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雨音
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安寧の灯
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【すり抜ける救いの手】
律が一人の少年を助けて自問自答する話。
⚠︎ホラー表現が含まれます。苦手な方はご注意を。
時間軸は第二幕あたり。
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2
3
4
地面まであと少し。少年と律の頭と身体が地に直撃するまであと数秒。
律は二度と死ぬことはない。だが本能的な恐怖が心を支配し、思わず目を閉じた。
これこそ意味がないことだと自嘲していると何かに受け止められる感覚がした。あたたかくて心の底から安心する不思議な心地よさ。
おそるおそる目を開けると、深い緋色の瞳が律を見下ろしていた。
「あ、安栖
……
」
「大丈夫か?」
どうやらギリギリのところで安栖が受け止めてくれたようだ。
「僕は大丈夫だけど
……
はっ! あの子は!?」
何故こんなところに? という疑問が一瞬浮かんだが、事の事態を思い出した律は慌てふためく。安栖は無表情のまま、視線を少し横にずらす。
少年は律に抱きかかえられるような形で眠っている。
「幸いケガは無いみたいだ。しかし悪霊が憑いている。悪霊の中では弱い方だが生者にとって毒なのは変わらない」
安栖はその場でしゃがみこみ、律と少年を下ろす。
「律、少し離れろ。今から悪霊を祓う」
安栖の指示に無言で頷き、その場から離れる。
過去に自身も祓われた経験があるから、悪霊にとってどれほどの苦痛を味わうかは容易に想像できた。
安栖は少年を地面に横たわらせると、
「�����」
とこの世のものでは無い意味不明な言語を発した。
直接脳の中をかき混ぜられるような不快感に、律は耳を塞いでその場で蹲る。直後、聞くに耐えない甲高い悲鳴が微かに聞こえ、耳を塞ぐ手にもっと力を込める。あの言葉は拷問そのものだ。あの言葉の意味を理解出来たことはないが、これを聞くぐらいなら即地獄に落とされる方がマシだ。
「終わったぞ。立て」
少しして。
頭をぽんぽんと触れる手に気づいて顔を上げれば、ぐったりと気を失っている少年を片手で抱えた安栖が目の前に立っていた。
「この子はもう大丈夫だ。悪霊も消えた。後の対応は案内がやってくれるだろう。だが念の為村の診療所に連れて行く。お前もついてこい」
律が立ち上がったのを確認し、安栖は先に歩き出す。その後を律がついて行く。
「そうだ。悪いが律。あの竹馬をそこの木に立てかけておいてくれるか」
安栖は思い出したように地面に転がっている竹の棒を指さす。
「いいけど。ってか何この竹馬、やたら縦に長いね」
「さっきまでそれに乗って見回りしてた」
「は!? こんな真昼間に何してんの!? 絶対目立ったでしょ!」
「八尺様だと騒がれたくらいだな」
「充分目立ってる!!」
律がギャーギャーと叫ぶが安栖の腕の中で眠る少年はその声に気づかない。霊の声は生者に聞こえないのだ。
そのことに分かってはいても内心複雑な律は神妙な面持ちで押し黙る。安栖は律の心情を察しつつも触れない。無理に慰めるような場面でもないし、やるとしてもその役割は『案内』だ。自分がすることでは無い。
「律のおかげでこの少年は助かった。礼を言う。ありがとう」
慰めはしないが感謝は告げる。律がいなかったらこの少年は命が助からないどころか、そのまま取り憑いた悪霊に身体ごと持っていかれてもおかしくなかった。いくら安栖の察知能力が高くても全てを未然に防ぐことは不可能なのだ。
しかし、律は眉をひそめ口を開く。
「は
……
なんで? 僕は何もしてないし出来なかったんだよ。この子を助けたのは安栖じゃん。生者に触れることができない死者が生者を助けようとするなんて意味が無いにも程があるでしょ。偽善も甚だしいよ。礼を言われるより笑われた方がマシだよ」
律は虚ろな瞳で自嘲するように呟く。
死者は生者に触れることが出来ないのに。もしも安栖が来てくれなかったら、急速に命が消えていく少年を、何も出来ないまま看取る可能性だってあった。その可能性を絶ってくれたのは結果的に安栖のおかげだ。自分は何もしていない。
「何もしてなかったり出来なかったらこんなところにいないだろう。お前も一緒に飛び降りてくれたから俺はすぐに気づけたんだ。すごい勢いで2つの生命が落下してるのは只事じゃないからな」
安栖は無表情で淡々と言葉を紡ぐ。律は俯いていて表情が分からない。
律は何かと死者である自分を卑下する。死者だから何も出来ないと自嘲する。
これは何も律に限った話では無い。真面目な性格だったり、不慮な事故に遭って大切な人を置いて来てしまった者ほど死後、生者に何もしてやれない己を恨み嫌う。
誰かが慰めたとしても、本人が心から納得しない限り、正常に言葉が届くことはない。無意識に拒絶してしまうからだ。
それを知っている安栖は、下手に慰めることはしない。
とはいえ。
傷心した状態の律をそのままにしておくわけにもいかない。
安栖は顔に影を落とし続ける律の頭をポンポンと撫でる。いつもなら「気安く触れないで」と払いのけられるところだが、今はその気力が無いのかされるがままだった。
これは相当弱っているな。
安栖は先に神社に行った方がいいと考え、進路を変えて歩き出す。力無く垂れている律の腕を引っ張って。
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