【安栖と白神の確執②】

安栖の見回りの話。時系列としては本編が始まる4年前くらい。
真琴の母親としろ様(作中での明記は無し)が出てきます。
⚠︎︎暴力表現が含まれます。





しばらく歩いていると明かりがぽつぽつと増え始める、木造住宅が並ぶ道へ出た。明かりがあるといっても人間にとっては頼りない、心理的な不安を煽る弱々しい光。安栖からすればなんてことはないが、人間からすればさぞ不便で何より危険だ。
もう少し足元を照らせるような明かりでも設置すればいいのに。そう思ったところで安栖は何もしない。この村に己の意見を肯定的に聞いてくれる者は誰一人としていないのだから。言ったところで無意味なのは明白だ。

そもそも時計の針が0時を過ぎれば出歩く者がいないのだ。安栖を除いて。
しかし、例外もいる。
その例外が住宅の外れにある電灯の下で棒立ちしているのを、安栖は見逃さなかった。足の向きを変え、その棒立ちしている者に向かって真っ直ぐに早足で向かう。それが人間であれ、人ならざる者であれ躊躇いなく。
……今回は前者だったようだ。しかも、おそらく顔見知りの。

「こんな時間にこんなところでどうなさいました? 綾女あやめ様」
…………っ!?」


綾女と呼ばれた30代後半くらいの女性は、安栖の声にびくりと大きく肩を震わせる。バッと勢いよく振り返った綾女は恐る恐る安栖の顔を確認して、安堵の溜息をつく。

「なんだ、貴方でしたの。びっくりさせないでくださいまし」
「びっくりはこちらのセリフですよ。何故こんなところにお一人で? 付き人は一緒ではないのですか?」

綾女は音羽村の村長である白神しろかみ 零一れいいちの妻だ。そして同時に真琴の母親でもある。背丈と丸い瞳だけ真琴にそっくりな人だ。

「付き人は鬱陶しいから置いてきましたわ。零一さんを迎えにきたくてここまで来たのですけれど、お恥ずかしい話、道に迷ってしまいまして」
「良い奥様だ。零一様も喜ばれることでしょう」
「お世辞はよしてちょうだい。それにその貼りつけたような笑顔もやめて。気味が悪いわ」
「それはそれは。失礼致しました」

カチカチ、と今にも電灯が切れそうな音を真下で聞きながら会話する。綾女はその音が気に障るのか、そわそわとどこか落ち着きがない。
スンッと真顔に戻った安栖は少しだけ口角を上げて、

「綾女様さえ良ければ、なんですが、零一様のところへ僕がご案内致しましょうか?」

胸に片手を当てて申し出た。
綾女は安栖からの申し出に、一瞬嬉しそうに目を輝かせたが、気まずそうに視線を逸らした。

「それは、ありがたいのですが……でも零一さんは貴方のこと……

綾女の言いたいことは分かる。安栖と零一は村にいる誰もが認めるほど仲が悪い。
特に零一からの嫌い方は異様で、村会議や行事以外の場で安栖の姿を見ると半狂乱に陥る。聞くに耐えない暴言を撒き散らすのはまだマシな方で、最悪なときは尖ったものを投げつけてくる。しかしその行為を咎められる者はこの村にいない。それをいつも隣で見て零一を宥める役割の綾女が一番よく知っていた。
それに綾女は人一倍周りの目を気にする神経質な性格だ。もしもこんな人気のない深夜に夫に騒がれて自分が恥をかくのを避けたいのだろう。

「案内するのは近くまでです。零一様には見つからないように僕も気をつけますから」

そう安栖が言えば、綾女は少し考えてゆっくり首を縦に振った。