いまち
2021-10-25 01:15:45
19760文字
Public
 

きっとあなたににあうから/だけどあなたはいないから/こいにこがれたことりののろい

前後編二話+蛇足。己の解釈違いとの殴り合い。♣🐣なれそめって初めて食べたのがリリア飯で異世界ご飯に絶望した🐣にお菓子をあげてどうのこうのだったっけかなー。


◇◇◇◇

 キースリンクからプレゼントを貰った次の日、貰った物が物なだけにお返しをしないと、と思い立つ。
 せっかくだから、こちらからも誕生日プレゼントを渡そう。そう思ったはいいものの、あいにく彼女の誕生日は知らなかった。
 知らないのだから誰かに聞くしかない。けれど誰に聞けばいいのか、ささやかながらに悩みどころだ。
 サプライズにするつもりはないのだから本人に聞いても問題はない。けれど、少しだけ驚かせてみたい気持ちもあった。
 なら、彼女と親交のある一年生たちに聞いてみるか? エースやデュース、それにオンボロ寮の監督生は彼女とは仲良くしているそうだから、知っているかもしれない。
 ……けれど強かな彼らのことだ、ただ教えてくれるだけでは済まなさそうな気もする。下手にからかわれて、事を大きくされては彼女もたまらないだろう。そう思うと、あまり気は進まなかった。

 授業を話半分に聞きながら、どうしたものかと悩んでいるとふいに、前の席に目がついた。トレイン先生の話を面白そうに聞くリリアだ。
 そして思い出す、リリアはディアソムニアの副寮長だ。もしかしたら、寮生である彼女の誕生日も知っているかもしれない。普段の様子から見るに、寮生としての彼女をかわいがっているそうだから、変にからかってくることもなさそうだ。
 そう考えると、聞いてみる価値はありそうだった。授業が終わったらさっそく聞いてみよう。

 授業が終わり、声をかけようとするより先に、リリアがこちらに振り向いた。
 つんと唇を尖らせて、赤い瞳でじっと見上げてくる様は機嫌が良いような雰囲気ではない。まずいな……そう思っているとリリアは呆れたようなため息をついた。
「なんじゃなんじゃ、さっきから熱心にわしの後ろ頭を見おって」
「熱心って……そんなに見たつもりはないんだが」
「そうじゃったか? あまりにも熱心に見つめるものだから、焼け焦げるかと思うたぞ」
 わざとらしく後頭部をさするリリア。男子校生らしからぬ口調と、子供っぽい動作と表情がなんともちぐはぐで、少しおもしろい。こうも冗談を言うのなら、機嫌が悪いようではなさそうで少しほっとした。
「大げさだな」
「大げさなものか。して、何用よ?」
「ああ、リリアに聞きたいことがあるんだ」
「ふむ、申してみよ」
「実は昨日……
 彼女から時期外れの誕生日プレゼントをもらったこと、あまりに上等な物を貰ってしまったからお返しをしたい、ついては彼女の誕生日を知りたいことをリリアに伝えた。
 一通り話し終えるとリリアは「なるほどのぅ」とうんうん頷いた。
「あやつめ、なにやら熱心にこさえておると思うとったが、そんなことを……ふむ、たしか、あやつの産まれは7月の1日だったな」
「へぇ、夏生まれなのか」
「うむ、快活なあやつらしいな」
 楽しげに笑うリリアに礼を言う。あと二月と少し、用意するには十分な時間がある。
 そうとなれば、何を渡すか考えなければいけない。
 やはりお菓子だろうか。幸いなことに彼女も俺のお菓子を気に入っているようだから、外すことはないだろう。そうは思えど、消え物を贈るのはあまり気が進まない。
 利己的ではあるが形に残る物がよかった。となると、やはりアクセサリーだろうか。いきなり贈る物としては重いような気もするが、彼女がくれたのは手作りのアクセサリーだ。同じような物で返しても問題ないだろう。……と、思いたい。
 そうするにしても、女の子もののアクセサリーに関しては、明るい方ではない。それなら、以前彼女が見ていた図録に目を通しておこう。彼女もあれから着想を得たそうだから、俺も何かしら思い付くかもしれない。

