【縋り求めたもの】

負傷した案内が律の元へ向かう話。案律。


夜の帳が下りた深夜。

「あぁ……眠れない……

律は先程からごろごろと寝返りをうっていた。無理もない。霊の過ごす日々は退屈で、生者のように疲れることが無い。そもそも眠る必要性すら皆無だ。
それでも床に就くのは、何もせずじっとするより時間が過ぎるのが早いから。

「でも眠れなきゃ、結局退屈なんだよね……

律はのそりと身体を起こす。サイドテーブルに備えつけられた小さな明かりをつける。
さて、これからどうしようか。狭すぎず広すぎずの部屋を見渡す。
目についたのは本棚。暇を潰せるようにと適当に買ったり貰った本たちが、丁寧に並べられている。本棚に近づいて、背表紙のタイトルを眺める。どれも一回は読んだ。だが、一回読んだ本はあまり興味をそそられない。背表紙に指先で軽く触れては、引っ込めるという動きを無意味に繰り返す。

……近いうちに新しい本を何冊か買ってこよう」

律はぽつりと呟き、本棚から離れた。本を手に取ったところでペラペラとめくって戻して……の繰り返しだ。本は読むが趣味では無いのだ。時間を潰すのに最適な手段は他にもあるはず。
とはいえ。

「本当に何も無い部屋だね。自分で言うのもなんだけど」

言葉通り何も無い。目につくのが本棚くらいなのがこの部屋の特徴だった。自室にいるのは深夜帯だけ、眠るときだけだから最低限の物しか置いていない。だがこんなにも時間を持て余して困るなら、もっと何か置いておけばよかった。だからといって何を置けばいいのだろう。

……案内に聞いてみようかな」

ふと、脳裏に案内の顔がよぎる。案内なら何か良い案を出してくれるかもしれない。何度か彼の自室に入ったことがあるが、いろいろな物が整理整頓された状態で置かれていた。花やアルバム、手紙など友人や霊たちからもらった思い出の品だという。それ以外にも趣味で集めた物もたくさんあったから、相談するのにうってつけの相手だ。

「よし、明日聞いてみよう」

楽しみが一つできたことに律は微笑む。案内と話をするのは楽しい。案内は律より口数が少ないが、しっかり目を見て相槌を打ちながら話を聞いてくれる。自分ばっかりが話してて申し訳ないと口を噤んでいたこともあったが、『たくさん喋ってくれる律が好きだから気にしないでいい』と案内が言ってくれたことで再び話をするようになった。

「ああいうのをさらっと言えるからずるいんだよね……

本人はかっこつけでは無く素で言っている。紛れもなく本音だ。だから律も下手に誤解したり勘違いせずに済む。ありがたいことだ。ありがたいが、後から思い出すと真っ直ぐな言葉すぎて恥ずかしくなってしまうのが困りものだ。
頬が熱くなるのを感じて、無意識に手を添えた、そのとき。

ザッ、ザッ……

扉の外から引きずるような足音がした。
律はぴたりと硬直する。

ザッザッザッ……

……近づいてきてる?)

熱くなりかけていた頬から温度が失われていく。きっと気のせいだろう。そう冷静でいようとしたが、嫌な予感で上塗りされてしまう。

ザッ…………カタリ

足音はどうやら律の部屋の前で止まったようだ。血の気が引いていくのを感じる。律はただの無力な霊だ。武器も持っていない。鍵は閉めてあるが、ここは霊たちの住む墓場。扉をすり抜けて入ってくるのは容易い。ここにおいての扉は部屋っぽく見せるための飾り。
律の身体は未だに緊張と不安で動けない。唯一動く眼球は、扉を見たり又は逸らしたりと落ち着かない。
どうか何もしないで。入ってこないで。
目をきゅっと瞑って心の中で強く願う。

…………くか」
「え?」

すると扉の外から低く掠れた声が途切れ途切れに聞こえた。小さかったが確かに聞こえた。この声は……案内だ。