそこに卒業が近づいているから?やっと卒業できるから?やっとって、一体なんなんだ。留年していたわけでもないのに。訳もわからず笑えてきたので、泉は口元をそっと抑えた。


「おれたちも、やっと卒業できるなあ!」


 くるり、と向きなおるレオの顔に、満面の笑みが咲く。頭の中身を読まれたようで、驚いた。王さま、一体なにを言ってんだか全然わかんないよ。やっと、ってなに。俺とまったく同じこと考えてんじゃないよ、チョ~うける。レオの腰をグーで小突きながら、泉はすこしだけ笑った。




*******


 上履きをぬいで、外靴に履きかえる。玄関を出ると、突然、びゅっと風が吹いた。「なんだ!?春の嵐か!?ベートーヴェン作曲ピアノソナタ第17番、テンペストの波動を感じる!わはは~!」と喜んでいるレオを横目に、泉は「ぶっ」と反射的にまぶたを閉じた。どこからともなく飛んできた物体が、くちびるを目がけて飛んできたからである。


「どうした、セナ!桜の花びらなんかくっつけて!」
「この時期に、まぁだ桜なんて咲いてないでしょっと」


 その正体は、桜色の紙きれだった。いびつな形に切り取られているので、恐らくは校内の飾りつけで使われた残りものなのだろう。窓の外から落っこちてきたのか、ごみ袋からもれたのか。いずれにせよ、不必要なものだ。泉は、それを引きはがそうとした。ところが、とっさに伸びてきたレオの手に邪魔された。虫とりかごを持った少年のような顔つきをしているくせに、意外と角ばった男らしい指がそっと触れる。泉は「はあ?」と首をかしげた。てっきり剥がしてくれるのかと思いきや、逆に押しつけられたからである。


「桜の花びらでジップロック!」


 くちうるさいセナを黙らせる有効な手段の一つだな!世紀の新発見だ!おれはやっぱり天才だな!げらげらと笑いながら、一枚の花びらで鍵をかけられる。幼稚園年少組のガキじゃあるまいし!泉はかばんを振り回して、レオの尻をひっぱたいた。その拍子に桜の花びら、もとい紙きれはどこかに飛んでいってしまう。「痛ッぇ!」と吠えるレオに、今度は泉が鼻で笑った。


「王さまの繊細なケツに、けしからんやつめ!」


 臀部をおさえながらレオがわめくので、泉はレオの頭にとどめの手刀を振りおろした。いつの日だったか忘れてしまったけれど、流星隊のブルー担当におそわった秘技である。よもやこのような場面で役立つとは。人生、思わぬところで意外なものが役立つんだねえ。手の側面を見つめながら、泉はフン、と鼻をならす。


「股間を強打されたわけじゃないんだから。今の攻撃は、マシな部類だと思いなよぉ」
「あ~、いたい。いたい!その話はやめてくれ。さすがのおれも妄想したくない。オーバーキルにもほどがある。こないだの恐怖をぶり返すから、やめてくれ!」


 両手でばってんマークを作って、レオがぶんぶん、と首を振った。注射を嫌がる犬のようである。泉はハハッと声をあげて、校門に向かって歩みを進めた。その横にレオも続く。ふたりは肩を並べて歩きはじめる。


「こないだの恐怖?...ああ、夜道でプロデューサーに話しかけようとして背後から近づいたら、変質者と間違われて股間をえげつない角度から膝鉄されそうになった話?くまくんから聞いたよぉ、俺もその場にいたかったなぁ」
「おまえ!おれの天才的身体能力で間一髪回避できたからよかったものを!というか楽しそうな声を出すなっ、お偉い『皇帝』さまみたいに!」
「だって楽しいでしょ?」
「おまえというヤツは!ほんとうに……


 まぁ、いっか。レオはそう結論づけると、目を細めて笑った。ほんとうに性格の悪いやつだ、と続けるつもりだったのか、あるいは。レオは一体なにを告げようとしていたのか、泉にはわからない。あえて尋ねることもしない。けれどもレオは、今この瞬間、すぐ隣で笑ってくれている。自他ともに認めるひねくれ者の自分と、対等に歩いてくれる。レオは、そういうひとだった。だからこそ付いてきたのだ。今の今まで。やっと卒業できるまで。その事実だけで、泉にはじゅうぶんだった。


