納豆
2022-01-28 18:41:42
6076文字
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揺籠はいずれ墓場となる・番外編の番外編

ソさんがトレーナーとして戻ってくるお話


突然何なのだろうと、驚いた。
普段なら内線で呼び出されるものを、直接乗り込んできた常勤スタッフ。
はて、VIPでも来たのだろうか、しかし、ここバトルタワーでは皆が平等たるトレーナーだ。
誰であろうと贔屓はなく、その腕のみで勝ち上がる場所である。
怪訝に思いながらも、今度調整試合に付き合いますからとまで言われれば俺も折れないわけにはいかない。
彼はフェアリータイプにおいて、実に面白い戦略を立ててくれる有望株なのだが、中々受けてくれないのだ。
絶対だせと約束させて向かった先、俺は一度、息の仕方を忘れていた。
「はぁい、ダンデくん」
いつもの白衣を見に纏い、けれど、その腰にはいつもにはないホルダーがある。
気軽にも片手をひらりと振って微笑む先に、彼女がいる。
もう二度と、戻らなかったはずの、彼女がいる。
俺との勝負に彼女の姿はなくなった。
失われたものだった。
それは、仕方のない事だと思っていた。
だけれど、現実は覆る。
目の前が、ぐずりと潤みに歪んで見えた。
口を開いたまま、俺は唖然に動けない。
だってキミが、ソニアが、博士ではなくトレーナーとして、俺の前に立っている。
ソニアが、ここにいた。
「ふっふっふー!おっどろいた?私めっちゃ頑張ったんだから!ここまでくるの大変でさぁ!ほらほら昇級戦やっちゃおうよダンデくん!」
構える、ソニアがボールを構えて、笑ってる。
俺と、バトルをしてくれる。
もう二度と、叶わないはずだった未来が、ここにはあった。
「う、ぁ」
ぼろっと、溢れたものは涙だった。
ぼろぼろ止まらない涙に対面上、ソニアがえぇ?!と驚き声を上げる。
駆け寄ってくる足音が聞こえたが、俺はキャップで顔を隠してしまうので距離がわからない。
弟たちの前では泣いたことなんてないけれど、どうにも、キバナやソニアの前だとダメだ。
己の感情に従ってしまう。
涙の止め方がわからない。
ぼたぼた床に落ちていく涙を、キャップの影から見送った。
その間に辿り着いたのだろう、ソニアは俺の肩を撫でていた。
どうしたの、なんて心底戸惑って聞くからソニアは酷いやつだ。
人のことを置いていって、そうかと思えば、あっけらかんと帰ってきて、嬉しいけれど憎たらしい。
きっと眦を釣り上げながらもぼたぼた泣く目元を見せた俺に、ソニアは盛大なため息をついた。
「もぉ、泣き虫、何よそんなに駄目だった?」
「だ、っめな、わけ、ない、っだろ」
「まーまー、泣きながら喋っちゃって、ほら涙拭いて」
ひきつる喉に伝えた言葉をやはりソニアは呆れて受け止める。
肩をすくめて白衣の袖口で目元を擦られた。
痛い、少し乱暴だ。
ソニアは俺の相棒たちにたいあたりを命じるくらい結構乱雑なところがある。
人のことは言えないが、思いながらもぐずっと鼻を鳴らした。
ぼろ、また溢れる涙に、目が溶けちゃうよ、なんてソニアは笑う。
溶けない、無言で首を横に振ればぱらりと涙が散った。
ソニアは手を引く。
それから、困ったように微笑んで首を傾けた。
俺を覗き込む彼女の瞳は、柔和に解けてある。
「ダンデくん、ジラーチにお願いした夜、言ったでしょ?」
「な、っにを」
不思議な七日間を思い起こす。
キバナを失いたくないと、願った俺が起こした七夜の体験。
あの時、言ったこと。
兎角、キバナがガラルを出るのが嫌だと喚いた気がする。
気恥ずかしさにまたキャップで顔を隠そうとすれば、ソニアの指先がちょんと動きをとどめた。
目元は晒されたまま、見つめた先のソニアは笑う。
「置いてかれたって、言ってた。寂しいって、言ってた。だからね、会いに来たの」
キャップが少しずつ下がっていく。
完全に下ろした先、きっと俺の頬は濡れて情けないできだったろう。
けれど、ソニアはそこには突かずくしゃりと無邪気にも皺を作って笑っていた。
十歳のジムチャレンジ、あの時に俺の隣にいた、ライバルのソニアが見えた気がした。
「こんな遅刻して、怒っちゃったかな」
遅いなんてことはない。
俺が待つ場所で、またキミが現れたならそれは、いつだって最高の瞬間だ。
ぶんっと首を横に振る。
俺は掠れた声に心を返す。
「う、れ、しい」
「あっは!もぉ子供みたいになっちゃってるじゃん!ほらほら泣いてちゃできないでしょ!なーきーやーんでー!」
吹き出したソニアに俺も小さく笑ってしまった。
頷き、ソニアの腕をとって、ごしごしそこで目を擦ればぎゃあと悲鳴が上がる。
先程自分でもここで拭ったんだからいいじゃないか。
きょとんとする俺に、そういうとこだよ!と叱られた。
ソニアの腕を離せば、彼女はとたとた向かいに戻っていく。
肩越し振り返るソニアは楽しそうに声を弾ませていた。
「私がバトルするくらいで大袈裟だなぁ!ダンデくんは!」
あっけらかんと返されて、俺は目を見開いた。
もしかしたら、もっと気軽に誘えばソニアは俺とまた、バトルをしてくれていたのだろうか。
これはもう、触れてはいけない領域だと思っていた。
でも、そうじゃなかったのか。
息を吐き出す。
そうして、ほとりと声を落としていた。
「大袈裟なんかじゃない」
対面に立ったソニアに俺の声は届いていたろうか。
多分そうだ。
だから少し困り顔に笑っていた。
俺はもう一度、大きな声を張り上げる。
「大袈裟なんかじゃないぜ!ソニア!俺は今!とびきりはしゃいで堪らないんだ!」
なくした魂の欠片を、どこか見つけたような気がした。
大いに喜び構えたボールに、彼女は答えてくれる。
そういう場所にソニアはいる。
俺はわっはと声を弾ませ、ボールを放った。
さぁ、夢の続きを、今ここで。