 ……そう思って、図書室で図録を見ているものの、プレゼント探しは難航していた。
 ブレスレット、調合の妨げになるからやめた方がいいな。ネックレス、引っ掛けたりしたら事故の元だ、避けよう。イヤリング、落とされてしまうのが想像できる、なしだ。指輪、いくらなんでも重すぎるだろう、却下。アンクレット、悪くないけれどブーツしか履いていない彼女には付ける機会がない、なんならブレスレットと勘違いされそうだ、なし。
 アクセサリーと一口に言ってもその種類の多いこと。見れば見るほど、何を贈ればいいのか分からなくなる。下手に衒って彼女が分からない物を贈ってもしょうがない。
 用途が明確で、使いやすく、かつ、無くしたり落としたりしにくいもの、と考えて探してみるも、なかなかこれという物が見当たらない。
 難しいものだとページを捲っていると、ヘアアクセサリーのページにたどり着いた。彼女は普段から髪をまとめているいるし、ヘアアクセサリーというと髪に固定するようイメージがある。それならば無くしにくいのではないだろうか?
 そうして考えて見てみると、やはりその種類の多さに参ってしまう。ヘアピン、ヘアゴム、バレッタ、カチューシャ……ヘアピアス? かんざし? Uピン? コーム? 櫛とは違うのか? 思った以上に用途の分からない物が多く、困惑する。こんな棒一本をどうやって髪に飾るんだ?

 やはり、一筋縄ではいかないらしい。

 図録とのにらめっこにも飽いてきた。少し休もうかと顔を上げると、いつの間にそこにいたのか、ケイトが真向いの席で、じぃっとスマホをいじっていた。目が合うと、いつもの人懐こい笑顔を見せた。
「やっと気付いた~。このまま閉館まで放置されるのかなー、って心配しちゃったよー」
……お前、いつからいたんだ?」
「えーっと、トレイくんが指輪のページ見てたあたりからだから……20分前?」
「だったら声をかけてくれよ。悪いな、気付いてやれなくて」
 こちらに声もかけずじっとしていたケイトもだが、20分も気付かなかった自分にも驚きだ。
 驚いて、拍遅れて羞恥心がこみ上げてきた。彼女のプレゼントを選んでいたと知られてしまうのは、ケイトといえど少し、恥ずかしい。もちろん、ケイトがそんなことを知る由はないのだけれど。
「いいっていいって。真剣そうだったし、邪魔するのも悪いかなって」
「それで、こんなところでどうしたんだ? 俺に用があるわけじゃないんだろ?」
 今まで声をかけてこなかったということは、寮で問題が起きた、など急ぎの事態があるわけではなさそうだ。
 だから、疑問だった。決して勉強熱心とはいえないケイトが、勉強するわけでもなく、何の用があってこんなところにいるのか。
 聞くとケイトはにぃっと笑った。少々、イヤな予感がする。
「リリアちゃんから、トレイくんがティナちゃんの誕生日を気にしてる? 的な話を聞いて、なんか面白そーって、探してたらここで見つけた、ってカンジ?」
 リリア、どうしてそうなった。
 ケイトのにやけた顔を見るに、これはもう完全にバレているんじゃないか? だったら隠す必要はなのではないかと、かえって冷静になれた。
 考えてみれば、姉が二人いて、流行り物に詳しいケイトであれば、いい相談相手になるんじゃないか?
「なら、相談に乗ってくれるな?」
「うん、まっかせて。とりま、寮に戻ろっか」
 いつもの軽い二つ返事でケイトは笑う。やはり持つべきは話の分かる親友だ。本を棚に戻して寮へ戻った。

 部屋に入るなり人のベッドに寝転んで、スマホをいじり始めたケイトにあらましを説明すると「なるほどねぇ」と軽い返事が一つきり。そのままスマホをいじり続けた。
 ……まさか今の話を投稿しているんじゃないだろうな、と少しばかり苦く思っていると、スマホの通知音が鳴った。見るとケイトからのメッセージで、マジカメのIDがつらつらと並んでいる。
「なんだこれ?」
「アクセブランドのアカウント。ティーン向けからちょいオトナ向けのまで。その中からヘアアクセで絞り込めばいいのもあるんじゃないかなー?」
「なるほど……助かるよ」
 さすがケイトだ。言われた通り、送られたアカウントを一つずつ見ていく。
 女性向けの煌びやかなアクセサリーは馴染みがないものばかりで、少し目が疲れる。……なるほど、解らない。

