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ナガレ
2022-03-30 21:21:38
8910文字
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SSまとめ(その3)ぶぜまつ
すべてページメーカーで作って上げたもの、もしくはポイピクからの再録です。(寒昴、桃の節句に寄せて、秘密主義と言霊、食べられたい松井、心臓に触れる)
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【心臓に触れる】
松井が豊前が心臓に触れる話。グロくはないけど、物理的に触ってる。
「
――
じゃあ、何て言えば伝わる?」
豊前はずっと松井の事を想っていた。好きとか恋しいとか愛しているとか、そんな耳当りの良い言葉では説明できない想いを抱えていた。それは何度も松井に伝えていて、普段の豊前からは想像も出来ないくらい言葉を尽くして丁寧に伝え続けていた。松井は豊前の言葉を受け入れる事はしてくれる。しかし信じようとはしなかった。僕達は人ではないのだから君のそれは気の迷いだと、その姿勢すらも見せてくれなかった。
松井に何度袖にされても、豊前は気の迷いなんかじゃないんだと伝え続けてきた。そんな自問自答は飽きる程繰り返した。その上で、これは気の迷いなんかではないと結論づけたのだ。でも、松井は聞いてくれない。
――
もう限界だ。
元から言葉を尽くすのは苦手だ。言の葉を百も千も紡ぐより、一度目の前で見せた方が早い。何を見せるのか?そんなの決まってる。豊前は「ここを」と己の胸元を指差した。
「捌いて中を見せたらさすがに伝わるだろ」
その言葉は比喩でも何でもなくて、言葉通りの意味。豊前は本気でそう言っている。それを感じ取った松井は絶句した。紙や包丁でうっかり指を切るのとはわけがちがう。刃傷沙汰だ。正気なのかと松井は目を剥いた。
「正気だよ。俺達は人じゃねーんだ。戦で大怪我したっていつも直ってるんだから、掻っ捌いたところで何とでもなるだろ」
平坦に、そして淡々と豊前は松井に告げた。先に「僕達は人ではない」と言ったのは松井。松井に豊前の言葉を否定する事はできなかった。それはそうだけれども
……
と押し黙ってしまった松井に、豊前は沈黙で畳み掛けてくる。どうするのかと。やってみろよと。君がそこまで言うのならと、観念した松井は立ち上がった。
「
……
何か刃物を取ってくる」
「厨にあれがあるだろ。果物の皮を剥く時に使う小さな包丁」
厨の包丁なら常に手入れがされている。しかしこんな事には使えない。仲間の体を切るために使ったと知られた日には、厨を取り仕切る刀達に手酷い仕置きされても文句は言えない。豊前の部屋を出た松井は厨には立ち寄らず、自室から封筒の口を切る時に使っている小刀を持ち出した。
豊前に想われている事を疎ましく感じているわけではない。想いを真正面からぶつけられる度に浮き足立つし、脈拍が早まり血圧が上がる。ただ、松井はどこか信じられないのだ。感情なんていう目に見えないものがこちらを向いている事に。彼の言うように、一度見たら何か変わるのだろうか。信じる事ができるようになるのだろうか。
松井は重い足取りで豊前の部屋の前に戻った。ほんの少し開いた部屋の入り口には人払いのまじない札が貼られている。松井が部屋の中に入って入り口の障子をぴたりと閉じてしまえば、しばらく誰も寄りつかない。ここでもまた、豊前の本気を垣間見せられた。
「おかえり。
……
あぁ、それにしたのか。よく切れそうっちゃ」
豊前は戻ってきた松井の持っている小刀を目聡く見つけた。それはいつだったかの遠征で刃物の産地に立ち寄った際に買い求めた一級品で、切れ味の鋭さは折紙つきだ。
「ここ、真っ直ぐ切って」
早速やるかと内番着の黒いTシャツの裾を捲り上げると、豊前は松井にそう指示した。自分達は刀剣男士。元は刀、刃物だ。使い方も理屈も体が知っている。松井が豊前の胸元にぴたりと刃を当てた。あとは体が知る通りにやるだけ。やるだけなのだが、松井にはまだ躊躇いがあるのか、なかなかその刃を滑らせようとはしない。
