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ツキシキ
2023-06-30 07:15:45
12515文字
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★Ruinaまとめ
3作品。二次創作。シーフォンと賢者の弟子女。
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遭難バッドエンド(シーフォン×フィー+ネル)
ネルを看取り、シーフォンとフィーの最期語り。全員死亡、ご都合鬱展開。
____________
ごう、と吹雪が音を立てる。寒さのせいか耳鳴りが続く。木材はとうに燃やしきってしまった。火を生み出す簡単な魔術を使う力すらも尽き果てた。
かつて滅びた巨人の住処は厳しすぎる吹雪の塔だった。山の頂上へ至るための雪道で先を見失ってしまったのが全ての原因だろう。初めて体験する強烈な吹雪の中、三人は途方に暮れた。雪を纏って吹きすさぶ風と雪崩で視界も足元も危うい中、目的地どころか、生命すら確かでない。
ほとんど運任せに歩き続け今は、やっとのことで見つけた吹雪を凌げそうな場所に避難していた。それからずっとここで吹雪が収まるのを待っているのだが、いつまでたっても猛威は止まず、それどころか勢いを増しているようにさえ思える。
フィーたちは暖をとるため、皆で寄り添い合っていた。3人の身体は余分な布やローブなどで覆われている。しかし、それでしのげる寒さは微々たるものだ。衣服にじっとりと浸みこんだ雪の名残は、彼らの体温を着実に奪っていた。
「
………
」
誰も口を開かない。身体の震えは止まらない。鼻や耳の奥が痛む。指先の感覚はもうない。触れ合う仲間の体温すらわからない。
ふと、フィーは右肩に重みを感じた。緩慢な動きで視線を向ける。青ざめたネルがこちらにもたれかかっていた。
「あ
……
フィー、ごめん
…
」
ネルはそう言うが、こわばった身体が起こされることは無かった。それだけの体力すらもう残っていないのだろう。
この休息地点に入り込んだ時は、ネルも持ち前の元気良さで皆を励ましていたものだ。しかし、今はもうひきつったような笑みを浮かべることしかできていない。フィーはネルが普段見せる快活な笑みを知っているぶん、その衰弱した様を見ることが辛かった。フィーはただ、首を横に振って気にしないで良いと表す。
「おい
……
」
2人の様子を見てか、フィーの左隣からネルに向かって、シーフォンの叱責が飛んだ。今にも瞼を閉ざしかねないネルへの激励とも言えたが、彼の声にもまた、普段の気丈さは感じられない。
「わかっ、て
……
る
…
」
息も絶え絶えにネルはそう返した。明らかに、この中で一番消耗しているのはネルだった。
快活に走り回るネルと違って、フィーもシーフォンも魔術を使う身で、体力もそれほどない。だというのにネルが2人と比べてこんなにも疲弊しきっているのは、全て彼女の優しさがあったからだ。ネルは呪文を詠唱する2人を表だって守り、常に前線で戦ってくれた。誰よりも快活だからこそ、誰よりも自身の身を酷使した。
その気遣いを誰が止められよう。止めれば三人が倒れるのだ。ネルが居たから、フィーたちはここまで来られたのだと言っても過言ではなかった。
「
………
」
再び、静寂が降りる。フィーの脳裏にはネルの活躍が浮かんでは消えていく。この走馬灯のような考えが嫌でしかたがなかった。だがもう、フィーにも、そしてシーフォンにも、わかっていた。
自分たち────中でもネルに残された時間は、長くない。
頑張って、と言うのは無理な話だった。とっくに頑張ったのだ。それこそ命をかけて。ここに残された選択は、生か死かではない。今すぐに吹雪が止んだって、脱出までの長い道のりを歩むことは無理だと、皆が悟っていた。安らかに死ぬか、苦しんで死ぬか、そのどちらかしか選べない。だからフィーは、ネルを無理やり起こすような真似はできなかった。
「眠い
……
?」
ネルの目が完全に閉じ切るその直前、フィーが尋ねた。ネルはゆるりと顔を上げる。その瞳は濁っていた。うつろな眼差しだけがフィーに注がれている。形の良い唇がうっすらと開き、何度か弱々しい息を吐く。そうやって長い長い時間をかけてようやく絞り出した声で、ネルは、
「おやす、み」
と呟いた。それでもう二人は覚悟せざるを得なかった。だから、もう、頑張れとは言えなかった。
「おやすみ
……
」
「
………
良い夢、見ろよ」
フィーとシーフォンが、別れの言葉を口にする。きっとそれは耳鳴りの中でも届いたのだろう。ネルは穏やかに微笑んで、そのまま、瞼を、ゆるやかに、閉ざしてしまった。
◇◇◇
フィーの肩にはまだネルの重みがある。けれど、何故だろうか、先ほどより軽い気がした。
ネルの顔は外で積もっている雪と同じ色をしている。感覚のないフィーの指先ではもう確かめられないけれど、おそらく、抱いていた命の温かさも喪われているのだろう。さっきまで大切な友だったそれは、単なるカラの入れ物になってしまったのだ。
フィーの思考回路は実益の無い幻想に縋れるほど気楽ではなかった。すなわち、もう、ネルの瞼は開かない。
何年も一緒に居た友達が冷たい何かに変わりはててしまっても、フィーの目に涙が浮かぶことはなかった。自分の心すらも寒さに凍りついてしまったのだろうか。
「何か
……
さ」