 解らないながらも見ていると、髪を挟み込んで留める大振りのアクセサリーの写真が目に留まった。これであれば普段から使えそうだし、金具もしっかりしているようだから、なくさず付けてもらえそうだ。
 少し派手なのが気になるが、もう少し大人しいデザインのものもあるのだろうか? そう思いながら写真を眺めていると、「イイのあった?」と半身を起こしながらケイトが声をかけてきた。
「あぁ、こういうのがいいと思ってな。どうだ?」
 髪留めの投稿を見せると、ケイトの顔が少し曇った。マズいものだったんだろうか。
「バレッタかぁ……ちょーっと流行ってないかなぁ」
「そうなのか?」
「コレ、うまく留めないと頭痛くなるし、髪も傷めちゃうんだよね。大きいのだと飾りによっては重くなるし……髪をまとめるヤツならクリップの方が人気かな」
 こういうの、とケイトが見せてきたのは、大ぶりな洗濯ばさみのようなものだった。たしかに軽そうだし、さっきの物の無骨な金具と違い、華やかだ。
 けれど、どことなく軽薄な感じを受けた。貰ったものと釣り合わない。そう思っていたのが顔に出てしまっていたのか、ケイトは慌てたように「あ、でも」と続けた。
「ティナちゃん異世界のコだし、こっちの流行とか気にしないと思うよ。素材とか選べば付けやすいのとかあると思うし! ちょっと、探してみよっか」
「あ、あぁ、ありがとう。助かるよ」
 余計な気を使わせてしまった。しかし、ケイトには悪いが妥協するつもりはなかった。

 それからケイトとあぁでもない、こうでもないと、あちこちの投稿やショップサイトを見てみるも、これといった物を見つけることはできなかった。ケイトの言う通り、流行っていないものだから、数も種類もないのだろう。
 それならばいっそ、彼女のように手作りした方が早いのかもしれないと調べてみるも、それはそれでなかなかに難しそうだ。そもそもよく分からない物をパーティーや試験がある中、二月そこそこで作るというのにも無理がある。

 ……結局、夕食時まで探してみたものの、望むデザインのものは見つけられなかった。ケイトは「トレイくんこだわりすぎー」などと笑っていたが、自分でもそう思う。
 けれども、せっかくのプレゼントなのだから、満足いくものを見つけたかった。それは間違いなく俺の独りよがりでしかないのだけれど。
「ドンピシャなものって意外とないんだよね」
 相変わらず寝転びながらスマホをいじるケイトがぽつりと漏らす。
「そういうものなのか?」
「そうそう、ちょっと余計なのが付いてたり、逆に足りなかったりって結構あるんだよねぇ。だから姉ちゃんは買ったやつをアレンジとかしてたよ」
「アレンジか……
「そ、リボンとかビジューとか付け足したり。接着剤が固まるまで押さえてろー、なんてやらされてたよー」
 ぼやくケイトの言葉に気付かされた。なるほど、既製品のアレンジか。それなら一から作るよりは簡単そうだ。それに買ったものをそのまま渡すよりは味気もある。
 検索してみると、ケイトの言う通り、リボンやレースを飾り付けたり、樹脂や粘土でお菓子のようなデコレーションをしたりと、様々なアレンジ方法を実演している動画が見つかった。
 動画を何本か見ていると、なんとなく、コツが掴めてきた気がする。
……週末にでも街に見に行くか」
「えー、通販でよくない?」
 なんせほぼ未知のシロモノだ、写真こそ数あれど、実物を見ないことにはイメージもなにもあったものではない。
 ついでにアレンジするための材料もどういうものがあるのか見てみたい。「付き合ってくれるだろう?」とケイトに聞けば肩を落としながら「しょうがないなぁ」と答える。
「いいけど、映えるスイーツと激辛ランチ、おごりね」
「仕方ないな」
 店で買ったものをそのまま渡すのではないとなると、包材も用意しないといけない。
 それに、どう言って外出許可をとるかも考えなければいけない。どこから手をつけるか考えながら、相変わらずベッドの上で「何おごってもらおうかなぁ」などと店を探すケイトを追い出した。

◇◇◇◇◇

 授業に出たり、パーティーをしたり、部活に顔を出したりしているうちにあっという間に日曜日だ。
 学園長には「専門店での製菓材料の購入」などと言って、外出許可を取っておいた。実際いくらか買うつもりだから嘘ではない。ケイトと連れ立って学園を出て、商店街を歩く。

