【カミ東】『ひとりヨりふたりがいイ』

🔪🍮で神隠し(未遂)話。癖の塊癖ィィィ。
【カミ東】其の御心、神のみぞ知る の設定を引き継いでいます。


止めどもなく込み上がっていた吐き気は収まったが、胃の中で何かが蠢き犇きあう気持ち悪さは継続したまま。
しかも、吐き続けた所為か重苦しい倦怠感が体中を包み込み指一本動かせない東雲は仰向けの体勢で其の頭をカミキリの綺麗に揃えられた膝の間に置かれていた。
「げほっげほっ」
胃の中にはまだ何かがあるのに吐き出せない辛さに東雲が嘔吐く。
その苦しそうな東雲を見詰めるカミ繧ュ繝ェの黒く澱んだ大きな瞳は何処までも嬉しそうに眇められ、その大きな瞳から零れる黒く澱んだ涙が東雲の頬に黒い斑点を付けていく。
東雲の頭を抱えるように絡みつく腕は時折東雲の頭を撫でるために解かれ、また絡みつくをくり返した。

『もウ少し、あともウ少し』

辛くて苦しんでいる原因は自分だというのにもかかわらず、東雲の頭を撫でる繧ォ繝溘く繝ェの手付きは残酷なまでに優しい。力なく見上げる東雲の瞳を見てから空を仰ぎ見た。
間もなく太陽が息絶える黒い空に繧ォ繝溘く繝ェが壮絶な笑みを浮かべる寸前、東雲は其の殆ど動かせない目で空が斬り裂かれるのを見た。
空から夕焼けを背負い裂け目から現れたカミキリは静かに境内に降り立ち──、弱り果てた東雲、自分の姿を真似ている相手と視線を向け怒りの炎を心に灯した。
カミキリが放つ混じりっ気のない怒りの感情を向けられた繧ォ繝溘く繝ェは恐怖を抱いた。

『ヤメロ!来るな!』

ただ其れは自身が斬り裂かれ消される恐怖ではなく。

『この繝偵ヨを蜒�から奪うな!』

漸く手に入れた宝物を取り上げられる子供が抱く恐怖であった。
東雲に縋り付いた繧ォ繝溘く繝ェの姿が徐々に東雲に初めて声を掛けてもらった頃のようなみすぼらしい着物姿になり果てた。繧ォ繝溘く繝ェの腕に抱かれ後方に引きずられても東雲は動けずその身を預けたままだった。

『やっとやっと、見つけたんだ!蜒�と一緒に遊んでくれる繝偵ヨを!』
………
『この繝偵ヨは蜒�を怖がらず拒ます手ヲ差し伸べてくれタ!』
……そう、だネ」
『だから連れて行ク!この繝偵ヨとふたりっきリの場所へ!誰にも邪魔さセない!』

『もうひとりはイヤなんだ!』

繧ォ繝溘く繝ェの心からの叫び声にカミキリの脳裏にある日の記憶が過る。寂びれた神社、人間が来なくなり零落した辛い日々の記憶にカミキリの心が震える。
だが、逃げようとした繧ォ繝溘く繝ェに折れた刀身が伸びる右手人差し指がピクリと動き──、次の瞬間には繧ォ繝溘く繝ェの首を斬り落とした。
斬られ落ちた首が呪詛を吐き散らし転がりまわる。その脳天に刀身を突き立て斬り裂けば、黒い泥となって溶け消えていった。首が斬り落とされたことで繧ォ繝溘く繝ェの胴体も泥と化し溶けていくが、その腕は東雲に縋り付くように絡みつき、未練がましく消えていった。
「──、分かるよ」
小さく呟いたカミキリの言葉はもう届かない。



本体を消したが東雲に巣くう呪詛は未だ消えず彼女の体を蝕み続けていた。もう目を開けることも出来ず、弱々しく呼吸する東雲の上半身を抱き起したカミキリは彼女の腹部に手を当てる。
東雲の体内に蠢き犇きあう黒く澱んだ呪詛。禍々しく彼女を執拗にあの世へ連れて行こうとする強さにカミキリは焦燥感に苛まれた。
一刻も争う事態はカミキリに究極の二択を迫り、そして実行させた。
「ゴメンネ」
抱き起していた東雲の体を地面に横たえさせたカミキリは右掌から伸びている刀身の切っ先を左掌に当て斬り裂いた。真一文字に描かれた赤い線からぷくりと血の雫が浮かぶ。
「大家さん、飲んデ」
薄く開いた東雲の口元に左掌を当てるが、血の気が引き始めた彼女の唇は動かない。
唇に当てていた左掌を自分のもとへ引き戻したカミキリはそのまま左掌に滲む血を舐め吸い口に含んだ。
口の中に広がる鉄の味。唾液と混ざりあった血を口移しで東雲に飲ませていく。
ゆっくり動く喉を確認してから、カミキリは唇を離した。血が喉を通り胃の中に落ちた瞬間、東雲の背が弓なりに反りあらん限りの声を叫んだ。
「ああああああ!?うあああああああっ!!?」
今まで味わった事ない激痛が腹の中を突き刺さり斬り裂く。痛みにのたうち回る東雲の体をカミキリが強く強く抱きしめた。
「ゴメンネ、ゴメンネ。だけど耐えて大丈夫だから……
強い呪詛を祓い清めるには同じくらい神聖な力が必要だった。
零落した身とは言え神は神。その神が流す血の力は絶大で死に誘う呪詛を容易く祓い清め、強い加護を与えるのと同時に、神の血を飲んだ者はその者の意思に関係なく神の所有物となる。
神の所有物となった人間は人の理から外れ、その身と魂の全てを神に捧げ共に生きる道しかなくなる。
死ぬより辛い道を歩ませることになることにカミキリは深く悲しんだ。だが、東雲には如何か生きて欲しいと希いこの蛮行をするに至った。
……消えた」
東雲に巣食っていた呪詛が完全に消え、東雲の顔に生気が戻ってきた。汗ばみ張り付いた東雲の前髪をかき分けるカミキリの指先は慈悲に溢れ、東雲を抱きしめる腕もまた優しい悲しみに満ちていた。
「帰ろウ」
ぐったりと力が抜けた東雲の体を背負い、カミキリはツヅミが待つマンションへと歩き出した。





後日。
すっかり元気を取り戻した東雲は何の後遺症もなく過ごしていた。
そう何の後遺症──呪詛もなく、すっかりさっぱりカミキリの加護も所有印も何もかも消え去っていた。
………?」
本来ホッと安堵しなくてはならないところなのに何故かガッカリしてしまったことに首を傾げたカミキリがその気持ちの正体に気付くのはまた別のお話。