るいざき
2024-01-24 04:09:56
22134文字
Public AC6_ラス6_銀環
 

比翼の君 解√ラス6♀

⚠️不穏
・長い
・自己解釈を多分に含みオリジナル登場人物がいる(名前はほぼ無い)
・相変わらずラスティが主人公。あと少しエア
・スタンニードルランチャーくらい長い



 
 出店の喫茶でフィーカを頼み、乱雑に置かれたテラス椅子のひとつに腰掛ける。
 透かし絵の通りは中々広く、そのうちに生活雑貨を並べた露店に行き着いた。来客がラスティ本人だと分かるとあれよあれよという間に目的外の品まで揃って抱えきれなくなるほどとなった。帥叔御用達の配達人まで軒先に居合わせ、ラスティの右腕を見るやいなや代わって荷物を宅配してくれると言うので、ありがたく頼ることにした。
 こうして手ぶらで視察を終えたふたりは、主にラスティの小休止のため出店ののれんをくぐる運びとなった。テイクアウト仕様の紙カップに控え目に注がれたフィーカからは、嗅ぎなれた酸味が香り立つ。本来はするという豆の芳醇な薫香はやはり無かった。
《先程のゴシップ誌をあらためましたが。なんというか……子どもでも作れそうですね》
「はは、なかなか手強い事を言うな」
 ラスティの顔写真は現在の顔では無い。恐らく軍部に保管されてる古いデータからAIによって現在の顔立ちを演算したものだろう。というのも、襟元は解放戦線の前身となった旧民間軍事企業の制服である上に、その紀章は養成所生徒のもの。つまり、そこそこ歳のいった男が小学校の校章を堂々と付けている状態なのだ。
《戦術データに関しても、ラスティから頂いたログとの不一致が見られます》
「安く見られたものだなぁ、私もルビコニアンも」
《これに騙されるとは、その……
「まあ、みなまでいうな」
《すみません……。でもこれで、あなたへの不当な評判は虚偽であることが分かりましたね》
 作成者を洗い出すか?と問われ、ラスティは首を振って否と言う。
「それよりも、同様の手口によるレイヴンの情報操作は?」
《はい。同社メディアのサーバーをあらためましたが、このゴシップの続報という形でレイヴンの告発記事が出るようです。……当然ながら、今朝の事件も絡めて編集されています》
……まってくれ、まさかハッキングしたのか?」
《ええ。セキュリティもそれほど堅牢では無かったので、すぐに見つかりましたよ。刊行日は明日からのようです》
「そうか……
 レイヴン保護に関しての伝達係を請け負う代わりに、彼女にゴシップ誌の解析を任せてみたものの、その速さと能力には舌を巻く。……是非敵には回したくない相手だ。
 細かな水蒸気の上がる液面を見つめながら、ラスティはHUD上に折り重なった情報群に埋もれた音声ファイルを探す。
──軍部非公認の薬物売買と偽造品製造。その背後には帥父代理の影がチラつくが、現在まで明確な証拠がない。
 ならば当人たちの口から言わせるしかない。……カタギでないと言われればそうだが、所詮は廃星の自治体だ。
 そうして視界上に埋没したデータファイルを見つけた。粗方を聞き流してみるが、殆どは上層部への悪口と行為中の音声ばかりだ。再生と巻き戻しを経て、ふと毛色の違う音声が流れる。随分と仲睦まじそうな男女の囁きあいだ。

ファイル5:
──君には娘がいただろう。これさえ与えれば、たちどころに良くなる。
──代金は必要ない。君のための贈り物だ。

──ああ、そうだな。若い世代には未来がある……。代理はね、ああ見えて先見の明のあるお方だ。……そうは見えない? ふふ、敢えてそう見えるよう振舞っておられるのだ。
──ああ、大丈夫だとも。何も心配することは無いさ。

 娘、という事はあの行方不明の子どもと関係があるのだろう。客の肩書きは不明だが、思想派が揃って纏っている黄緑のスカーフを巻いていたというメモ書きがある。
 聞き飛ばし早回し、今度は耳慣れた男の下卑た声が流れる。

ファイル10:
──ああ、いいぞぉ、もっとだ。ちゃんとしゃぶれ雌豚が!
……何か暴力的な音がする。

…………
《どうかなさいましたか?》
「いや、なんでもない」 

──お前たち下賎の者には、ワタシの苦労など分からぬだろう。ストライダーの武装化には馬鹿の改造のせいで予算オーバー、馬鹿の帥叔は際限なく物資を配分する、ワタシたち幹部が飢えては仕事も回らんだろうが!

