ナガレ
2021-09-16 22:19:23
16982文字
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どこかの世界で神様やってるまついの話(ぶぜまつ)パラレル

職業・神様の松井と成り行きで松井に捧げられた豊前の、気持ちだけ和テイスト混じりのパラレル。設定その他、すごくふんわりしています。刀持って戦うふたりはいません。

 都から遠く離れた西方の地。そこはひとりの勤勉な神様が守る土地だ。その神様の名前は松井。よその有名な神様達みたいな華々しい逸話は無いけれど、穏やかにそして黙々と、ここに住む人間達を守る神様である。
 松井が最後に人身供犠を受けたのは、干ばつで飢饉が起きた時。かれこれ数百年前の事だ。何か大きな厄災に見舞われると人間達は人柱を立てるが、神様にも食の好みはある。松井は人肉を好まなかった。土地の人間達にそう伝えているのだが、彼らは文字通り最後の神頼みとして自らを捧げてくる。
 贄を差し出されてしまった以上はこの干ばつをどうにかしなくてはいけない。松井は天候を司る神の所に向かった。長々と書き連ねた直訴状を携えて直談判した結果、松井は三日後に雨を降らせる約束を取り付けた。一度に大量の雨を降らせるのもそれはそれで問題なので、力加減はしてくださいと釘も刺してきた。
 差し出された人間は適当な言い訳をして返した。人間達は松井の発言や行動をご神託として受け取る。雨を降らせてくれたばかりか供犠も受け取らない、なんと慈悲深い神なんだ!……松井はさらに祀り上げられてしまった。人間よりも供えられる酒や穀物、新鮮な野菜や果物の方が好きなだけなのだが。
 面倒な事になってしまったと思う反面、捧げられる供物の品質が上がったので良しとする。松井はこの地を守る慈悲深い神様として、悠悠自適な生活を送っていた。

 悠悠自適に暮らしている職業・神様の松井だが、神様には定期的な集まりがある。案内が来るたびに理由をつけてのらりくらりと躱していたが、ここ最近は欠席する事に対して口煩くなってきた。そろそろ顔を出した方が得策かもしれない。一度だけの我慢とこれからの煩わしさを天秤にかけた松井は、重い腰を上げて年に一度の会合に出席した。
 神様としては新米の松井。会合の場では並み居る古老の神様連中から小言をもらってばかりだった。やれ眷属を作れ、そろそろ贄を受け取れ、神としての位がどうのこうの――。出席したのは失敗だった。松井は開始早々に中座したくなった。
 眷属を作る気は無いし、贄は取りたくない。神様としての仕事は黙々と行っているが、出世欲は無い。しかしそれではいけないと言われる。次から次へと積み重なっていく小言。右から左に受け流していた松井だが、ついに堪忍袋の尾が切れた。そこまで言うなら一人だけ供犠を受け取る。取ったら最低でも向こう千年は受け取らない。松井はそう明言した。そして帰って来てから後悔し、頭を抱えた。
 神様の言う事は絶対だ。明言してしまった以上、やるしかない。『誰でもいいから一人、次の満月の夜に贄を寄越してくれないか。』松井はひどく申し訳ない気持ちで、自身が寝起きする社を手入れする人間に依頼した。
 翌朝、人間達は上から下への大騒ぎだった。かつての大飢饉の時でさえ贄は不要だと返した慈悲深い神様が、神職の夢枕に立たれて人身供犠を所望した。これは神託だから逆らうわけにいかない。
 贄として捧げるなら生娘だろう。見目麗しくて瑞々しい健康的な年頃の生娘はどこにいる。神託とはいえ、該当者のいる家は差し出す事を渋った。当たり前だ。何もせず後から返すので一旦差し出すだけ差し出して欲しいと、再度夢枕で告げようか。しかし煩い古老達にバレたら後が大変だ。この土地に住む人間達に何をするかわからない。この土地は松井の領域。松井を神様として大切に扱ってくれる人間達を守ってやらねば。松井は悩み始めた。しかし妙案が思い浮かばない。
 松井も人間達も解決策を出せぬまま、満月の夜はやって来てしまった。