左隣から声がした。寒さで鈍った脳は、それがシーフォンの声だとわかるのに少しの時間を要した。
「何か、話、しろよ
……
。退屈で、しかたねー
……
」
シーフォンの物言いだけはいつもの横暴なそれと変わらない。怯えても良いはずの乱暴な言葉使いだが、このときばかりはフィーを温めてくれるような気がした。だから、この時ばかりはその無茶な要求に応えようと、口を開いた。
多弁でないフィーは、語り聞かせることもそう得意ではなかった。言葉を選びながら、寒さで唇を震わせながら、ぽつぽつと、話をする。シーフォンは時々憎まれ口をはさんだが、それでも、話を止めることはしなかった。
シーフォンの口出しが無くなると、フィーの心は驚くほど震えあがった。とはいえシーフォンのほうを向くため顔を動かす力すら残っていなかった。だからフィーは物語を途切れさせ、おそるおそる声をかける。
「
………
眠い?」
「馬鹿にすんな。それより
……
もっと、聞かせろ」
シーフォンの口数が少なくなっていく、その度にフィーは確認をした。シーフォンはフィーを睨みつけ、話の続きを促した。似たやり取りを何度も繰り返した。
しだいに、フィーの声が弱く小さくなっていく。それを聞きのがさまいとするかのように、シーフォンはフィーに、より近づいて、耳を寄せた。フィーがした話は些細な日常話ばかりで、決して何の役にも立たなかったけれど、シーフォンは退屈ではなかったようだった。そこにフィーをフィーとして成長させてくれた人達のあたたかさがいっぱいに詰め込まれていたからかもしれない。
フィーが話し疲れても、吹雪は止んでいなかった。もう、例え止んだとしてもここから動けそうにはなかった。
「なまぬるい話、ばっかだな
……
」
フィーの話を聞き終わって、シーフォンはそう言ったが、その表情に嘲笑の類は見られなかった。眩しそうな泣き出しそうな、なんとも言い難い顔だった。フィーが知るシーフォンは警戒心が酷く強くて、こんな、弱った風な顔を見せることは珍しかった。
フィーは言い返すことをしなかった。代わりに、問いかけた。
「
……
眠い?」
「るっせー、馬鹿にすんな
……
」
同じやりとりにフィーは心から安堵する。しつこいだろうとは思ったけれど、止めてしまうと知らないうちにシーフォンが言葉を返してくれなくなってしまいそうだった。2人とも、いつ意識を失ったっておかしくはなかった。シーフォンの唇は紫色に染まっていて、もともと白い肌がなおいっそう白くなっている。自分ではわからないが、フィーも同じような顔をしているのだろう。何より、眠いかと訊ねるフィー自身が、倦怠感に押しつぶされそうだった。
「お前は
……
どうなんだよ」
だから、シーフォンにこう聞き返されて、眠くないとは答えられなかった。でも、ここで口にすれば終わりだという予感があって、フィーは黙った。それでシーフォンは悟ったようだった。
「
………
絶対、僕より、先に────」
それでもシーフォンは言いかけて、ふと口を閉ざして、フィーをじっと見た。炎のような赤い瞳がフィーを映す。魔力は瞳に宿るのだろうか。フィーは瞬きをすることも惜しいと思った。
「悪夢を、
……
見るんだ」
シーフォンは無表情で淡々と零した。
彼が休息のたびにうなされていたのはフィーも知っていた。一度、見かねて起こした時、酷く怒鳴られた覚えがある。邪魔をするな、と。弱みを見せてしまったやつ当たりもあったかもしれないけれど、あれは、シーフォンの贖罪なのだろうとも考えていた。フィーはシーフォンの過去を聞かされていたから、大体の事情はわかっていた。それでも、尊大なシーフォンが、叱られた子どものように、ごめんなさいと呟き続けるのを見るのは耐えがたかった。
「寝るのは、嫌だ
……
。でも、お前が僕みたい、に
……
」
シーフォンの言葉は珍しく歯切れが悪いものだったが、みなまで言わずともフィーには伝わった。フィーだってシーフォンの悪夢を繰り返させるのは嫌だった。だから、シーフォンだけをこの凍える場所に残して眠ってしまうわけにはいかなかった。かといってシーフォンの眠りを見守って、1人ここで寒さに朽ちていくのもまた違っていた。それだとシーフォンに後悔を残させてしまう。自分と同じ、孤独を味わせてしまったという後悔を。
つまるところフィーもシーフォンも、望むところは同じだった。
フィーは寒さでこわばった手を、シーフォンの手の上にのせた。繋ぐように、離れないように。同じように、ネルの手にも触れた。手を握りしめる体力は残っていなかった。かじかむ指先はフィーに何も伝えてはくれなかったが、なんとなく、両手があたたかいような気がした。
フィーは、最後の問いかけをする。
「眠い
………
?」
「
………
少しな」
シーフォンの口調は、穏やかだった。先ほどまで繰り返されていたやり取りは、終わってしまった。
「これで、良い夢
……
見れるよ
………
」
「ハハ
……
そーかもな
…
」
祈りに近いようなフィーの言葉に、シーフォンはいつもの皮肉っぽい笑みで返した。吹雪の音が止んだのかすらもうわからない。2人は互いの声を聞きとることで精いっぱいだった。
「じゃあ、
………
おやすみ」
「おやすみ
――
」
柔らかく、微笑む。小さな小さな声が、雪に溶ける。
フィーとシーフォンは、2人一緒に瞼を閉ざした。
~END~
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