──帥父?ああ、近頃の情勢に心を痛めておられる。リング神父も大いに心配されて……。なに?夕時の散歩に出くわした?──貴様、間違っても口外するな!!巫山戯るな!帥父は伏せっておられる!!貴様のような下の者に帥父が挨拶など有り得るかァ!!

「なるほど……
 気を取り直して。音声ログの精査はこんなものだろうと要項を切り貼りして隅に置く。次に女将の発言に気になる点があったことをラスティは思い起こす。──帥叔不在時を狙って行われた配給削減と不当な招集。これらの事実確認が必要となる。
 しかし、いくら軍部の報告書類を遡っても、人員召集に関する内容は出てこなかった。
《報告し忘れでしょうか。それともマムの思い違い?》
「あの人が持つ情報は信用が高い。……調査隊の派遣が出来ればいいが」
 帥叔のデスクには掻い摘んだ情報を送付しておく。いちいち報告書の形式にのっとっていては日が暮れるのでメモ帳直張りだが、帥叔との間柄だから出来る省略技法だろう。
「一度、司令部に戻ろう。もしかしたら下層へ行くことになるかもしれない」
 まだ熱いフィーカを飲み干しながら、ラスティは立ち上がる。屑籠へ紙カップを放り、昇降機まで足早に歩み出した。