「気が進まない……
 荒天なら今夜は日が悪いからまだ受け取らないと延期できたが、夜空には憎たらしいほどに綺麗な満月が輝いている。月の神様、ちょっと張り切り過ぎじゃないですかね。松井は恨めしげに満月を見上げると、特大のため息をついた。
 今頃、社の中では贄となった人間が松井の訪れを待っている。社の裏に広がる林の中で悪あがきをしていた松井だったが、一人その時を待ち続ける者の事を思うと、いい加減に腹を括らねばならない。
 受け取るだけ受け取って、ほとぼりが冷めた頃に返そう。まったく手をつけないのも後から揉め事を引き起こしそうなので、形式上だけどうにか……と、松井は画策しながら社に戻った。
 社の扉は松井の訪れのために開いていた。一条の月明かりが照らす、祭壇に置かれた真新しい供物。祭壇の前で扉に背を向けて座る、顔を伏せた白い装束の人間。正直な事を言うと、祭壇にある酒と果物の方が松井には魅力的だった。しかし捧げられたからには受け取らねばならない。この人間の警戒心を解くためにまずは挨拶から入ろう。松井はこんばんはと声を掛けようとして留まった。人間達の話だと捧げられるのは『見目麗しくて瑞々しい健康的な年頃の生娘』だったはずだ。この贄はどう見ても生娘ではない。
 松井はこの土地の神様だから、ここに住む人間達の事はすべて知っている。当然、この人間の事も知っていた。確かに、年頃だし健康的だし瑞々しくて見目麗しい。人身供犠としては文句なしの人間だ。でもこの人間、生娘ではない。生娘以前に、そもそも娘ですらなかった。
「どういうことだ……?」
 神様の声は人間に聞こえないが、松井の気配には気づいたみたいだ。伏せていた顔が上げられ、松井を探すように辺りをきょろきょろと見回している。松井はそっと近づくと、隣に座ってその手に触れた。これでこの人間は松井の姿を見る事も、声を聞く事もできるようになった。触れられた事に気づいた人間の視線がじっと松井に注がれた。
 真正面からまじまじ見られると恥ずかしい。ぽぽぽと松井の頬に赤みが差した。この人間はそこら辺の神様よりもうんと整った顔立ちの美丈夫、見目麗しくて瑞々しい健康的な年頃の青年だった。
「その、どうして君が?」
「健康的な年頃の生娘がいなかった」
 松井の問いに青年はあっさりとそう答えた。年頃の娘はいるが、病を患っていたり伴侶がいたりする者達ばかりで、人身供犠に相応しい者がいなかった。しかし神様の言う事は絶対。どうにかして贄を用意しなければ。土地の人間達は必死に考えた。……条件を一つ外せば、当てはまる者がいる。神様は誰でもいいとの仰せなので、娘ではないがこれでお許し頂きたい。そんな経緯で彼――豊前は贄に選ばれた。
 あずかり知らぬところで選ばれた豊前はあれよあれよという間に身を清められて着替えさせられ、夜の社に連れて行かれ松井の訪れを待てと言われた。ようやく豊前は気がついた。自分が神様への捧げ物に選ばれたのだと。
 神様の言う事は絶対だから、逃げる事は許されない。怯える事も嘆く事もなく、豊前は神様に捧げられるその時を一人で静かに待っていた。
……僕から贄を差し出せと言ったのだから、僕には君を受け取る義務がある」
 苦々しい口調で発せられた松井の言葉に、豊前がぴくりと反応を示した。
「それは食われるっつーことでいいのか?」
「食べられる、か……。比喩表現をすればそうなるね」
 彼は松井の言葉を理解しているのだろうか。顔色一つ変えない豊前に、松井の方が不安になってきた。遠回しでは伝わらないのだろうか……
「僕は人肉を好まない。しかし君を受け取ったと示す必要がある」
 松井は豊前の手をぎゅっと握った。これで松井の意図が伝わっただろうか。豊前からの返事は無い。
「大丈夫。すぐ終わるから、楽にし……て?」
 ぐるん。一瞬体が宙に浮いた感覚がして、松井の視界に社の天井が飛び込んできた。しかし視界は美丈夫によって遮られた。見上げても美丈夫は美丈夫。色男好きの神様に見せたら両手を上げて喜びそうだ。松井は少々場違いな事を考えた。
「ごちゃごちゃ言ってっけど、要するにまぐわえってことだろ」
 松井が濁していた言葉を豊前はあっさりと口にした。実際その通りだから何も言い返せないのが悔しかった。それにこの状況は何だ。神様が自分の社で人間に押し倒されるだなんて、聞いた事が無い。
「僕、神様なんだけど……
「知ってる」
 やり取りの合間に松井の衣服がてきぱきと脱がされていく。この人間、手慣れているなと松井は思った。この土地の人間達の事はすべて知っているけれど、必要以上には立ち入らないようにしている。もしかしたら松井が知らないだけで、彼には懇ろの人間がいたのかもしれない。
 ――ちくり。ささくれが刺さった時のような、小さな痛み。松井はふいと顔を背けた。しかしすぐに両手で柔らかく包み込まれて、目を合わさせられてしまった。
……優しくすっから」
 じっと至近距離で見つめられ、甘ったるく囁かれる。うっと言葉に詰まった後、松井は降参した。人間に負けるだなんて神様の名折れ、情けないと思う。でも、勝てないものは勝てないのだから仕方ない。
ぱたんと社の扉が閉まる。松井の神通力だった。


……で、この後どーなるんだ?」
「しばらくしたら返すよ。本当は贄なんて取りたくなかったし」
 翌朝、松井は豊前にこれからの事を聞かれた。売り言葉に買い言葉で啖呵を切ってしまっただけで、松井は贄なんていらないし、供物として受け取るなら酒と穀物と果物の方がいい。それに君も帰りたいだろうと松井が豊前に言うと、豊前はきょとんとした顔を見せた。
 別に帰りたいとは思わない。豊前の否定に松井は面食らった。随分と昔に仕方なく受け取った贄は、家に帰りたいと泣いていて、何もしないし直ぐに帰してあげるからと宥めるのが大変だった。贄として神様に捧げられる事は名誉だと言うけれど、その反応が普通ではないのだろうか。
「その、家族とか好い仲の者とか……
「親兄弟はもう死んでるし、好い仲の奴なんかいねーっちゃ」
 今日から神様の身の回りの世話をすればいいのかと、豊前は軽い調子で尋ねてくる。昨夜から松井は調子を狂わされっぱなしだ。中央の神様連中が見たら色々と言ってくるに違いない。松井だって好きで調子を狂わされているわけではないのに。
……食われるんだって覚悟してたから、生きてんのが信じられねーんだ」
「そう……
「戻ったところで誰も待っていない身だ。神様さえよければここに置いてもらえないだろうか」
 豊前は居住まいを正してと松井に向き合うと、すっと頭を垂れた。豊前の所作に松井は思わず見惚れてしまった。神様がいいと言うまでは、頭を上げる事はできない。豊前はずっと平伏したまま、微動たりともしない。松井の視線がうろうろと右往左往する。
「よ、よろしくお願いします……
 松井の言葉で顔を上げた豊前。後に松井はこう述べる。あの時の彼の顔は光り輝いていて、とても眩しかったと。おそらく僕よりも輝いていたと。今まで会ったどの神様よりもきらきらしていたと。



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