ナガレ
2021-09-03 20:56:47
11355文字
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SSまとめ(その2)だいたいぶぜまつ

すべてページメーカーで作って上げた小ネタの再録です。(手が滑った豊前の話、ピアスの話、まつ愛でタイムを邪魔される話、酔っ払い豊前の話、夕涼みの話)


【夕涼み】
縁側、柳眉、流し目、蚊帳。夏のぶぜまつが書きたかったから書きました。

『筑波嶺の姿涼しき夏衣』
そんな一節を初めて聞いたのは一体いつの頃だったか。

「松井?こんな所で何してんだ?」
「豊前」

夕方、内番を終えて汗を流した豊前が廊下を歩いていると、縁側に腰掛けている松井を見つけた。松井の手には金魚の絵が描かれた団扇が握られている。それは万屋で配られているもので、豊前も朝顔の描かれた団扇を持っていた。
何をしているのかと声を掛けられた松井が、豊前を見上げた。膝の上には水菓子が入っていたと思わしき、空になった硝子の器。薄い赤色の水に爪楊枝が浮かんでいた。

「ここ数日、急に暑くなっただろう。体がついていけなくて弱っていたら、厨当番が夕餉に出す西瓜の端をいくつか出してくれたんだ。ありがたく頂戴するついでに夕涼みをしようかなと思って」

冷房の効いた部屋に居続けるのも、それはそれで体が疲れてしまうのだという。初めての夏ではないのに情けないと、松井は苦笑した。このまま僕は溶けてしまうのかと嘆いたら旧知の男士に笑われてしまったのは、松井の初めての夏にまつわる少し苦い思い出だった。

「隣、いいか」
「構わないよ。どうぞ」

豊前は松井の横に腰を下ろした。昼間のさんさんと降り注ぐ日差しに比べれば、日が傾いて風の出てきた夕方は比較的過ごしやすい。軒下の風鈴がちりんと音を立てた。昼間の熱気の残りがもう少し収まれば、夕涼みにはちょうどいい場所だ。松井がこの場所を選んだのも頷ける。

……それ」

自分で仕立てたのかと豊前は松井に尋ねた。初めて見る、彼の軽装の色によく似た濃青色の浴衣。昨年の夏は着ていなかったはずだ。

「僕の軽装は夏向きではないからね。襟巻を外したとしてもあれは暑い」
「そーだな」
「篭手切が今年は皆で夏祭りに行きたいと言っていたし、思い切って仕立てたんだ」

だからこれは浪費ではないと言いたいらしい。豊前は自分の軽装の事を思い出した。春先に一度広げた後、どこに入れたんだっけ。確かあの行李の中に入れたはずだから、今度の非番にでも探そう。夏祭りに誘われる前に。豊前は頭の中の予定表に書き込んだ。

「近く連隊戦もあると聞くし、暑い日が続きそうだ。ふふっ。こんなにも暑いと血が……
「滾る?」
……僕の台詞取らないでよ」

最後まで言わせてもらえず口をへの字に曲げた松井だったが、豊前が悪かったなと謝るとすぐ元に戻した。夕刻とはいえまだ暑いねと、団扇で自身を扇ぐ松井の髪が揺れた。

「そーいや、主が今日か明日辺り庭で蛍飛ばすって言ってた」
「蛍?花火ではなくて?」
「花火は連隊戦終わってから、打ち上げがてら派手にやるんだと」

執務部屋の前を通り掛かったら楽しそうに準備していたと、豊前は松井に教えてやった。本丸花火大会に係る経費のあれこれが、きっと松井のところにも回ってくるだろうから。

「去年みたいや花火大会になるのかな。楽しみだ」

松井は去年の花火に思いを馳せた。去年の花火大会は、折角だからみんな揃って始めよう誰かが言い出して、その場にいたほぼ全振りが一斉に手持ち花火に火をつける事になった。
誰かが音頭を取って、三、二、一、点火――と揃って火をつけるところまではよかった。ばちばちと火花が出た途端に白や灰色の煙が庭中に広がり、大騒ぎから始まったのを覚えている。
花火がお開きになった後はどうしたんだっけ。床につこうとしたけれど体についた火薬の匂いがどうしても気になり、夜中にこっそり湯浴みをしていたら豊前もやって来て……。松井は思い出す事をやめた。

「今夜も暑くなりそうだね」

扇ぎながら松井は豊前を見やった。顔を傾けた事で髪が靡き、松井のうなじが晒される。

――緑の髪に風薫る、柳の眉のながし目に。

豊前は少しどきりとした。

「蚊帳を吊ったらもっと風情が出る気がする」
……そーいうのはあれだ、雅や風流がわかる奴らに聞いてくれ」
「僕は豊前の意見が聞きたい」

どこか嬌めいた笑みの松井が豊前の服の裾を引く。それは反則だろうと、豊前は思わず視線を逸してしまった。

「豊前?」

松井が日中自室にいる事は少ない。つまり蚊帳の出番は夜。そして自分の意見を聞きたいという。要するにこれはそういう事、松井なりのお誘いだと豊前は理解した。
夕涼みをしていたはずなのに、これじゃちっとも涼しくなれない。夕飯前だからと我慢せずに、冷凍庫から氷菓を貰ってこればよかった。
お前って奴は……と呟いたきり黙り込んでしまった豊前に、松井が目に見えて狼狽え始めた。あの、その、と言葉を続けようとしたが何も出てこなくて、松井は裾から手を離して俯いてしまった。調子に乗り過ぎてしまったのかと、自己嫌悪に陥りかけていた。
違う。そんな顔をさせたいわけじゃない。ただ、不意打ちだったというだけで。風情とか趣きとかいうものは疎いが、遠回しないじらしい誘いを無碍にするほど野暮でもない。
豊前は少々気まずくなった雰囲気をかき消すかのように勢いよく立ち上がった。

「蚊帳吊りなら今日の夜にでも手伝っちゃる。……部屋の鍵、開けとけ」

ひょいと松井の膝の上の器を取ると、豊前は厨に向かった。空の器を返すついでに、自分も何か冷たいものを貰ってこよう。そうでもしないと、顔の熱が引きそうになかった。


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並んで蛍を眺める夜もいいし、蚊帳の中で致している夜もいいよね。


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