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ナガレ
2021-09-16 22:19:23
16982文字
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どこかの世界で神様やってるまついの話(ぶぜまつ)パラレル
職業・神様の松井と成り行きで松井に捧げられた豊前の、気持ちだけ和テイスト混じりのパラレル。設定その他、すごくふんわりしています。刀持って戦うふたりはいません。
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神様らしくって、何?
豊前の懇願に松井の唇が震えた。
――
やっぱり彼は人間だ。何もわかっちゃいない。僕が君に対して神様らしい事をしたらどうなってしまうのかを。
「そうだよ。僕は神様だ」
松井は神様だ。認めたくないけれど、神様のくせに一人の人間に執心している。どうしてか?そんなの知らない。手元に置いてくれと頼んでくるから手元に置いていたけれど、すぐに返すつもりだった。でも彼がそばにいる事が楽しくて、心地良かった。世話を焼かれるのも悪くなかったし、己の気を食わせてやる事も気持ち良かった。僕の事を一体何だと思ってるのかと腹を立てる時もあるけれど、「かみさま?」とあの声で呼ばれるとつい許してしまう。それだけで満たされた。そして気づけば後戻りできなくなっていた。
ずるずると引き延ばした代償はとても大きくて、いつの間にか一人の人間の人生をめちゃくちゃなものにしてしまった。もう彼は人間に戻れない。人間というには神様に近づきすぎて、神様やその眷属というには遠すぎる。彼が変わってしまった事に、土地の人間達もいつか気づくだろう。神様から返された異質の存在を人間達は受け入れる事ができるのか、それとも
――
。
どんな結末を迎えるのか松井は考えたくなかった。これがもっと神様らしい神様なら、たかが人間の末路なんぞ知ったことかと言って、歯牙にも掛けず捨て置いただろう。しかし松井にはできなかった。松井は神様としては優しすぎたし、人間に寄り添い過ぎた。
優しすぎて、寄り添い過ぎて、それでいて松井は優柔不断だった。返す事もできず、縛りつける事もできず、豊前の事をただ手元に置いておくだけだった。彼が変わりゆく事に気づいていながら、決断できなかった。
しかし今、豊前は決断を求めている。手放すなら手放せと、縛りつけるなら縛りつけろと、松井に決断を求めていた。
「
……
神様の言うことは絶対。僕の言葉は神託となり、人間達を縛る。君達の望む望まないなんて関係ない」
「そうだな。その神託によって俺はここに来た。でも、聞かせてくれ」
本当に彼は神を畏れない。ねぇ、僕の事を何だと思ってるの。きっと彼なら神託ではなく、松井自身の言葉として受け取ってくれるだろう。松井は観念した。一生どころか永遠に縛りつけてしまう事になったらごめんなさい。責任取ってずっと一緒にいるから。
……
いてくれるよね?途中で嫌になっても離してやれないよ。神様って案外執念深いんだ。
それでも君が聞かせてほしいと言うのなら、僕は君がしてくれという神様らしい事をしよう。松井の心は決まった。こんなにはっきりと神託を告げるのは久しぶりかもしれない。一息吐くと、松井は厳かに神託を告げた。
「僕のものになれ」
「いーぜ」
豊前のあっけらかんとした返答に、松井は絶句するしかなかった。本当にわかっているのだろうか。何だか頭が痛くなってきて、松井は眉間を押さえた。
「わかってる?僕は君に、僕の眷属になれって言ってるんだ」
「眷属?生贄みたいに食われて終わりじゃねーってことか。それなら大歓迎っちゃ。ずっとここに置いてくれるんだろ?」
豊前には帰る所も帰りを待つ人もいない。だから生かしておくならここに置いてくれと頼んだ。
あの夜初めて見た、この土地を守る神様。今夜ここで死ぬんだなとぼんやりしていたら、不意に何が手に触れた。恐る恐る様子を伺うように覗き込んできている、人間に似た姿の誰か。
――
これが、神様。見た事の無い綺麗な青色の目に、この神様に捧げられるなら悪くないなと豊前は贄に選ばれた事に感謝してしまった。