 どこの店に行くか調べはつけていた。商店街の中にあるファンシーショップだ。
 着いてみると、店頭にはかわいらしいアクセサリーや雑貨がディスプレイされ、店内では女の子たちがわいわい買い物を楽しんでいた。
 当然、俺たち以外に男の姿はない。決して居心地がいいとはいえないけれど、これも彼女へのプレゼントを買うためだ。
 ケイトはあまり気にならないようで「姉ちゃんズに散々付き合わされたからねー」などと愚痴をこぼすだけで、気にするふうもなくのほほんと店内を見回していた。
「そんで、バレッタっていうのは決まってるんだよね? どういうが欲しいの?」
「特にこれといって決めてないんだ、まずどういう物なのか実物が見たいと思ってな」
「そっか。えーっと、こっちだね」
 ケイトに案内されてヘアアクセサリーの棚を見た。なるほど、確かに流行ってはいないのだろう。他のアクセサリーと比べて圧倒的に数が少ない。その上、小ぶりなものはいくらかあれど、欲しい大きさのものは、明らかに種類は少ない。
 他の店を探した方がいいだろうか? ショッピングセンターの雑貨屋でも覗くか? そんなことを思いながら、棚に目を向けると、ひとつ、目についたものがあった。
 気になるまま、華やかなアクセサリーの群れの中で、少しばかり地味なそれを手に取る。
 ホワイトクローバーの花と葉を、アクリルか何かでステンドグラス風にデザインされたものだ。そこそこに大きさもあって、彼女の髪をまとめるのにちょうどいいように感じた。見ていると、ケイトが手元を覗き込み「あぁ」と笑顔を見せた。
「それなら軽そうだし、いいんじゃない?」
「そうか? なら、これにするよ」
 手を加える余地がないのが残念ではあるが、その代わり、お菓子を添えればいいだろうか。
 会計して、プレゼント用に包んでもらえば今日の目的は果たされた。それから、ケイトの調べた店のはしごをして、製菓材料を買って、学園に戻る頃にはいい時間になっていた。
 部屋に戻り、買ってきたプレゼントを机の引き出しにしまう。すぐにでも渡しに行きたいところではあるが、あと二月と数日の我慢だ。
 彼女は喜んでくれるだろうか? 今から渡すのが楽しみで、少し不安だ。

◇◇◇◇◇◇

 6月も終わる30日、いよいよ明日は彼女の誕生日だ。
 忘れないようにプレゼントを鞄にしまう。明日は朝一番にサブレを焼こう。本当はケーキを焼きたいところだが、暑くなってきた今、傷みやすいものを一日持ち歩くわけにもいかない。そんなことを考えながら床に就いた。

◇◇◇◇◇◇◇

 朝、サブレを焼いていると匂いにつられてか、案の定寮生たちが集まってきた。物欲しそうに見つめてくるものだから、焼き上がりがいまいちなものを適当に何枚か与えた。
 それから冷ましたサブレを包んで、身支度をして、少し早めに登校した。

 それとなく辺りを見回しながら歩いてみるも、彼女の姿はない。もしかしたら、という淡い期待はあっさり砕かれた。
 そう思い、またひとつ気が付いた。あぁ、俺は誰よりも先に彼女の誕生日を祝いたかったのだと。
 偶然のような顔をして、朝一番に彼女にプレゼントを渡し、驚きながらも喜ぶ姿が見たかったのだと。そんな自分の強欲さに気付き、少しだけ頭が冷めた。
 俺は俺が自覚している以上に浮かれているらしい。はやる気持ちを抑えようと胸ポケットのマジカルペンを取り出した。

 メインストリートに出ると、コロシアムまでの道がロープで封鎖されていた。ロープにはご丁寧に「立ち入り禁止」と札が下げられている。
 今日はコロシアムでイグニハイド生が大規模な魔術実験を行うと、半月前から告知されていた。そのためなのだろうが、ここまでするとなると、どれほど大事な実験なんだろう。
 さすがに気になって、コロシアムの方を見てみると、コロシアムから淡い光が空に向かって伸びていた。そのまま眺めていると、他の生徒も足を止め、コロシアムに目を向けている。
「なにアレ? マンション建設予定の看板かなんか?」
「わっけわかんねー、昨日の夜からあったんだけど」
 揶揄するような話し声がどこからか聞こえてきた。マンション建設予定の看板は言い得て妙だ。そんな看板は見たことがある。
 けれど、よほど大がかりな実験なのだろう。ここまで離れていても、魔力であろう力の波動がぴりぴりと伝わってくる。こうも強いと授業に影響が出そうなものだ。
 何もなければいいな、と、どことなく他人事のように思いながら、校舎へ向かった。

