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黒竹
2022-09-16 20:45:17
10684文字
Public
プロセカ
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Dear my teacharのおまけ
文庫版のおまけ。短編一本とちょっとした場面のみの小テキスト。
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がばっと跳ね起きたら九時だった。「やば!」思わず叫んで隣を見ると、当然ながら雫の姿はどこにもなかった。
背中が痛い。そういえば仕事の都合でジェルネイルをつけていると言っていたのを思い出す。普段はきれいな楕円形をしている彼女の爪が四角くカラフルに彩られていて、なんだか飴細工みたいだった。
見えないけれどヒリヒリする背中はミミズ腫れにでもなっているのだろうか。彼女の偽物の爪で。
そんなことを考えている場合でもないし、背中の痛みなんてどうでも良い。今が九時過ぎで雫はもうとっくに家を出ているという現実がなにより大事だ。
「寝過ごしたっ
……
」
なんということだ。雫はちゃんと起きて仕事に向かったというのにこの体たらく。毎日お味噌汁を作ってあげるという約束を破ってしまった罪悪感で胸が張り裂けそう。
念のためにスマートフォンのアラーム設定を確認してみるが、確かに六時に鳴るよう設定されていたし止めた形跡もあった。言い訳のしようもない。
「やってしまった
……
」
ベッドの上であぐらをかき、片手で顔を覆いながらため息をつく。
しかたがない。今日は夕飯を豪華にしてお詫びとしよう。
この頃は学校が終わってから一度自宅に帰り、翌日の準備をしてから雫の家に泊まりに行くのが半ば習慣と化している。今日は授業があるのは午後だけだから、自分の都合だけを考えたら早起きすぎるほど早い。さてどうしたものかと首をひねっていたら、手の中の端末が小さく何度か震えて、止まった。
「あら?」
メッセージの送り主は雫のマネージャーだった。雫が忘れ物でもしたのかな、と画面を開くと、丁寧な文面で愛莉への頼み事がしたためられていた。
「
…………
」
愛莉はメッセージを読んでから寸時黙考し、マネージャーに返信してベッドを下りた。
愛莉の姿を見つけたマネージャーの表情がたちまち明るくなったのを見て、けっこう難航してたんだ、と愛莉も状況を察した。それでもなくても撮影スタジオの空気がピリピリしているのは感じられる。めったにない光景に愛莉も内心ちょっと怖気づいていた。
「あー、愛莉ちゃんありがと。急に来てもらってごめんね」
「学校は午後からなんで大丈夫です。それで、雫は?」
「まだ撮影してる。ちょっと今日のカメラマンと相性悪いみたいで
……
」
休憩にするから顔見せてって。マネージャーに言われてあとをついていき、ドアを抜けた瞬間女神みたいな人がいたので思わず目を細めた。
完璧に見えるポージングと、完璧に見える微笑みと、完璧に整った顔立ち。これで駄目出しをされるのだから、プロの世界はすごい。
「そうじゃなくて、もっと──」
カメラマンからやや棘ついた注文が飛んでいた。なにが気に入らないのかしら。愛莉はこっそり頬をふくらませる。
マネージャーがカメラマンに近づいてなにか耳打ちしている。休憩を入れてほしいと頼んでいるんだろう。ほどなくしてカメラマンが構えていたカメラを下ろし、背後に控えていたスタッフにも休憩を告げた。
「雫」
「え? あ、愛莉ちゃん!」
小さなため息をついていた横顔が、こちらを向いた途端に華やいだ。比喩ではなく彼女の背後で花が咲き乱れているのが愛莉の目には見える。スタイルに見合わぬ子犬のような仕草でこちらに歩み寄ってくる雫に軽く苦笑した。
撮影スタッフは愛莉をチラチラと見やりながら首を傾げている。誰だろうあの子。妹とかかな。
そういう視線にはもう慣れていた。
「はい」
「なあに?」
手にしていた水筒を差し出す。目の前に掲げられた水筒が何を意味するのか分からなかったのか、雫がきょとんと目を丸くした。
「お味噌汁。今朝、作ってあげられなかったから」
「え、持ってきてくれたの!?」
「まあ、これくらいで雫の調子が良くなるとは思わないけど。今日の撮影ちょっと大変なんでしょ?」
「っ、うん、ありがとう! 頑張る」
どこか幼ささえ見える表情で雫がうなずいて、愛莉はなんだか妹を相手にしている気分になってしまって我知らず苦笑した。彼女の首筋にそっと触れて、おまじないみたいにささやく。
「自信持ちなさい。どんな人より雫が一番きれいだし、一番素敵だわ。たとえ半目になってたって雫が一番よ」
「もう、愛莉ちゃんったら」
褒め過ぎだよと笑う雫の肩から力が抜けていた。
視線を絡めて「もう平気?」と尋ねたら、雫はこちらがうっとりするほど珠玉の笑みを見せてくれた。
休憩中に飲んだ愛莉特製の味噌汁のおかげか、その後の撮影は驚くほど順調に進み、ついでにそれ以来雫が水筒に味噌汁を入れて撮影現場に持っていくようになり、それを雑誌のインタビューで話したら女子高生の間で味噌汁ブームが起こった。
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