豆炭々炬燵
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【ペニビル】おつかれ

元気のない道化師といつもより優しい兄ちゃんの話。


普段家族や親しい者達と勝手が違い過ぎた。背中を擦るギクシャクした手の動き。挙句呼吸の仕方まで分からなくなってきた。
「も、もういいだろ」
つっけんどんに腕を解き体を離せば拍子抜けするくらい呆気なく解放された。だが、まだ諦め切れないのか白い両手が肩を掴んで離れない。
「か、帰る」
未練たらたらの白い両手を軽くあしらい踵を返す。足元に溜まった水たまりを越えるべく出した一歩はものの見事に着水した。左二の腕に新しく付いた白い枷。伸びる先は言わずもがな。前に進もうとすればその分だけ後ろに引っ張られる。
前進後退を何度か繰り返し渋々視線を投げつけた。
「はっ、はっ、離せよ」
「楽しくて広い面白くて深い地下迷路に一人で挑むなら止めやしないさ」
「それって僕ひとりじゃ、かえ、帰れないって、い、言いたいのか」
唇を尖らせた不気味な笑顔から甲高い笑い声が溢れだす。神経を逆撫でする露骨な嘲笑が延々続くかと思いきや、それはあっさりピッタリ止まった。つりあがっていた口角が下がり、金色の冷たい瞳が値踏みする。
「本当に帰れると思っているのか」
「帰れるじゃ、じゃない。帰るんだ」
リン、リリン。
何処からか聞こえる鈴の音。白い枷の本体が露骨に嫌な顔をして首を小刻みに横に振った。
枷の締め付けがどんどん強くなり腕に食い込み始めている。引き寄せながら距離を縮め、もう一つの白い枷が伸びてきて嵌りそうになるのを見計らい枷を掴んだ。
「お、お前が帰すんだ。ニーボルト通りのい、家じゃない。ちゃんと、ぼ、僕の家までぼ、僕を帰すんだ」
何を言っているのか分からない。困惑する白塗りの顔から見て取れた。
「誰が、こ、こんな暗くてジメっとしたところに、つれ、連れてきたんだよ。責任もって僕を、か、帰せよ。下水道のみ、道はいやだから、ニーボルトの家まで出て僕の家まであ、歩いて、だ」
「私が君を家に送り届けるって?」
「そうだ」
蝙蝠が飛び交う際に聞こえる鳴き声染みた甲高く耳障りな声が平然と鼓膜を通り過ぎ直接脳内に入り込んでくる。
構わず言い続けた。ひたすらに言い続けた。最後の方は笑っているのか怒っているのかよく分からない顔で睨んできたので否応なしに掴んだ枷を引っ張りながら歩きだした。後ろは見ない。笑い声は止まった。でも、見ない振り返らない。ただひたすら出口に向かって入り組んだ道を歩き続ける。
途中から腕を締め付けていた白い枷が外れ、後ろから隣、隣からやや前へと位置を変え相手にとっては慣れ親しんだ道を先導し始めた。