らい
2016-04-11 22:45:23
7498文字
Public レオいず
 

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レオいず♀/瀬名女体化



 『桜、見てから帰る?』と尋ねられたときは、不覚にも胸が高鳴った。ところが桜の花びらの隙間を縫うように駆けまわる男の姿に、泉は口角をピクリ、と引き攣らせた。
 カッコいい、だなんて、やっぱり気のせいだった。前言撤回の判断を下さずにはいられない。


「桜吹雪のアリア!小鳥たちのアサイド!行き交う人々の微笑みのアンサンブル!四月の舞台に反響する全ての要素が、おれの目の前で春のオペラへと変身を遂げてゆく~!ああっ、天からインスピレーションが舞い降りてきたっ、宇宙一の名曲が書けそうっ!神様仏様宇宙の救世主様っ、どうかおれを銀河の煌めきに導いて~っ!」
「ねえ!変な目で見られるからやめてよねえ!コラッ、宇宙人に誘拐されてないで、帰ってこい!」
「おおっと、あそこに丁度いい木の枝が落ちてるなっ!?セナ、ちょっと待ってて!あの枝で地面に五線譜を綴るから!すこ~んと忘れちゃわないうちにメロディーを書き止めて、スマホで写真を撮ってくるからっ!ああっ、おれって本当に天才だ!よしっ、いってきまぁ~す!」
「ちょっと!ねえ!」


 桜並木のあいだ、両手を広げたレオが駆けてゆく。泉は腰に手を当てながら、「ほんと、ばか。チョ~ありえなぁい!」と唇を尖らせた。
 穏やかな陽射しの下、桜の彩りに祝福されながら散歩する―――一般的な恋人らしいデートに期待していたわけではなかったけれど。『桜が咲き誇る情景にインスピレーションが発動し、見事に放置をくらう』という泉の予想が、こんなにも台本通りだとは思わなかった。道の真ん中にポツンと取り残された泉は、周囲を見やる。雲一つない快晴の下、桃色の花びらと踊るように、多くの人々が笑顔を咲かせている。

 一応、あれでも付き合う前に比べれば、宇宙の彼方に攫われるケースは少なくなってはいるものの。芸術家タイプであるがゆえ、一旦スイッチが入ってしまうと、なかなか戻ってこないのだ。霊感とやらが形になるまで、辛抱強く待ち続けなければならない。

 泉はジャケットの中からスマートフォンを取り出して、ひとまずカメラを立ち上げた。角を掴み、しっかりと持ち上げて、画面の中に桜の姿をおさめる。ささやかな風に吹かれる春色の花びらが、フレームいっぱいに舞い続けている。
 あとで、SNSに上げちゃおうかな。『花見に来ています』にしようか?それとも、『今年も桜が綺麗です』と無難にボカそうかな?そんなことを考えながら、カシャ、カシャとシャッターを切る。数枚ほどのショットを撮影したところで、二人組の男女が自身の横を通り過ぎた。

「もう、絶対にあんなの乗らない」「ごめんね」「揺らさないでって、言ったのに」「ごめんってば」「ひっくり返るかと思ったでしょ」「だって、リアクションが可愛いからさあ」―――スマートフォンを片手に、カップルの辿ってきた方角を見やる。『湖は直進』と書かれた看板が視界に入った。恐らく、湖でボートに興じていたカップルなのだろう。あいにく彼女は不機嫌になっているようだけれども。


 水辺での花見、チョ~気持ちよさそう。―――ほんの一瞬だけ頬が緩んで、泉はとっさに唇を噛みしめた。クールで気高い瀬名泉が、ごく普通のデートに心を躍らせているなんて。自身のキャラクターにそぐわない。
 今のは、ナシ!チョ~ありえない!―――角砂糖がトッピングされた夢のような妄想を打ち消そうとしていると、オレンジ色の影がとつぜん現れた。


「うっちゅ~!」
「わっ!?」


 背後から肩を揉まれて、思わずスマートフォンを取り落としそうになる。「お客さんっ、肩が凝ってますね~!?もみもみもみ~っ」とマッサージ屋まがいの真似をするレオを振りきって、泉は気性の荒い猫のように眉を吊り上げた。


「ちょっと!急に驚かせないでよねえ!」
「あらら?そんなにビックリさせちゃった?」
「作曲は!終わったわけ!?」
「おう!サビだけ仕上げて、スマホで撮ってきたぞ~!って、あれれっ?もしかして怒ってる?」
「当たり前でしょ!公園に来て、いきなり彼女をほったらかしとか、フツーは有り得ないんだから!」
「う。ごめんなさい」
「謝れば済むとでも思ってんのぉ?このバカ殿!」
「むむっ!バカとはなんだ、バカとは!そこは天才と称してくれ!」
「なに開き直ってんの?何度でも言ってやる。ば~か。ば~か。ばぁ~か!」
「んぐぐっ、いくら裸の王さまといえども、その表現はおれの美学に反する禁断のワードだ!というか、おまえ一人でボケーッと待たせるわけにはいかないから、世界最速の600倍速で仕上げてきたんだぞ!これでも!」
「はあ!?」
「それに!」


 レオは泉の肩をグッと押さえ込む。


「おまえ、ボートに乗りたいんじゃないの?」
え?」
「湖の方角、ピンクのわたあめみたいな甘ぁ~い横顔で見てたから」


 頭に浮かんだメロディーの生産に傾倒して、彼女である自分のことなど見向きもしていないと思っていたのに。ひそかに見られていただなんて。泉は唇を引き結び、レオから目線を逸らす。視界の片隅に桜の欠片がひらひらと舞い落ちた。


「ありゃりゃ。もしかしておれの推理、ボードからおおきく逸れたダーツみたいに的外れ?当たってると思ったけど、違った?」
「違!……わない、けど」
「おおっ、それじゃあ大正解!?くす玉割ってぱんぱかぱーん!?」
……間違ってはいない、……けど」
「やったーっ!やっぱりおれは天才だなっ!」


 レオは尻尾を振る犬のように、泉のからだに覆い被さる。通りすがりの幼児に「おかあさん、かっぷるがいるよ~」と指を差されて、泉はとっさにレオの胴体を引き剥がした。頬に集まった熱が全身を駆け巡る。太陽の煌めく夏はまだ先だというのに、身体が火照ってしまう。


ばか!ココを一体どこだと思ってるわけ!?」
「ん?公園!」
「普通に答えるな!」
「ははっ、ごめんごめん。正解できたのが嬉しくってさ!」
っ、はあ~?」
「ほら、行くぞセナ!遊覧船にご招待~♪」


 行き場を失った手首を掴まれて、強引に引っ張られる。「ただのボートでしょ」と呟くと、「でも、乗りたいんだろ?」と返されて、泉は悔しげに唇を噛んだ。一本にまとめられた茶髪の束が、目の前で楽しげに揺れている。どうやら月永レオという男に完全に惚れこんでしまっているらしい。胸の奥からこみ上げてくる愛しさに、泉は「チョ~うざぁい!」と吐き捨てた。