 関係のない他寮の実験よりも、いつ彼女と出くわすかの方が問題だった。
 用意していたとはいえ、彼女が目の前に現れて、その時にさっと渡せるだろうか? 渡せたとして、彼女はどう思うだろう、気持ち悪いと思われないだろうか? 迷惑がられないだろうか。そんな子ではないと頭ではわかっているものの、考え始めてだんだん気分が悪くなってきた。
 彼女から悪しように思われないためにも、どう渡せばいいだろう? 意識してしまったがゆえの気恥かしさもあり、できるだけ軽い感じで渡したい。
 そのためにも人目のあるところの方が都合がいい。それなのにこういう時に限って廊下にも、中庭にも、昼食時の食堂にも、どこにも彼女の姿はなかった。

 そうしているうちに授業が終わり放課後、部室を覗いてみるも彼女の姿はなかった。一年生やディアソムニア生の部員に聞くと、今日は部室に顔を出していなければ、一年生の教室にも、寮内でも見ていないという。
 もしかして体調を崩して休んでいるんだろうか。にわかに心配になり、部活動もそこそこにディアソムニア寮に向かった。
 ハーツラビュル寮とディアソムニア寮へ向かう鏡は隣同士だ。だけども、その隣がいやに遠い。「彼女が体調を崩しているのなら日を改めるべきでは?」「こんなことのために他寮まで出向くなんて重すぎるんじゃないか?」そんな言い訳たちが脳裏をかすめるものの、先送りにして明日も落ち着かない気持ちで過ごしたくはない。
 それに彼女の誕生日は今日だけだ、日を跨いだらそれこそ意味がない。少しばかり緊張しながら、ディアソムニア寮へ向かう鏡に飛び込んだ。

 いつも晴れ模様のハーツラビュルと違い、ディアソムニア寮の建つ場所はいつも気が滅入るような曇り空だ。
 今日に至っては遠くから雷鳴が響いて、心なしか石橋の下で茂っている茨も鋭く見える。そうではないとは分かりつつも、歓迎されていないような気になってくる。
 気が引けながらディアソムニア寮のドアを叩く。せめて知っている顔でも出てくれば気は楽なんだがな……などと思ううちに扉は開かれた。
「おぉ、トレイか。珍しいな、何の用じゃ?」
 いつものにこやかな笑顔で出迎えてくれたリリアにひとまず安堵した。彼女にプレゼントを渡したいということは、以前伝えていたから話も早いはずだ。
「キースリンクにちょっとな。たしか、今日が誕生日だろう? プレゼントを渡そうと思って……
 言いかけて、リリアが不思議そうに首を傾げていることに気付いた。
「リリア?」
「お主、何を言うておる」
 先の笑顔から一転、冷ややかな目で見上げてくるリリアに冷たいものが背筋を這った。
「何、って。今日はあの子の誕生日じゃないのか?」
 それを教えてくれたのはリリアじゃないか。そっちこそ何を言っているんだと零しそうになるも、それより先にリリアが何かに気付いたようにはっとなった。
「おらんよ」
「なんだって?」
「聞いておらなんだか? あやつは今朝方、元の世界に帰ったよ」
……初耳だぞ」
 答えるとリリアは大きな目をさらに丸くした。なんでリリアが驚くんだ。
 そんなことよりも、帰った? 彼女が? 元の世界に? そんな話を聞いていなければ、今までそんな素振りは微塵も見せていなかった。あまりに唐突でなにがなんだか分からない。ただ、漠然と血の気が引くのを感じるだけだった。
「なんと。……ふむ、立ち話もなんじゃ、ちぃと上がるがいい」
 そう言ってリリアはドアを開け、寮内に入るよう促した。正直いって話をするような気分ではない。もうこの世界のどこにもいない人間のことなんて考えても、話を聞いても何の意味もないのに。
 ……けれど、何も知らないままでいるのも嫌だった。
「なら、お邪魔するよ」
 緊張のせいかいやに喉が渇く。歩く度に揺れるリリアの髪を目障りに感じながら、その後を追った。

