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黒竹
2022-09-16 20:45:17
10684文字
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プロセカ
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Dear my teacharのおまけ
文庫版のおまけ。短編一本とちょっとした場面のみの小テキスト。
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テストの採点に時間がかかって、気づけばもう夜更けだった。今日も遅くなっちゃったな、と口の中でぼやきつつ洗面台で歯磨きをしていると、背後にかすかな気配を感じた。振り向くまでもなく、洗面台の鏡にドアの隙間から人影が見える。
「みのりさん、終わった?」
「んー」
泡々になっている口をゆすいでから遥に向き直って軽くうなずいた。「遥ちゃんもまだ起きてたんだ」歯ブラシとカップを洗い流して定位置に戻していると、遥がん、と小さく相槌を打ってきた。
「ちょっと桃井先輩と話してて。そろそろ寝ようかと思ってた」
「そっか」
遥の手が伸びてゆっくりと親指の腹で頬を撫でられる。やや伏せた目のその視線が持っている意味に気づかないほどみのりは鈍感ではない。今は、もう。
ほんのり熱くなった耳を意識しつつ、口元を拳で隠して、んん、と小さく咳をする。
「えっ、と。おやすみのキス、ですか?」
「はい」
それはそれは嬉しそうに遥が笑うから、腰から下が溶けて消えそうだった。
遥の大学進学を機に同居を始めて、きれいに咲いていた桜も散り始めた頃、初めてそんなようなおねだりをされた。もちろん断る理由なんてないんだけれど、それはこっちだってしたいに決まっているけれど、それはそれとしてまだ恥ずかしい。
しかし断る理由がない以上、拒絶するという選択肢はない。したら本気で落ち込みそうだし。
歯磨きをした後のスースーする唇を少しだけ突き出して遥に顔を寄せた。
柔らかく腰を抱かれて、落ち着いた、熱量のないキスをする。たぶんそれはわざとで、そうしているのは遥のほうだった。
離れたあとの眼差しがいつも揺れていることにみのりは気づいている。
なにか言いたそうなその眼差しをどうするべきか、まだ決めかねていた。
「
……
あの」
「ん
……
?」
「
…………
おやすみなさい」
両肩に置かれた手が一度きゅっと気弱に縮こまって、それから静かに離れた。
「う、うん。おやすみ」
遥が自室に向かうのを見送ってから小さくため息をつく。
──まあ、そういうことだよね
……
。
首筋が熱くなって手のひらで冷やす。名実ともに恋人同士になったんだし、なんせまだ十八歳だし、それはもちろん、そういうことを望むのも無理はない。
おそらくこちらがアクションを起こせば簡単な話なのだろうが。
みのりとしてはそうも言えないのだった。
「だっておくるみから顔しか出ないような時から知ってるんだよ
……
!?」
今生の苦悩をすべて集めたような表情でみのりが頭を抱え、カフェテーブルに突っ伏した。
「そ、そうねえ
……
」
静かなカフェの一角で懊悩するみのりを前に、雫は困り顔をなんとなく緩めている。完全に愛想笑いだった。他に浮かべる表情があるのなら誰か教えてほしい。
ゆるゆると顔を上げたみのりが雫と目を合わせて情けなく眉を下げた。
「雫ちゃんは、あのー
……
桃井さんと」
「え、ええ、まあ
……
」
お互いにゴニョゴニョと言葉を濁しつつ、しかし完璧な意思疎通をしてみせる。そこは大人なのでそういう社交術は身につけていた。
「ど、どれくらいで、した?」
「
…………
」
雫が身を乗り出してみのりに手招きする。みのりも見苦しくない程度に精一杯雫に近づいて耳を向けた。
「────」
「えっ、桃井さんけっこう大胆だね!?」
「し、しーっ!」
思わず大きめな声を上げてしまったみのりの口を雫が慌ててふさぐ。みのりもやや冷や汗をかきながらさらに自分の手を覆った。
みのりが口を開かないと判断したか、雫が手を離して、背もたれに身体を戻した。
「といっても、私たちは子供の頃から知っているというわけじゃないので
……
」
「それは、そうなんだけど
……
」
うう、と唸るみのりに、雫はどうしたものかと肩を落とす。
みのりだって別に雫に相談したら問題が解決するなんて思っていない。他に話せる人がいないから、ちょっと愚痴というか、悩んでいることを聞いてもらいたかっただけなのだ。
すっかり冷めたカフェラテをすすりつつ、みのりが窓の外へ目をやる。
「ごめんね。雫ちゃんに言ってもしょうがないのに」
「いえ、私こそいいアドバイスができなくてごめんなさい」
「ううん」
「でも、あのね?」
自分のカップに口をつけてから、雫が夕日みたいに微笑んだ。
「私は、いつでも今の愛莉ちゃんが一番好きだわ。今日は今日の愛莉ちゃんが一番だし、明日になったら明日の愛莉ちゃんが一番好きなの。──そういうの、ない?」
手の中のカップに残ったカフェラテが揺れていた。その波紋をなんとなく眺めながら、雫の言葉を口の中で反芻する。
いつでも、今の。
じっと遥を見つめてみる。視線がいたたまれないのか、遥はやや頬を引きつらせながら笑っていた。
日課のトレーニングを終えたばかりの彼女は額に汗が光っている。トレーニング用のシャツも濡れていて、軽く貼りついた布地の向こうの身体のラインがよく見えた。
頭からじっくりと遥を眺めたみのりが不意にため息をつく。
そりゃあ、言われるまでもないのだ。
「み、みのりさん? どうしたの? そんなに見つめられるとさすがにちょっと恥ずかしいんだけど」
「うん」
返答になっていないただの相槌を打ちつつ、おもむろに遥の腹部へ手をのばす。
「ひゃっ」
「今日もいいおなかしてるね遥ちゃん」
「いきなりなに!?」
照れて赤くなっている目元も、動揺でうわずった声も可愛い。引き締まった平たいおなかは言わずもがなだ。
シャツに手を入れて遥のおなかを撫で回しながら、小さい頃はもっとふにふにしてたなーとか思い出している。
「遥ちゃん」
「は、はい」
「この後シャワー浴びるよね?」
汗に濡れた腹部がかすかに震えた。
「上がったら、いっしょに寝よ?」
「え?」
伝わるかな。伝わってくれないと困る。社交術ではないその言葉。
だって思い出の彼女よりずっとずっと目の前にいる彼女が好きだし、大人とも子どもともつかない身体のラインは改めて眺めれば触れずにいられないほど魅力的だ。
遥が確認していいのか迷っているような目で見つめてきたから、細長く息を吐いて額をくっつけた。
「ん」
彼女が一歩を踏み出せなかったのは、優しさだったのかもしれないし、遠慮だったのかもしれない。
なにかを堪えるように遥が一度目を閉じて、開いた。
「っ、あの、ギュッてしたいんだけど、汗かいてるから、あの、先にシャワー浴びてきます
……
」
「はい」
「あ、でも、キスだけ、してもいい?」
「──うん」
そっと肩に手を添えて唇を重ねてくるのがいとしくて、それでもいつもなら温かな笑みが溢れるばかりなのに、今日はなんだから落ち着かない。こんなにかわいい反応をされたのは初めてだ。
ん、と視線で促してやり、遥がわたわたとバスルームに消えてから、みのりは深々と嘆息した。
「かわい
……
」
ハマりそう。
次はどうやって誘おうかな、などと考えてしまうのは、悪い大人の証拠かもしれない。
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