【すり抜ける救いの手】

律が一人の少年を助けて自問自答する話。
⚠︎ホラー表現が含まれます。苦手な方はご注意を。
時間軸は第二幕あたり。




神社の鳥居が見えてきたそのとき。
律の目の前を少年がふらふらと覚束無い足取りで横切っていった。その少年は誰が見ても普通の状態ではなかった。生者だとは思うが、嫌な予感が律を包む。
誰か呼んだ方がいいだろうか。……誰を?
死者が生者に声をかけても霊力の有る者を除いて、こちらの声は届かない。少年が霊力を持っているのか律には分からない。
それとも神社に入って『案内』を呼ぼうか。しかし彼は確か、神社と墓地の中でしか生者と直接関われなかったはず。神社の外では霊と同じく声をかけても手を伸ばしても、気づかれないし触れられない。
どうしようか考えているうちにも、少年はどんどん歩みを進めていく。その方向は村の禁足地……
律は考えることを止め、弾かれるように少年の後を追いかけた。


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禁足地は常にひんやりと冷たい。と同時にぬるっとした暑さもある。季節感の分からない空気は禁足地の不気味さをより引き立たせている。
少年はヨミ橋に辿り着くとピタリと足を止めた。ここは飛び降り自殺が絶えない村一番の自殺スポットだ。そんな場所だから行き場を失った悪霊が溜まりやすい。まだ明るい時間帯にも関わらず、ねっとりと絡みつくような嫌な気配と視線があちこちから感じられる。
あまりの不快感に吐き気を覚えつつ、律は少年の動向を慎重に観察する。
少年は微動だにしない。かと思えば、

「う……あア、ァ…………アア」

少年の苦しげな声と明らかにこの世のものではない不気味な声が同時に重なって響く。まさかとは思うが、この少年は悪霊に取り憑かれているのではないだろうか。過去にも何度か霊に取り憑かれた生者を見たことのある律は、そう確信する。
そうなれば、ただの霊である自分に出来ることはない。しかし、ここまで来て少年を見捨てることも出来ない。少年の身体を乗っ取った悪霊が何をするかも分からない。
何も出来ないことに歯噛みしつつ、少年の背中を見つめていると。
突然少年が走り出した。
いきなり動き出したことに反応が追いつかない間に、少年は橋の欄干へ身を乗り出す。この先起こることを一瞬で察知した律は咄嗟に走り出し、叫ぶ。

……! 待って!!!」

しかし律の制止も虚しく、少年は頭から橋の下へ飛び降りた。律は少年の足を掴もうと必死に手を伸ばす。しかし霊である彼の手は簡単にすり抜けてしまい触れることが出来なかった。その事実に一瞬ショックを受けるものの、少年は変わらず落ちていっている。律の背後では嫌な気配たちが嘲笑うようにクスクスと笑っている。
律はそれらの声を無視して、無我夢中で自身も飛び降りた。
何も出来ないかもしれない。無意味かもしれない。それでも見捨てることだけはしたくなかった。
霊である律に重力は関係ない。あっという間に先に落ちた少年と並ぶ。
ヨミ橋とその下を流れる川までの距離はかなり遠い。
律は意味が無いとわかりつつも、少年を抱きしめる。腕の中にすっぽりと収まる少年の身体は歩夢と同じくらい小さい。ああ、そっか。この少年を見捨てられなかったのは、歩夢と重ねたからだ。そう気づいた途端、じわりと目の端に涙が浮かんだ。