===

「帥叔、失礼する」
 ノックと同時に返事も待たずに入室したラスティの耳へ、聞きなれた男同士の諍うような声が聞こえてきた。
「だから、もう無理だ! これ以上は容認できん!」
「しかし、現状のルビコンでは必需品であろう。全回収を告知したところで、応じるかどうか……
「それをどうこうするのがアンタらだろうがよ。こちとら床にまで怪我人が転がって、その上にニセ薬の副作用の患者も看ろだと?!」
「そこまでだ、ドク。珍しいな、君がそんなにも荒れるとは」
 今にも帥叔に飛びかかりそうな筋肉だるまの肩をたたき、ラスティが割り入る。
「これでも紳士的だぜ、俺ァよ。ベッド数はとっくに足りてねえ。今ようやっとレイヴンが持ち帰ったリペアキットと換装パーツで強化人間どもの補修が始まったぐらいだ。」
「下層での偽薬副作用で受診する者が爆発的に増えている、という事だ。……偽薬については把握済みだな?」
 ああ、とラスティは頷く。
「できれば現品を見たいが、生憎私は街区の一部ではブラックリスト入りしているみたいで叶わなくてね。ドクは持っていたりしないか?」
「当然だろ。患者から逐一預かってるが、これもごく一部。雀の涙程度だろうな」
 コト、と帥叔のデスクに出されたのは、酸化防止の茶色い小瓶だ。火気厳禁の注意書きが添えられたラベルには、軍部公認印があるが、注意深く見れば偽物と分かる。
 グリッドやその下部で極貧生活を営むルビコニアンにおいて、脅威であるのは企業だけでは無い。飢餓が招く欠乏症は容易に人が死に、道端に死体が転がることも日常茶飯事だった。寒期が長く日照の少ない東ベリウスでは、ビタミン補給経路にはミールワームへの添加が主だが、その手段が絶たれた今は薬品に頼るしかない。他惑星ではサプリだろうが、ルビコンではれっきとした薬である。
「まだ内容物の検査に掛けちゃいないが、ビタミン剤が火気厳禁で回るわけねえ。大方薄めた酒でも入ってたんだろう」
「なあドク、そもそも規定品は錠剤やカプセルじゃなかったか?」
「だから偽薬だってんだ。下の連中はそういった情報さえ知る機会が無いまんま、こういったのを掴まされてる。人の命と引き換えに金を儲けようとは、良い性根してやがるぜ」
 ドクのジョークが添えられないという事は、まさしく怒り心頭という事だ。企業の進出が大規模なものになってからというものの、彼らは人並みの寝食も放棄して命一つ一つを救う為に奔走しているのだから無理もない。
「よう、帥叔サマよ。アンタからの面倒ごとは捌く自信がある。ウン十年の付き合いだからな。……だが、コイツだけは違う」
「理解はしている。が、しかし……
 後ろで手を組み、帥叔は一度閉口する。
 彼が若い時にも大規模な飢餓と流行病に見舞われ、レジスタンスが抱える民間人は相当数が命を落とした。今人々から薬を回収すれば、その悪夢の二の舞となるかもしれない……と、帥叔は危惧していた。
(どちらにせよ命が掛かっている……
 ラスティは今一度、薬瓶を手に取る。偽造品は果たしてどれほど種類があるのか。これもその氷山の一角だろうが、実際に被害が出ている以上、該当品は回収するのが筋だろう。今後に備えて特徴を改めようと、開栓をする。
《開けないで、ラスティ!》
「うわっ」
 がちゃん!とアルミキャップを被せるラスティに、剣呑な雰囲気で睨み合っていた二人の視線がこちらを向く。
「? なんだ?」
 司令室の全員がラスティの方を見る。
「なんだ、今の声は……?」
……
……エア?」
 そっと通話相手に話しかけようとしたその時、けたたましく司令部のドアが叩かれた。返事の間もなくズカズカと入室したのは、件の肥満代理殿だ。
「帥叔! ワタシは薬を寄越せと言ったはずだ。なんだねあの、苦い……いや、ただの食べ物を送るだなんてどうかしている!! 家族の見舞いでは無いのだぞ!?」
「代理殿は甘味の方がお好きか。いやはや、ここのご婦人方が帥父の健康を案じ、古来の薬として名高い珍味を贈ったのだが……
 何事も無かったかのよう、居住まいを正した帥叔は代理へ敬礼と共に向き直る。ラスティ達もこれに倣い、ドクは会釈の姿勢を取った。
「珍……?! 何を言って……
 くす、と笑う声に代理がそれは物凄い形相で振り返る。だがそこに居る誰もが澄まし顔で背筋良く立っているのみであった。
「帥父はルビコニアンにとっては父のような方。家族も同然であり。故に、家族を思えばそのような珍味でも召し上がって頂きたい。良薬は口に苦し、と言うでしょう」
「し、しかしだね!」
