【安栖と白神の確執②】

安栖の見回りの話。時系列としては本編が始まる4年前くらい。
真琴の母親としろ様(作中での明記は無し)が出てきます。
⚠︎︎暴力表現が含まれます。

そろそろ時間か。

安栖あずまいは壁掛け時計を一瞥すると、簡素なクローゼットから真っ黒な外套を取り出す。バサッと音を立てて身にまとい、護身用のナイフを腰のベルトに備え付ける。
家中の戸締りを確認して、玄関から一歩踏み出そうとしたそのとき。

(また嫌われに行くのですか? 貴方も懲りないですね)

突如、若い女性の声が二重に、三重に重なって波紋のように広がる。安栖は足を止めて、目だけで周囲を見回す。しかし、声の主はおろか、人影すら見当たらない。霊の影すらも無い。「いつものやつか」と小さく呟き、再び足を動かす。

(貴方にとって人間は害悪でしかない。なのに何故守るのです? そうしなければ目障りでしかない人間と顔を合わす必要もなくなるのに)

頭の周りを取り囲むようにしながら『声』がついてくる。『声』は安栖の行動に疑問を投げかけながら、時折憐れむように、または嘲笑するようにクスクスと笑っている。正直耳障りでしかないが安栖は反応せず、明かりのない夜道を歩く。
反応してもしなくても『声』は気分屋だから、勝手に飽きて帰っていく。あまりにしつこい場合はナイフを取り出せば、霧が晴れるように消えていなくなる。

――臆病者。

安栖は誰もいない方向に向けて薄気味悪い笑みを浮かべた。目線の先に広がるのは一面の闇。綺麗に塗り潰されたかのような黒が、ひっそりと佇んでいる。

「俺が守っているのは真琴、ただ一人。他の人間なんかどうでもいい」

胸に手を当て、地を這うような低い声で呟く。

――もう『声』の気配は無くなっていた。