◆◆◆◆◆◆◆◆

 談話室で話すものだと思っていたが、通されたのは寮の二階の奥まった個室だった。
 机とクローゼット、ベッドに二人掛けの小さなテーブルセットが設置されている。使われていない部屋なのだろうに、掃除はきちんとされていた。
 リリアはテーブルセットの椅子に腰かけると、ティーポットとカップを二組、魔法で取り出した。ディアソムニアの雰囲気に合わないピンクの花柄のかわいらしいティーセットだ。
「ほれ、突っ立っとらんと掛けよ」
「あ、あぁ」
 勧められるまま、椅子にかけると甘い香りのするお茶を差し出された。リリアの出すお茶は飲めるものなのか一抹の不安がよぎったものの、匂いはまともだから多分、大丈夫だろう。
「ありがとう。それで、キースリンクが帰った、ってどういうことだ?」
「そのままの意味よ。あやつが異世界の人間というのは知っておろう? ふた月だか三月前に帰る方法を見つけてな、そのための魔法道具をこさえて、イデアと調整やらなにやらして、今日になってようやく帰ったのよ」
……なら、コロシアムでの実験というのは」
「あやつを帰すための人払いよ。大がかりな転移魔法ゆえに、他の生徒を巻き込むわけにはいかんじゃろ?」
 そこまで話すとリリアは「本当に聞かされておらなんだな」とため息交じりに呟いた。
「お主とは懇意にしておるようだから、話くらいはしとるものかと思っとったよ」
「気のせいだろ。キースリンクは部活が同じってだけだよ」
 まだ熱いカップに口を付ける。俺だってそう思っていたかった。半月遅れの誕生日プレゼントを貰った時、彼女から好意を抱かれているものだと思ってしまっていた。
 けれど、その頃には彼女は元の世界に帰る手段を見つけて、その準備を始めていたらしい。なんて手の込んだプレゼントなんだろうと喜んでしまったけれど、あのプレゼントだって、その魔法道具を作るための材料の残りかなんかで作ったものなんだろう。結局俺一人で勘違いして、舞い上がっていただけだったんだ。
「そうは見えんかったがなぁ」
「だから気のせいだよ、本当に、それだけなんだ」
 認めたくなかったけれど、何も聞かされてなかったということは、彼女にとって。俺はその程度の存在だったということだ。胸の内から何かが抜け落ちていくような虚しさを覚えていると、リリアは何かを思い出したように「なら」と小さく零した。
「あやつ、昨夜はお主の所に行ったんではなかったのか?」
「ゆうべ?」
「あぁ、最後の晩じゃったからな。夕食の後、あやつに『ここでもよそでも好きに過ごせ』と言うたら、どこぞへ出かけてな、夜も遅くに帰ってきたんじゃ。てっきりお主の所へ行ったんだと思うとったわ」
……。うちには来てないな」
 知らなかった。もちろん、ゆうべ彼女がハーツラビュル寮に来たなんて話は聞いていない。
 知りたくなかった。彼女に最後の晩を一緒に過ごしたいと願う相手がいたなんてことを。そして、それは自分以外の誰かということも。帰ってきたということだから泊まりではなかったのだろう、それだけが救いに思えた。

 ……それからなんて話をしたのか覚えていない。気付いたらリリアに礼を言って、ハーツラビュル寮に戻っていた。覚えていないがサブレは誰かにやったらしい。手元には行き所をなくしたプレゼントボックスだけが残っている。この、意味をなくした箱はどうしてしまうのがいいのだろうか。
 捨ててしまうのがいいのかもしれない、けれど、そうしてしまうのは憚られた。いつか彼女が「ダメでしたぁ」と戻ってくるかもしれない。そんな、叶わないであろう夢を見ていたかった。彼女が戻ってくる保障も、こちらを向く可能性も、どこにもないのに。
 それでも、望む限りとっておきたかった。我ながら女々しいと嘲りながら、いつかもらったプレゼントの隣にささやかな未練を眠らせようと、机の引き出しに手を掛けた。

だけどあなたはいないから