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とりあえずこちらを読め(HO2の中の人のエピローグ)
読んで色々練ったHO4の人が居るらしい。
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-黄金の月夜、三十六度-
*
遡ることおおよそ15年。
忘れたいと願い、記憶から消し去ってしまうくらい悪夢のような現実は、遺憾ながらこの世に実在するもので。
孤児院と名目のついたその実験施設は、いわゆる一般的な感性からすれば、眉を顰めるような光景が日常であった。
未来の徳を担う看板を掲げた学者の好奇心に弄り回され、暴力と狂気に支配された世界で育った子供たちは、皆それぞれの疾患を抱えて育ってしまったというが。
その中には、人体実験を経て変質してしまった体を抱えた子供達も存在する。
静かな院内を裂く叫び声に覚えがあったので、何気なく様子を見に行こうと決めて歩き出したのが、数刻前のこと。
赤毛の少女がその叫び声の主に辿り着いたとき、主
――ハトバと呼ばれるその少年は、ひとり廊下に立ちすくんでいた。
この院内において少し変わり者で、例えば腹をすかせた子供にパンを分けたとか、金髪の少女の手を引いて駆け回っていたとか、懲罰房の前に座って誰かと喋っていたとか、不思議な噂の絶えないその少年は。
「はとば?」
背中にかかった声に、はっと目が覚めたような顔で振り向く。
少女の瞳に、青ざめた顔が映った。
「あ
……、アカ」
半分は安心したような、だけどもう半分は何処か嫌がるような表情を織り交ぜて、その少年は少女に屈んで目線を合わせる。
やたらと布の余ったトレーナーが、動きに合わせてへにゃりと潰れる。
「こんなとこ来ちゃだめだろ。大人に見つかる前に戻ろう」
いつも通りを装った平坦な声を押し付けて、その小さな手を握ろうとすれば。
「どうしたの」
いつも通りの平坦な声が、その細長い身体に突き刺さる。
アカと呼ばれたその少女は感情に疎いというが、賢くもあるのだ。
もとよりこの少年は何かあれば顔に出やすい気質なのだから、誤魔化す、というにはもう少しうまくやらなければいけなかっただろう。
「
………、ごめん、兄ちゃんが連れてかれた」
沈んだ声に添えられた手は、触れれば震えていて。
その感触が少女に、兄が人体実験に連れていかれたのだという事実を突きつける。
もっとも恐怖するというにはその少女の中の情緒は未熟であり、嫌悪するというには人の縁にも疎いものであり。
もっと言えば、ここで嘆いたところで現状が変わらないことを理解してもいるから。
事実を呑み込んでも、内心はともあれ彼女は表情を変えずに少年を見つめ返していた。
だからどちらかといえば、彼女の関心毎というのは。
「はとば、」
名を呼ぶ声と共に、足音が近づく。そして、
「あ
……」
大きなトレーナーを包むように、細い腕が回される。
温もりが厚手の服越しに伝われば、か細い吐息が少年の口から零れた。
人肌の体温がじんわりと、恐怖に冷えた芯を温めて融かして。
押さえつけても消えない震えが、少しだけ和らぐのを感じて、少年の頬は思わず少しだけ緩む。
こんな仕草を何処で覚えたのかは分からないのだけど。
ほんの少し前から、この温もりに救われていた自分がいるという自覚はある。
「ありがとう、アカ」
いっそ心を凍らせた方が楽だっただろうこの施設で、例え痛みさえ忘れても、自分が変わらない自分のままで居られたのは。
この兄妹から、或いは他の誰かから、少しずつ預かった温もりのお陰なのだろう。
「
……ごめんね」
それに身を預けて、うっかりと弱さを零してしまわないように。
少年はその小さな頭を抱いて、目を閉じた。
*
――光景が、瞼の裏を走って。
は、と目を瞬かせれば、そこは脂ぎったカウンターの前で。
鼻をくすぐるのは、ついさっき食べ終えたばかりのラーメンの大皿で。
それから、広げた腕を少しおろして、不思議そうにこちらを見つめる赤毛の女性が一人。
「どうした?鳩が豆鉄砲でも食らった顔して」
あぁ、柄でもないか。なんて、含み笑いで吐き捨てる彼女に首を振って。
「昔はよくやってた癖に、どの口が言うんだか」
あの時より高くなった視線を少しだけ近づけて、あの時より伸びた両腕で彼女の体を包み込んだ。
あの日々から自分を守ってくれたはずの体温は、
……もう感じない。
小さなため息をついては、改めて眼前の光景が夢であることを再認識して。
「やっぱり死んじまったんだな」
視界の端の黄色い空に呟けば、「今更、当たり前のことだろ」と返事が返ってくる。