神様は豊前を生かしてくれた。寝起きを共にする中で、豊前は少しずつこの神様の事を知っていった。ひとり黙々とこの土地とここに住む人々を守ろうとする、真面目で優しくて、ちょっとばかし朝に弱い神様。この神様は優しすぎる。優しすぎるが故に今まで何度傷ついてきたのだろうか。天災、飢饉、戦。何度傷ついてもずっと守り続けてきた神様。この神様らしくない神様は誰が守ってくれるのだろうか。願わくは
――
「ここを守る神様のこと、俺が守ってやんよ」
豊前の言葉に松井の目が大きく見開いた。神様を始めて幾星霜。今まで誰も松井に向かってそんな事は言わなかった。守ってくれてありがとうと言われる事は多々あるけれど、守ってやると言われたのは初めてだ。松井の目尻からすっと一筋の涙が流れた。それを見た豊前が慌てふためいていたのが何だかおかしかった。
*****
人間を眷属にする方法はいくつかある。しかし松井の力では確実でない方法も多かった。だから松井は自分ができる一番確実な方法を取る事にした。
「君のなかにある魂に触れて、僕の血と混ぜるように撹拌するんだ」
「聞くだけで痛そうっちゃ
……
」
「痛そうじゃなくて、きっと痛い。まだ試した事がないから、どれぐらいの痛みを伴うのかわからない。人間の君に耐えられるのどうかも」
高位の神様ならもっと簡単に眷属をつくれるが、松井にはできない。こんな事になるなら見習いの時にもっと研鑽するか、神様としての位を上げておくべきだった。
「
……
君じゃなくて、名前」
「名前?」
「眷属になるんだから、もう呼んでも問題ないだろ?」
豊前は松井が己の名前を呼ばない理由を知っていた。神様に名前を呼ばれるという事は縛られる事。いつか人間達の元に返そうとする松井が豊前の名前を呼ぶ事は一度も無かった。でも、それももう終わりだ。眷属として神様のものになるのだから、どれだけ名前を呼ばれて縛られたって構わない。
「
……
豊前」
松井が豊前の名前を呼ぶと、すっかり赤くなった紅玉のような瞳が松井に向いた。彼が贄として捧げられたあの夜、優しくするからと言ったあの時と同じだった。
「松井様」
「様はいらない」
「松井」
松井の心臓がどくんと大きく脈を打った。貫かれてしまいそうなぐらいに力強くて甘さを秘めた赤色の視線。その視線に屈して今すぐ膝をついてしまいそうな己を叱咤しながら、松井は豊前に尋ねた。
「最後にもう一度だけ聞かせてくれ。本当に僕の眷属になってしまっていいだね?」
「あぁ。喜んで」
豊前に二言は無かった。
――
その夜は松井にとって一番長い夜で、終わった頃には一番鶏が鳴いていた。
「終わった
……
。君も疲れただろう?今日はゆっくりしていていいか、ら
……
?」
大仕事を終えた松井は額の汗を拭うと豊前にそう告げた。だが、松井以上に体力を消耗して疲れ果てているはずの豊前の目が完全に据わっている。この状況は非常によくない。何がよくないのか言えないけど、非常によくない。松井は最大限に警戒した。
「ぶ、豊前
……
?」
「今日は祭事も何もねーよな?」
「そうだけど
……
」
「
……
なら、別にいーよな」
「っ!え、ちょっと待って!?」
何が?僕、神様なんだけど。と、松井がそう言うよりも早く豊前が自由になった手で松井の腕を掴んで口を塞いだ。松井が神様だって事は他ならぬ豊前が一番よく知っている。でもそんなの今さらだ。打ちつけた背中が痛いと松井がどれだけ訴えても聞いてもらう事は叶わず、松井はされるがままで豊前に離してもらえなかった。
結局、その日一日社の扉が開く事はなくて、神様どころか豊前の姿も敷地の中で見かけなかった。供物を届けに来た人間は、珍しい事もあるものだと言って社の前に供物を置いて帰った。
都から遠く離れた西方の地。ここには土地とそこに住む人間を守る神様がいる。神様の名前は松井。穏やかで勤勉な神様だ。松井が棲む本殿の社の隣には小さな社が建っている。松井に仕える眷属の社だ。ある夜、眷属のための社を拵えてほしいとの神託により建てられたそうだ。前に神様が夢枕に立たれたのは百年前。百年ぶりの神託に当時の土地の者達は大わらわだったという伝承が残っている。
神様は土地と人間を守り、眷属は神様を守っている。そろそろこの眷属も神様の仲間入りをするんじゃないかと言われているけれど、当の眷属自身がそんな面倒な事は嫌だと固辞しているから、いつまでもここの社の神様だけを守るのだろう。
そんな、青い目の神様と赤い目の眷属の話。
【終】
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