「こちらの不手際もあり、本来手配すべき薬品にも偽造品や非公認のものが出回る始末。安心して使っていただくに足る薬は入手困難となっております。苦肉の策ではありますが、帥父程のお方であれば理解いただける筈……。その補佐をなさる大佐殿であれば、ただしくそのご意志を汲めるはずだと、我々は期待を寄せておったのです」
「ぬぅ…………ッ」
 小男はゆでだこのように赤面しながら肩を震わせている。だてに帥叔では無いのだ、このフラットウェルという男は。
「先刻は帥父に代わりリング・フレディと面会したが、予後は良いと聞いております。このドクの腕が良い証拠だ。」
 再度、ドクが面を伏せる。……その手が強く握り込まれている。ラスティは肩越しに彼に目配せすると、微かに「分かっている」という囁き声が聞こえた。
「そこで代理殿。お願いがあるのだが」
「な、何だね」
「こちらの品について、なにかご存知の事はないだろうか」
 帥叔が指し示すのは、ラスティが掲げ持つ薬瓶だった。
「知るも何も、私の会社から提供する薬ではないか。それも正規の。……なんだね私が用意した薬さえ疑わしいなどと言うのか?!」
 声を荒らげる代理に、ついにドクが対峙する。
「代理サマよ、この品目は本来錠剤やカプセルで提供されるものだ、誰でも飲みやすく、小粒にしてな。それがどう化けたのか知らねえが、火気厳禁の液体がたっぷり詰まってやがる。」
「わ、私は開発部では無いのだ、そんな事細かに知るわけがないだろう!」
「知って当然だろうが!! お前が始めた商売だろう!!」
 筋肉だるま、大男の剣幕にでぶの小男は跳ね上がった。
「しぃ、知らない!それはれっきとした薬だ!! 私は何も間違ってなどいない!!」
「じゃあここで飲んでみろ! 中身は知ってんだ、お前がどうなるかなど分かりきってる。何も無ければ酔っ払う事もねえだろ?! さあ飲んでみろ!!」
「なッ、飲……?!」
 ラスティの手から薬瓶をひったくると、ドクは開栓してそれを代理に押し付けた。筋肉だるまに羽交い締めにされた小男は、軍人とは思えぬほど非力であった。代理は薬瓶から顔を背けて青ざめ、じたばたと暴れるがびくともしない。
「わ、私は健康体だ!! こんなもの必要ないィ!!」
「うるさい、お前自身の体で証明してみせろ!!」
「いいいい嫌だあああ!!」
 ただの薬嫌いだろうかと、誰もがヒソヒソと笑い始める。帥叔ですら冷ややかな視線を送る。横暴な小男がピエロとなるひどい光景だった。
「飲めないだろうな。それはコーラルが含まれているから」
 だが、ラスティの一言が不快な喜劇を一変させた。
「何を言っているのだ、ラスティ?」
……レイヴンの友人、ザイレム襲撃の際に我々を呼んだ人物だ。彼女はコーラルに詳しく、今しがたその偽薬にコーラルが含まれていると調査結果を寄越してくれた」
 司令室のモニターに赤い花のアイコンが現れると、室内カメラの映像が映し出される。あらゆる角度から映し出される小瓶ひとつ、画面の中央へフォーカスされると、コーラル検出を示す赤い靄がドット状に描かれた。
「健常者であっても日課として常飲すれば、体内に蓄積したコーラルにより影響が出る。飢餓状態の人間ならば……短時間でコーラルが回り、意識昇華に脳が耐えきれず中毒症状を呈する。そういう絶妙な含有量だ。──これはテロ行為に値するぞ、帥父代理殿」
「し、知らない!!私は何も知らない!!コーラルだと、て、テロだと?なぜそんな事をする必要がある!?──ッそ、そもそもコーラル含有自体言いがかりだ、デタラメだ!!こんな、こんな戦争犯罪者に騙されるな!!」
 口端を泡立たせ、代理は金切り声で喚き散らす。国賊、裏切り者、罵詈雑言を思うままに叫ぶ男の形相は激怒の様相だが、肉の下からは焦燥と脂汗とが滲み噴き出していた。
「戦争犯罪者、ですか」
 ルビコンの寒風より、遥かに凍て凍るような気配が司令室の中央に立ち込めた。帥叔はあぶらまみれの男を見下ろし、彼はそのまま震えることすら出来ず蛙と成り果てた。
「聞き捨てなりませんな、大佐殿。我ら同志、灰の下で黎明を望む家族たち。その面々から断腸の思いで送り出した、勇敢なる戦士を……犯罪者だと?」
「す、帥叔、違う。ものは例えだ。スパイとはそれほどの覚悟を以て臨むものだな。その男は正に──」
「サー・マルクス」
 一歩、一歩、重く歩む帥叔は、ドクから薬瓶を取り、大佐の手に握らせる。
「なに、ただのだ。たったそれだけで軽くなる罪がある。──安いものだろう、貴方の売る薬に比べれば、審問で喪う身体のひとつやふたつ」
……ッ!〜〜っ!!」
「お飲みなさい。大佐殿。飲むのです」
 手を後ろ手に組み、いつも人々にするように、帥叔は上背のある上体を屈める。──ただ今回だけは、神々が小さきものを覗き込むような姿だった。

