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雨音
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安寧の灯
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【縋り求めたもの】
負傷した案内が律の元へ向かう話。案律。
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足音が遠ざかっていくのを聞きつつ、おそるおそる扉を開けば、覚束無い足取りで歩いていく小さな背中が見えた。
「
……
案内!」
律は先程まで抱いていた恐怖や不安を忘れて、駆け出す。長身の律の足はあっという間に案内に追いついた。
「
……
はは、なんでお前は気づくんだ」
「だって案内の声が聞こえたんだもん」
諦めたように顔を上げる案内。隠しきれない疲労と苦痛の色が滲んだ顔色に、律は悲しそうに目を伏せる。
「どうして君は、助けてって言えないの。そんなフラフラした足と苦しそうな顔でここまで来といてさ。
……
ここまで来たなら帰らないでよ」
律はその場に膝をつくと、壊れものを扱うかのように案内の小さな背中に腕を回す。
「どこが痛いの?」
「どうして痛いって分かる?」
「君の顔に書いてあるんだってば。めちゃくちゃ痛くて仕方ないですって。ほら教えて。僕の手で追い打ちかけたくないからさ」
「左、脇腹」
言われた箇所に触れるのを避けて、ゆっくり案内の身体を持ち上げる。自分がいつも持ち上げる側だからか、珍しく落ち着かない様子の案内に律は目を合わせて微笑む。
「すぐそこだからちょっとだけ我慢して」
そう言えば、案内はこてりと頭を律の肩に預けた。
「
……
僕は構わないけどさ、本当に案内はこれでいいの?」
「ああ。この方が安心する」
案内は律に身体を預けたままの姿勢で、じっとしていた。ゆっくり休ませようとベッドに横たわらせようとしたのだが、案内に拒否されたのだ。
案内は一度拒否すると何があっても意志を曲げないため、彼の希望に従いベッドサイドへ腰を下ろす。律は怪我した者への心得を持っていない。下手に口を出すことはやめておいた。
「
……
っ
……
う」
少しして。案内は小さく呻いた。眉間にしわを寄せ、緩く身体を曲げる。律は大丈夫?という言葉の代わりに背中を撫でる。大丈夫じゃないのは目に見えて分かる。だから気休めにもならない言葉より、行動で労りの意を示したかった。
「
…
は
……
ぁ
……
っ!
……
ぐぅ
……
っ」
「
……
っ!」
強い痛みが走ったのか、案内は咄嗟に律の腕を掴む。案内は見た目に合わず怪力だ。普段は加減しているが、今は余裕が無い。そのため、容赦なく加えられた力に律は反射的に身を引きかけた。が、ギリギリのところで耐える。律も痛がってしまったら、案内は今度こそ一人でどこかへ行ってしまう。罪悪感に囚われやすい彼なら、なおさら。
「はぁー
……
、はぁ
……
っ」
どうやら案内は痛みを逃がすのに必死で気づかなかったようだ。そのことに思わず胸を撫で下ろす。
「りつ
……
律
……
」
案内は乱れた息を整えながら、縋るように律の名前を呼ぶ。
「なあに?」
「力強く抱きしめてほしい」
「え、大丈夫なの?そんなことしたら
……
」
「言いたいことは分かる。でももっとくっつきたい。わがままばかりで悪いが
……
」
「わかったよ。あとそれはわがままの範疇に入らないから。安心して」
律は言いながらも内心迷っていたが、せっかく案内がお願いしてくれているのだ。案内も自滅行為を願い事に乗せるような、そんな愚かなことはしないと分かっている。だから遠慮なくぎゅうっと抱きしめる。
案内の身体は律よりずっと小さい。いとも簡単にすっぽりと覆われる。
「ねぇ、本当に大丈夫?痛かったら言ってよ、すぐ離れるから」
それでもやっぱり不安でついつい聞いてしまう。すると腕の中で案内は小さく笑った。
「大丈夫だ。
……
それにしても不思議だな」
「何が?」
「さっきまであんなに痛かったのに、お前に抱きしめられることで痛みが引いていくのを感じる」
「ええ?君の身体どうなってんの
……
」
どうなってんのと言いつつ、案内の声音に柔らかい優しさが戻ってきていることに気づいていた。神様の回復力のスイッチはよく分からないところにあったらしい。
動く余裕ができた案内は、律の背中に腕を回す。微妙に回りきっていないが、案内は満足そうに口角を上げた。
数分前まで苦痛に喘いでいたとは思えないほどの変化に、毒気を抜かれた気分だ。と同時に深く安心していた。意識的なのか無意識なのか分からないが、自室を訪ねてくれたことは嬉しい。だがそれはそれとして、やはり大切で大好きな案内が苦しそうにしているのを見るのは胸が痛かった。
「まぁ、具合が良くなったようで何より」
「律のおかげだ。ありがとう」
「たいしたことしてないんだけど」
「オレにとってはたいしたことだ。そうだ、手を貸してくれ」
「手?」
律は言われるがままに、片手を案内に差し出す。そして案内は律の白くて細長い指先に口付けを落とした。
「
……
!」
言葉だと伝わりにくい感謝を口付けに込める。
律は呆気に取られていたが、次第に顔を赤らめていく。
「な、なんでそんなピンポイントなとこ
……
」
「さあな。
……
ふぁ〜
……
、眠くなってきた。悪いが肩借りるぞ」
「ち、ちょっと!案内!
……
寝るの早」
案内はむにゃむにゃと言いながらさっさと眠りについた。たぬき寝入りしているんじゃないかと疑いたくなるほどの、寝つきの早さにため息をつく。指先に触れた唇の柔らかさと温かさがまだほんのりと残っている。
「ほんっと、良くも悪くも僕を振り回すのが上手いよね君は」
律は呆れたような顔をしつつも満更でも無さそうな声音で呟いた。振り回されること自体は好きじゃない。でも案内にだったらいくら振り回されても構わないと思ってさえいる。
「惚れた弱みって言うのかな」
なんて、普段なら思わないことをぽつりと呟いた。
すぅすぅと規則正しい寝息を立てて眠る案内の背を撫でながら、ぼんやりと部屋を見渡す。
「本当に何も無い部屋。
……
明日一日相談に乗ってもらうからね。覚悟しておいてよ」
鬱陶しそうにされてもやめないから。
でも案内なら笑って話を聞いてくれそうな気がして、頬が緩むのを感じた。
(終わり)
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