「ったく、リッツのやつ。王さまを盾にするとは、何事だ!」


 さきに話しかけたのは、リッツだぞ。レオが頬をふくらませる。ふふふ、と悪だくみを浮かべる凛月のたくらみ顔が思い返された。今日は紅茶部の送別会があるとかで、真っ先に帰ったけれど。今度は、くまくんも誘おう。モデルの仕事で忙しいなるくんと、家の用事で大変そうだけど、かさくんも一緒に。いつのまにかビジネスの域を超えた盟友たちに、思いをはせる。仰いだ空は橙色にとけていて、明日へと続く夕陽の光だけが、そこにあった。


「まぁ、次期『王さま』の身体を命がけで守り抜いたってことでいいんじゃない?」
「死んでも死にきれん間抜けな最期すぎるわ!どうせ死ぬならもっとこう、騎士団長レオ様が祖国の愛する妹を守るため、親愛なる四人の騎士たちとともに!千年前より封印されし召喚獣レイ・ワタル・カナタ・ナツメ、一人でお留守番は可哀想だからお情けでシュ~も引き連れて、ボンクラ皇帝の敵地に乗り込む中世の物語とか、そういう華麗なるいにしえの伝記を紡ぎたい!」
「うわ、長っ。ストーリーが壮大すぎて辟易するし、設定がとっ散らかりすぎてチョ~うざいんだけど」
「う〜ん、確かにそうだなぁ。肝心の世界観を明確化しないと、物語の神秘性が破綻する!ここは希望の戦士トリックスターを交えて、ぶつぶつ
「マジで考えようとしてんの、それさぁ。あと、ゆうくんは出さないで。フィクションといえども傷つけたくないから!」
「おまえだって、しっかりと考えてるじゃん。わはは!」
「あんたがゆうくんを出そうとするから。ああもう、俺まで変になる!うざい、うざい!チョ~うざぁい!」


 高校生にもなって。むしろ、卒業するっていうのに。いぶかしげな表情でレオを見やると、レオはうんと腕をのばして、「あ〜、た〜のしっ!」と背後を振り返った。泉もつられて、レオが見据える方角に視線を投げる。三年間のあいだ通ってきたアイドルの学び舎。夕焼けの光線に焼かれながら、美しくそびえ立っている。


「おれたち、もうすぐで。ほんとのほんとに、卒業するんだな」


 OBとして来ることはあっても、制服姿で通うことは二度とない。放課後の教室でじゃれ合うだとか、寄り道をして買い食いだとか。そんな高校生のあたりまえは、いずれ失われる。むかしの思い出に変わっていくのだろう。それはたぶん寂しいことだった。けれども、ずっと夢見ていた瞬間でもあった。泥水の底から待ちわびていた、一筋の光のようだった。


「セナ」


 レオは地面を蹴ると、身軽な動きで校門を飛びこえた。そうして泉に向き直って、にこりと笑った。そのほほえみには華やかな音が咲いていて、春を告げる桜のようにきらめいている。
 色々あったけど。たくさん迷惑かけたけど。校門の向こう側から、レオがおもむろに手を差し伸べた。


「おれは、ちゃんと卒業するよ」


 だから、セナ!卒業しよう!これからも、奏でよう!宇宙最高のメロディーを!出だしから、寸分の狂いもなく!美しい音楽を、歌おう!おれと、いっしょに!
 グイ、と手首を引っぱられると同時に、すっぽりと抱きとめられた。頭の片隅に、胸の奥に、肺の底に。身体じゅうのあちこちに開いているまっしろな空洞に、陽だまりのような温かさがなだれこんでくる。次こそは、ちゃんと。いつかどこかで耳にした懐かしい約束が、脳の裏側で歌いはじめる。ずっと前から、この温度がほしかった。何億回も前から、きっとずっと。

 どうした、どうした?唐突におとなしくなった泉を案じて、レオが覗きこんでくる。なんでもない、なんでもないから。泉はそう繰り返しながら、レオの腕に触れた。何度も、何度も。その存在を確かめるように、しつこく触れた。


「なんだぁ。おれの腕は、おいしくないぞ」


 困ったように笑いながら、背中をぽんぽんと叩かれる。泉は「ばぁか」とつぶやいて、もういちど腕をつかんだ。制服の布がこすれて、しゅるり、と間抜けな音がする。なぜだか安心感を覚えて、泉はそのままレオの首元に顔をうずめた。


「ばかとはなんだ。失礼なやつめ!わはは!」


(おれだって大事な約束は忘れないよ)