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ナガレ
2021-09-16 22:19:23
16982文字
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どこかの世界で神様やってるまついの話(ぶぜまつ)パラレル
職業・神様の松井と成り行きで松井に捧げられた豊前の、気持ちだけ和テイスト混じりのパラレル。設定その他、すごくふんわりしています。刀持って戦うふたりはいません。
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再び年に一度の会合の時期がやって来た。昨年は渋々出席した松井だが、今年は自ら望んで出席した。会合に出て古老達に小言を貰うためではない。毎年真面目に出席している友神に会うためである。彼は中央に近いところにいるのでなかなか会えず、姿を見かけたのも数十年ぶりだ。松井が会合が終わったら少し話をしないかと声を掛けると、君がこの場に出てくるなんて珍しいと言って友神は快諾してくれた。
――
会合後、近くの酒場で松井は友神相手にくだを巻いていた。
手元に置いていた人間が急に余所余所しくなった。あんなにも気安い態度で神様扱いなんてしてこなかったくせに、いきなり距離ができた。言葉遣いは何だか堅苦しくなったし、毎朝起こしに来ても御簾の外から声を掛けるだけ。神様に仕えるならこういうものを着た方がいいのかと装束を持って来たけれど、僕はいつもの格好がいい。どうしてもと言うのなら白衣と袴にしてくれと断った。そろそろ祝詞も覚えなければいけないよな
……
とか言い始めた。食事も寝起きも社の外。日暮れとともに夜の食事を持ってきて、そのまま社の扉を閉めていなくなるんだ。ずっと一緒に食べていたのにひどいと思わないか?
松井はいつも物静かで落ち着いており、古老の神様連中に対して不満を漏らす事はあるけれど、人間に対して何か言う事は滅多に無かった。そんな彼が人間の、それも特定の人間に対して不満や愚痴をこぼす姿は初めて見る。聞き役の友神は相槌を打ちながら、内心驚いていた。
「僕は彼に何かしてしまったのだろうか
……
」
「心当たりは?」
「わからない」
机の上に突っ伏してしまった松井に掛ける言葉が見つからず、困ったな
……
とため息をついた。松井とは短くない付き合いだが、こんな姿を見るのは初めてだ。さてどうしたものか。
「
……
それに、御簾の内に呼んでも来なくなった」
「呼ぶって、まさかとは思うが
……
」
友神の問い掛けに突っ伏したまま松井はこくりと頷いた。夜に御簾が揺れる事も松井の吐息が響く事も、とんと無くなった。一人枕を濡らして
――
という事はさすがに無いが、御簾に囲まれた寝台で松井は一人だった。夜は閉ざされた社の中で一人きり、それが普通だった。なのに寂しい。
人間の寿命は神様よりもずっと短く、その心は移ろいやすい。飽きられてしまったのだろうか。彼を惹きつけ続けるだけの魅力は無い。長所らしき長所は勤勉な事しかなくて、神様としての容姿や一芸に優れているわけでもない。
ずぶずぶと後ろ向き思考の沼に入り込んでしまった松井に、友神は呆れるしかなかった。君、神様だろ。
「
……
悩むくらいならその人間を眷属にしてしまえばいいじゃないか」
「眷属を作る気は無い」
「そんなにも執心しているのに?」
「
……
」
ぐすんとすすり泣きのようなものが聞こえて、これは重症だと友神はもう一つため息をついた。
――
神様が人間に懸想する。古今東西で時折聞く話だが、まさかこんな身近にもいたとは。古老連中の小言で苦労している仲だ。一つだけお節介を焼いてやると言って、友神は懐から香油を取り出した。
「失礼するよ」
香油をほんの少しだけ指先に垂らすと、友神は松井の耳の後ろに軽く擦りつけた。普通の人間ならこの香りには気づかないだろう。松井が元々持っている花菖蒲の匂いの方が強く、香油のささやな香りなんて気づかない。
……
そう、普通の人間なら。顔を上げた松井は怪訝な顔をした。
「逢魔が時はとっくに過ぎた。日付が変わる前に帰ろうか」
「うん
……
」
のろのろと立ち上がる松井。珍しい話しを聞かせてもらった礼だと言って、友神は少し多めに会計を出した。酒場を出ると、のろのろと歩く松井を引っ張って彼の社に向かう。人間の足なら何日も掛かるところだが、自分達は神様のなのであっという間に着いてしまった。月夜に佇む静謐な社の前には何者かの姿。松井の帰りを待っていたのだろうか。