 帥父代理は結局、自らが発布した薬品の安全性を証明できなかった。
 帥叔の圧に負けた男は薬をあおり、直前までの恐慌状態が災いしてか、健常者でありながらも早くにコーラル中毒症状を呈した。詳細は省くが、まるで自白剤を打たれたかのようだった。
 
「はあぁ〜〜〜……
「おつかれ、ドク」
 筋肉だるまは実のところ滅多に怒らない。ラスティにしたように、悪童お転婆たちには小言程度、──腕の悪い研修医には、普段よりも色のない平坦な言葉を滔々連ねる様はむしろ恐ろしいが──他人を怒鳴り散らすようなことは、菩薩のような精神を備える彼がRLFに引き込まれてこの方一度もない。軍人まがいの巨体からは特大の溜め息が吹き出し、空気の抜けた風船のようにしゅわしゅわと縮んでしまう。面会用テーブルセットの一人掛けソファに身を投げ出して仰向くと、丸縁のサングラスをよけてぐりぐりと目頭を揉んでいるのだから、本当に気が抜けたのだろう。
「ドクが口火を切ってくれたおかげで、ようやく帥父代理を問い詰めることが出来たな」
「少々強引な問答ではあったが。道理で捕えられる相手でもなかろう」
「ああ、久々に帥叔のああいった顔を見れた。懐かしかったよ」
「成すべきことを成したまでだ。」
 ひゅう、とどこからとも無く口笛が鳴り、当然といった様子の帥叔は既に次の業務を開始していた。
「ああ、代理が審問されているという事は、帥父が自由になったという事か」
「より一層レイヴンの身辺には気をつけろ、ラスティ。同志の不安は和らぐだろうが、一度広まった噂はどのように変化するか分からない」
「分かっているさ帥叔フラットウェル。解放戦線としては、レイヴンにはこちらと協力関係でいてもらいたい、そうだろう?」
「あれ程までに心強い戦力は、他の独立傭兵では代わりにならんだろう。……上手く懐柔するのだ」
「懐柔ね。……果たして元ウォルターの猟犬が、そう簡単に跪くだろうか」
 カウチに背を預け、ラスティは脚を組み替える。帥叔は眼前の悪童を一瞥し、節くれだった手を組んだ。
「ほう、迎え入れるつもりは無いというのか」
「自由意志の表象を巣籠に押し込めるとは、ルビコン解放戦線は烏を飼い殺すつもりだろうか。……彼女にはもっと相応しい場所があるはずだ」
 レイヴン直々に指名された臨時ハンドラーは息巻く。この男、戦友のことになると目の色が変わるが、今もその変容した獣眼を爛々と金色に輝かせて帥叔を見据える。
「ラスティ、理想論だけでレイヴンを語るな。自由を尊重してこちらと敵対されてはひとたまりも無いのだ。我々には、あの力が必要だ」
 だてに最前線で司令官をしていない、この壮年男性。並の者が怖気付く狼の眼差しを正面から受けて動じない。手懐ける、否睨み合いをするのは同じ獣がする事だ。
……話があるなら、隣室で聞くこともできるが」
 ヒリ、と張り詰めた空気が司令部の一角を占めようかという時、フラフラと白旗のように振られる手が待ったを掛けた。
「おい、お前ら、疲労困憊のオッサンの横ちょで喧嘩するのはやめろ。つかれる」
……すまなかったドク」
「うむ、配慮が足らんかったな……
「俺が口を挟むことじゃねえがな。酷い目にあって昏睡してる女ひとりを巡って先走るのはいただけねえ。起きてからしっかり話し合う場を設けたって遅くはねえだろ」
「これは一本取られたな、帥叔」
「ぬう……
 軍配は軍医に上がる。眠姫を巡る論争は、臨時休戦と相成った。



「──ところで、先刻送付した内容だが。」
 引き続きしなびているドクの横では、改めてラスティと帥叔が情報のすり合わせを行う。
「不明の招集については、先んじて調査隊を派遣する。副作用による罹患者の対応のために、臨時診療所を開設する予定だが、これに併せて調査拠点も設置する。」
「それに私も同行して良いか。既にコーラル含有の偽薬は下層に広まっているだろうから、サンプルを集めておきたい」
「構わんが……。身体は大事にしろよ」
 問題ない、とラスティは頷くだけだった。
……臨時診療所つったってよ、そんなに兵隊を割いて良いのかい、帥叔サマよ」
  ようやく回復したのか、ドクが上目遣いで帥叔に向く。切り揃えられた顎髭を撫でながら、帥叔は深々と頷く。
「背に腹はかえられん。目の前で民が苦しんでいると言うのに、助けに行かぬとは解放戦士の名折れだろう。判断を鈍った罪滅ぼしとなれば良いが……
「へへっ、ありがとよ、帥叔サマ。心強い味方を得たぜ」
 仰向けのまま、よたよたとサムズアップするドクに二人は微笑む。この戦火の最前線はなにも戦士だけでは無いのだ。

……で、一体何だったんだあれは」
「なんの事だ?」
「とぼけるなラスティ。軍部のコンピュータを乗っ取るなど、お前でもそう許される行為では無いぞ」
「あれはただのプレゼンさ。禁忌には触れていない」
 へらりと手を振る男に、帥叔は再び手を組む。
「レイヴンの友人と言ったか? コーラルに詳しいと。それならばあの短時間で解析できるのも頷ける。……一度会ってみたいものだ」
 期待と疑念の入り交じった視線がラスティに注がれる。そこにはやはりレイヴンへの憧憬が多分に含まれているようだ。
「その事だが帥叔、話したいことがある──」