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ナガレ
2022-03-30 21:21:38
8910文字
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SSまとめ(その3)ぶぜまつ
すべてページメーカーで作って上げたもの、もしくはポイピクからの再録です。(寒昴、桃の節句に寄せて、秘密主義と言霊、食べられたい松井、心臓に触れる)
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【豊前と松井と桃一枝】
春めいてきた、とある日の午後の話。
梅の盛りは過ぎたけれど、桜の季節にはまだ早い今日この頃。水は温みはじめ、外で作業をするのが苦にならなくなってきた。久しぶりに愛車の整備でもするかと、豊前江は昼寝を中断して起き上がった。
服装は汚れてもいい内番着。軍手もある。工具箱、よし。整備用の油は
……
と工具箱の横にあるボトルを振ってみたが、ほとんど音がしなかった。そういえば、冬は屋外での作業が身に堪えるのに加え、整備用の機械油を切らしていたから整備をさぼっていた。暖かくなったら買いに行こうとしていた事を豊前はすっかり忘れていた。
よし、まずは万屋に行こう。豊前は内番着の上着を羽織って部屋を出た。いくら春めいてきたとは言え、まだ一枚上着が欲しかった。
本丸を出て、てくてくと万屋街の方向に向かって歩く。五分も歩かぬうちに黒塗りの大門が見えてきた。勝手知ったる万屋街、雑踏を通り抜けて大通りから一本中に入った通り。豊前は馴染みの店に顔を出した。
店主には久しぶりだなと言われてしまった。同位体は数多いるのに、よく個体の区別がつくものだ。それぐらい見分けがつかなきゃ客商売なんてできないと店主は言う。大したものである。
いつもと同じ機械油を買い、少しだけぱーつを見る。なかなか良さげな物を見つけたが、今は手持ちが無い。これは今度給金が入ったら買いに来よう。頼むからそれまで残っていてくれよと念を送ると、豊前は店を出た。
来た道を戻る途中、豊前はある店の前で足を止めた。店先には緋毛氈を敷いた縁台と野点傘。どこかの本丸の短刀達が三色団子を頬張っている。豊前は少し考えた。
「
……
松井」
「豊前?」
「休憩しよーぜ」
本丸に戻ると、豊前は買った機械油を部屋に置くよりも先に松井江の部屋を訪ねた。
最近は事務仕事を担える男士達が増え、執務部屋が少々手狭になってきた。自分の部屋でもできる事だからと松井は自室で作業をする日が増え、今日も自室で帳簿を広げて端末とにらめっこをしていた。
「買い物行ったついでに土産買ってきた。あっちの部屋に置いとくけ」
あいつらは?と訊ねる豊前。今日は全員本丸の中にいるはずだ。
「畑にいると思うよ。桑名が人手を探していたから」
「そうか。じゃあ、呼んでくる」
「僕はお茶でも淹れて待ってるよ」
この箱は万屋街にある茶屋のものだ。箱の大きさから察するに、中身はおそらく練切り。この店の練切りは月ごとに違うんだと誰かが言っていた。昨年の弥生は桃の花を模したものが売られていた覚えがある。
そうとは知らずに買ってきたであろう、人気茶屋の菓子。折角だから少し良い茶葉を使ってみようかな。あっちの部屋
――
江の者達がたまり場にしている部屋にはお徳用の茶葉しか置いていないから、旧知の刀に少し分けてもらおう。
そう考えながら立ち上がりかけた松井だが、豊前に待てと制された。疑問符を浮かべる松井と何やら思案顔の豊前。しばしの沈黙の後、豊前は茶屋で練切りを一箱買ったらおまけに貰った桃の枝を持ち上げて、そっと松井に重ねた。
松井の墨色の髪に映える、桃色の小さな花。佐保姫の糸染かくる
……
いや、松井は竜田姫の方が好きそうだな。唐紅で赤いし。
「これ、やんよ」
「ありがとう
……
?」
戸惑いながらも松井は差し出された桃の枝を受け取った。自分が持っていても持て余すだけだから、これでいい。松井が受け取ったのを確認すると豊前は満足そうに頷いて、あいつら呼んでくると早足で去って行った。一体何だったのだろうか。でも、悪い気はしない。小さな桃色の花と蕾がついた枝に松井は目を細めた。
茶葉を分けてもらうついでに一輪挿しも借りて来ようか。そして机の上に飾っておこう。篭手切江が真っ先に一輪挿しに生けられた桃の枝を見つけ、桑名江がその花と蕾の愛らしさを褒める。季語だと言って目を輝かせた五月雨江が一句詠むのを村雲江と共に聞き、貰ってきた張本人は素知らぬ顔でそれを見ているのだ。
茶の用意に向かう松井の目の裏には、そんな光景がありありと浮かんでいた。
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