「松井、ほら」
「うん
……
」
「でーじょうぶ。そんなヤワじゃねーよ」
だから早くと、豊前は殊更甘く優しく松井に囁いた。少しお国訛りの入った豊前の大丈夫は松井にとって魔法の言葉だ。これを聞けば肩の力が抜けて、どんな厄介事も単純な事に思えてくる。豊前が大丈夫だと言うのだから、大丈夫。松井は小刀の柄を持つ指先に力を入れた。つぷ
…
と刃の先が薄皮を破る。豊前が痛みを感じたのはほんの一瞬だけで、松井が一息に刃元まで押し入れて滑らせた刃はしっかりとその胸元を切り開いていた。
小刀を脇に置いた松井が切れ目から左右に割るように両手の指でほんの少し開くと、あたたかな赤い血がたらりと垂れてきた。切り開いた宍色の隙間から覗く心の臓。絶え間なく脈を打ち続ける豊前のそれは、松井に何を伝えたいのだろうか。
「見えたか?松井のこと想って、動いてる」
「それはないよ
……
」
言ってる事が無茶苦茶だ。感情で生体活動が成り立つものか。いや、僕が知らないだけで少しはそういう部分があるのかもしれないが
……
と照れを一切見せない豊前の口説き文句に松井が百面相をしていると、折角なら触ってみるかと声が掛けられた。
「潰されたらさすがにやべーけど、触るぐらいなら平気」
「でも
……
」
「体ん中触られるぐらい、何ともねーっちゃ。俺だっていつも松井のはらわた触ってる」
豊前の言っている意味がわからなかった松井だが、少し考えて褥での事だと気づくと「せからしか
……
」と小さく悪態をついて頬や耳を紅く染めた。
「じゃあ、少しだけ」
「袖汚れるから捲っとけ」
松井は内番着の袖を肩の近くまで捲り上げた。そして豊前の体内を走る血管や臓腑に傷をつけないよう注意しながら、隙間から手を入れて指の腹で心臓に触れた。
――
あたたかい。
触れたそれはあたたかかった。僕の事を想ってこの心臓が動いているのなら、彼が向けてくる感情はここで生まれるのだろうか。松井もう少しだけ強く触れてみた。たったの指三本分だけれども、そこから確かに熱と脈が伝わってくる。
……
これが豊前の想い。あたたかくて微睡みのように心地良いのに、時折混じる不規則なノイズの波にぞわりとする。でも、不快な感じはちっともしない。しばらくこうしていてもいいだろうかと、松井は指先から伝わるものに耳を傾けた。
豊前はそんな松井を見守っていた。本当の事を言うと、自分だって受け入れ難かった。いくら人の子を模した器とはいえ、感情なんてものが備わっているのかと。喜怒哀楽ならまだしも、こんなわけのわからないものが芽生えるのかと。飲み込んで咀嚼して受け入れるまでに時間を有したこれを、やっと彼が信じようとしてくれている。
もし同じものが松井にも備わっているのなら、どうか理解してくれないか。この名前の付かない感情の存在を。だが、その前に限界が来そうだった。
「
……
悪ぃ。ちょっとくらくらしてきた」
体力自慢の豊前だが、さすがにこの出血量には勝てなかった。顔色も随分と悪くなってきている。松井は慌てて手を引っ込めた。開いた胸元を左右ができるだけずれないように合わせ、ガーゼと脱脂綿を当てて上から包帯を巻いた。しばらく押さえておけば塞がるだろう。今度、手入れのついでに綺麗にしてもらえばいい。
「ゆっくりでいいから横になって。どうしよう、誰か呼んできた方が
……
」
「少し休めば回復するっちゃ。ここにいろ」
誰か呼んでくると言っても、何と言って呼んでくる気なのだろうか。豊前江を捌いたら出血多量で貧血状態になりましたとでも言うのか。言えないだろ。それよりも今はこっちがいい。豊前は松井の手を取った。ついた汚れは拭ったけれども、その手はまだ赤い。アイマスク代わりに目の上に乗せていると、松井が豊前の名前を呼んだ。
「
……
いつか」
「うん」
「いつか、僕の心臓も見てくれと言ったら、見てくれる?」
感情の生まれるところ。いつか同じものが芽生えた時、それを他の誰でもない君に見てもらいたい。
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