納豆
2022-01-28 18:41:42
6076文字
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揺籠はいずれ墓場となる・番外編の番外編

ソさんがトレーナーとして戻ってくるお話

それは、何の気なしに呟いた言葉がきっかけだった。
「ダンデくんって、私がまたバトルしたら、喜ぶんですかね」
とある早朝、幼馴染の婚約祝いは昨夜のこと。
大いに祝い騒いだ朝、ホテルのロビーで偶然鉢合わせた幼馴染の旦那様と話をしていた。
皆はまだ眠りについている。
がらんとしたロビーには、ホテルマンが疎にいるのみで、利用客の姿はなかった。
二人、ロビーのソファに腰掛けて幼馴染の思い出話をして、その一端でお祝いの品の話になって、それから、なんだったっけ、そう、あの夜を思い出した。
子供の頃だって弱音ひとつ吐かなかった幼馴染が、初めて私に弱音と恨み言をぶつけた。
私がコートを降りた時、泣いてしまったと話してくれた。
だからもう、失いたくないと願った結果、ちょっとした騒動が巻き起こったがあれもまた遠い記憶になったものだ。
その切れ端で私が呟いた言葉に、幼馴染の旦那様、最高のライバル、ナックルジムリーダーキバナさんは唖然とする。
目を見開いて固まった姿に、あぁやっぱり的外れもいいところだったと恥ずかしくなる。
慌てて弁明しようとしたところで、キバナさんはぶんぶん首を横に振ると私の手をとった。
大きな手、何もかもを掴んできたろう掌に目が取られた。
力強く握り締められている。
だけれども、痛くはなかったし、怖くもなかった。
だって、見上げた先の顔が、子供みたいな期待に揺れてできていた。
「博士、そっその、なんというか」
「あ、はい」
「戻る気、あるんですか」
徐々に上気していく頬の色に目を瞬かせる。
ひっくり返る声はどきどき緊張しているようにも聞こえた。
あ、嬉しそう。
幼馴染、ダンデくんも近年稀に見るバトル馬鹿だが、この人も大概らしい。
曖昧に微笑めば、キバナさんはずずいと前のめりになるのだった。
しかし、戻ると言っても。
私はふるりと首を横に振る。
「いやいや、ブランク何年単位だと」
「俺が!コーチに入ります!」
「ジムリーダーが直々にってだめでしょ!?私ジムトレーナーでもないのに!」
「あなたはもう家族みたいなもんだから問題ない!」
「私ダンデくんのただの幼馴染ですけど!?」
「ダンデにとってあなたは家族同然だ!問題ありません!コーチに就かせてください!」
「嬉しい!でも勢いが怖い!」
その後もぎゃあぎゃあ、静かなロビーには二人分の応戦が行き交う。
ホテルマンが、お静かにと間に入ってくれなかったら終わりはしなかったろう。
それだけ、キバナさんの情熱は凄まじかった。
手は放された。
じんじん、キバナさんの熱が移っていた。
しょぼりと申し訳なさそうに肩をすくめて小さくなるキバナさんに、私は苦笑する。
そうして、小さくほろりと言葉を落とす。
「そもそも、ダンデくんだって私のことはもう、待ってませんよ」
彼には、二度とその前を退かない運命がいる。
そう、今目の前で項垂れる、この人こそ。
ぱすぱす肩を叩く。
キバナさんはゆったり顔を起こしては、顔をグジュッと潰した。
あらやだ何その顔、イケメンってこんな時でも可愛くなるだけなんだ。
ちょっぴりジェラシー、しかして、続く言葉に目を丸くする。
「待ってます」
断言する。
キバナさんは私の言葉を否定する。
言葉を噤んだ。
そうするべきだと、思った。
キバナさんは真摯にもまっすぐと、私を見つめてあった。
「ダンデは、今でもあの場所で、博士のことも待っています」
あまりにも真剣なものだから、私は思わず吹き出した。
そうまで言ってもらえるのは嬉しいものだ。
私はホップのように博士とトレーナーを両立しなかったけれど、期待されるというのは悪い気がしない。
だからくすくす笑って頷いた。
「じゃあ、やっちゃおうかなぁ」
本当にちょっとした気まぐれの産物だ。
けれど、これですこしでもダンデくんが喜ぶならいいのかな。
キバナさんはひゅっと喉を切る音を立てる。
見開いた目、ぶんっと振り上げられたガッツポーズ。
これまた私は笑ってしまう。
今度は怒られないように声は上げないで、無言で一連の動作は行われたのだからなんだかおかしい。
サプライズにしましょうね、なんて二人でした作戦会議はなんだかとっても楽しいものに思えたのだった。