そう、返事だけは返ってくるのに。目を開いて、視線を落とせば、そこに背中があるのに。
「死ぬようにしたんだから、死ねてなかったら困るっての」
今や嗅ぎなれた銘柄の香りを吐いたその女性の体温は、そこに存在しないのが。
たまらなく、事実は自分の芯を冷やしていく。
その寒さにもう背が震える夜は無くなったはずなのだけど。
「だがまあ、死体にも分かるもんだな。あんたの体温は」
かじかんでもいないはずの指先が、空っぽの身体を温める。
「んで、いつまでこうしてる」
「ん、あと少しだけ」
時間の経過が長く在ったわけでもない。だが、別れの抱擁にしたって少し長い。
それでも我儘を果たした腕を外せなかったのは、その空白にまだ温もりを探していたから。
「長えよ。あんたも大概甘えたな野郎か」
「最初はあんたが言ったくせに」
「違いねえ。でもここまで望んでない」
「そっか。んならこれは俺の我儘返しってことにしてよ」
口では払おうとしながら、結局その我儘に付き合ってくれる力強い腕に甘えているのは。
その掌に乗せたかった未練を、喉の奥に燻ぶらせているから。
「我儘返し、それでいいのか」
そして。
「あの日、もっとほかに俺に言いたかったことがあったんだろ」
目を細めた彼女が、抱き合う形では顔も見えないその男の燻ぶりを言い当てたのは。
記憶が始まってこのかた、そして最期まで手放さなかった人を観察する癖のお陰で。
「
……あるけど、ないよ」
何処かで誰かが聞いた曖昧な返答を吐いたのは、二律背反が併存する人の心の複雑さのせいで。
「嘘つけ。あんな泣きそうな顔で墓前に添えた言葉は飾りか?」
「聞いてたのかよ
……」
「そりゃ、眠ってる目の前で泣き言言われたらな」
女性を抱いた腕に力が籠ったのは、きっと今、腕を外されたくなかったからで。
その、腕を外されたくない理由というのは、きっと。
「
……嘘じゃないよ。置いて行かれるのは苦しいけれど」
「あんたが幸せに生きられない道を強いるのはもっと嫌だったから」
嘘のような本音に巻き取った痛みを、認識してほしくなかったからに違いない。
だって、彼女は"その目で見なければ、わからないのだ"と、彼はもう知っているから。
見られたくない顔なら、じゃあ見せなければ想像もつきにくいわけで。
もっとも、あの墓前の懺悔を見ていたのが事実なら、
彼女にとっては「そんな抵抗をしたところで手遅れだ」ということにはなるのだけど。
その証拠に、彼女は回した腕を外して、体長ばかりが伸びてしまった背をはたく。
「それで?」
「え、」
「お望み通りの最善を選んだ感想は、と聞いてんだよ」
衝撃に思わず腕を外してしまい、よろけて体勢を立て直した男の顔は、
「
……良かったと思ってる」
案の定、吐いた言葉とちぐはぐに見えた。
黒い瞳がまじまじとそれを観察して、ああ、と悟ると共に、興味を無くしたような素振りで彼女は顔を背けて。
ライターの音ひとつ、馴染みの煙草の香りが立ち上る。
「そう口で言いながら、辛気臭えツラしてんのな」
「うぐ
……」
「隠すんならもうちょっと上手くやれ。お稲荷さんの方がまだマシだ」
そうつつけば、男は困り果てたように机に伏して腕で顔を覆ってしまう。
いや、上手くやれ、とはそういうことじゃないんだがな。
何処までもわかりやすいそれをしみじみと感じつつ、横目で煙で霞む隣の男の姿を見やる。
「で、答えは」
薫る煙が彼の目に染みたように見えたのは、きっと気のせいではなくて。
「
―――――――、」
月夜に落としていった彼の弱音を掬って行けたのは、夢に彼女を遣わした神だけなのかもしれない。
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「墓前の泣き言」
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「
……なんでそれを生前に言ってくれなかったかね」
「言えば後悔すると思ったからだ。エゴを通した方が、もっと俺は苦しかったと思ってる」
「決めつけんのは可能性を大事にしてる紫の上が泣くぞ」
「あいつが言う可能性ってそういう意味じゃないと思うなあ
……」
「ま、だがそういう選択をするとこが、"優しい"ってことなんだろ。あんたは」
「そうなのかなあ。自分の為に日和ったともとれるし」
「そうじゃなきゃ、"一人で世界に残れなんて言えない"とか言うわけがない」
「そう
……。なんだか全然実感湧かねえや
……」
「そうか」
煙草の先で燻ぶる火が、灰皿に押し付けられてじゃり、と消えた。
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