(そうか、あれが
……
)
松井以外の気配に気づいた社の前にいた誰か
――
おそらく松井の言う手元に置いている人間
――
が立ち上がった。その手には刀を一振り持っており、いつでも抜刀できるよう鯉口が切られている。これは完全に警戒されていると友神は内心で苦笑した。
松井はそんな人間を見て「豊前
……
」と呟いた。彼の名前は豊前というのか。こちらを見た豊前はあからさまに眉間に皺が寄せ、友神と松井の顔を交互に見比べた。お出迎えが待っているよと、松井の背中を押してやる。わわ、と前のめりにつんのめった松井は豊前の前で止まった。松井を抱き止めた豊前の眉間の皺がさらに深くなった。その素振りで友神は確信した。
――
あれはもう、人間とは言えない。ヨモツヘグイではないけれど、かなりこちら側に染まっている。一体どれだけの神気を食わせたのやら。大層惚れ込んでいるじゃないか。想像以上だぞ。
それにあの人間も相当だ。松井につけられた香油に気づいたのか、松井越しに焼くような視線が飛んできた。何もしてないと両手を上げて身の潔白を訴えると、不承不承といった体で視線が外された。
神様が人間に押し倒されて流されただなんて話半分にしか聞いていなかったが、あの人間ならやりかねない。次に会う時、彼は人間ではなくなっているだろう。そんな気がする。
そこの人間、松井の事は任せた。しかしその態度は不可だ。もう少し神様を敬うべきだ。今回は松井の顔に免じて見逃してやるからありがたく思え。と、そんなとりとめもない事を考えながら友神は月明かりの道を引き返していった。松井から話の続きを聞く事になるであろう、来年の会合後が楽しみだった。
*****
「
……
なぁ。あれ誰?」
友神の姿が道の向こう消えると、松井は豊前に腕を掴まれて社の中に引きずり込まれた。留守の間も豊前がきちんと管理をしていてくれたのだろう。磨き上げられた檜の床には埃一つ落ちておらず、榊も一度取り替えたのか青々として瑞々しかった。
豊前はまめだなと松井が感心していると、不機嫌さを隠さない豊前から先の問いが投げられた。まだ社の扉は開いたままで、彼の視線の先は社の外に向いている。問い掛けの「誰」は友神の事だろうか。神様の姿は人間には見えないはずなのに、どうして友神の姿が見えたのだろうか。深く考えるまでもなく、その答えはすぐに出た。
……
そうだった。もう彼はただの人間じゃなかった。
「彼は神様仲間で同期の
……
」
「やっぱ言わなくていい」
問い掛けに答えようとした松井の言葉を遮り、豊前はごしごしと痛いくらいに松井の耳の後ろを擦った。ここから何か違う香りがする。擦った指先にほのかな香りが移り、思わず悪態をつきそうになってしまったが、それは寸でのところで堪えた。
この方は神様だ。それを改めて突きつけられたあの日以降、豊前は適切な距離と節度を保ちながら接してきた。
……
違う。接しようとしてきた。態度を変えた事に対して何か言いたそうにしているのも、毎晩社の扉を閉める時にまだ行かないでと目が訴えているのも、全部気づいている。自分はただの人間にしか過ぎないのだからと、気づいていながら豊前は一線を引く事を決めた。そして神職の真似事を始めた。生殺与奪はこの神様が握っている。いつか神様に飽きられてしまうその日まで、一番近くにいたかった。
社の主の留守の間を守り、会合から帰ってきたらたとえ真夜中であっても出迎えて、疲れたので休むと言われたらすぐに休まれる場を整えよう。これが正しい姿だと考えていたはずの事は、帰ってきたその姿を見つけた瞬間に全部頭からすっぽ抜けた。わずかに漂ってきた香りに我を忘れそうになった。彼の花菖蒲の匂いに混ざる異物が許せなかったのだ。神様の身に着けるものにケチをつけるだなんて傲慢。そんな事わかっている。
なのに、どうしてこの神様はされるがままなのだろうか。神様だろ。人間ごときが気安いぞと神の怒りを見せてくれないと。何なら神罰の一つや二つ与えてくれないと。そうじゃないと、自分はこの神様に許されているんだとつけ上がってしまう。
「頼むからもっと神様らしくしてくれよ。
……
俺をつけ上がらせてくれんな」
松井の両肩に手を置いて絞り出ように懇願すると、豊前は俯いた。
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