ナガレ
2021-09-03 20:56:47
11355文字
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SSまとめ(その2)だいたいぶぜまつ

すべてページメーカーで作って上げた小ネタの再録です。(手が滑った豊前の話、ピアスの話、まつ愛でタイムを邪魔される話、酔っ払い豊前の話、夕涼みの話)

【手が滑った豊前の話】
豊前江のとある朝。神様のような存在だけど限りなく人間らしい刀剣男士が好き。

朝、豊前江はぼんやりと歯を磨いていた。ここの主は身だしなみにうるさい。その影響を受けた初期刀や近侍勢もうるさい。寝起きのだらしない姿で朝餉の場に出ようものなら、問答無用で広間から追い出されてしまう。朝から食いっぱぐれる事は避けたい。
口を濯いで歯磨きを終えたら、次に顔を洗うのがいつもの流れ。前髪が多少濡れるのは気にせず、冷たい水をバシャバシャと顔に浴びせる。少しずつ目が覚めてきた。しかし頭の中はまだぼんやりとしている。
ここまで寝起きでぼんやりとしている事は少ないのだが、昨晩は夜更かしが過ぎた。就寝前に仲間内で始めてしまったげーむの対戦が多いに盛り上がり、気づいたら時計の針はてっぺんを回って午前様だった。
しかし遊びの手はなかなか止められないもので、同室の刀が明日は朝一で出陣予定なのにちっとも戻ってこないと、とある刀の相棒が乗り込んでくるまで夜更しは続いた。
豊前は石鹸を泡立てて顔につけるとカミソリを手にした。先述の通りここの主や元締め刀達は身だしなみを重視するので、広間に入るためには歯磨き洗顔髭剃り必須。打刀以上の者達には日用品としてカミソリが支給されている。
そう、打刀以上になると何故か無精髭らしきものが生えてくるようになるのだ。中には生えてこない者もいるが、たいていの刀には生えてくるので渡される。刀剣男士としての見た目年齢によるものらしい。刀なのに不思議な話だ。
ちなみに脇差達は吹き出物(と言うと怒られるのでニキビ)ができる。できたところで特に気にしない者もいるが、同胞の脇差はかなり気にして日頃から手入れを怠らなかった。本刀曰く、歌って踊るあいどるにはニキビなんか不要とのこと。朝晩せっせと肌の調子を整え、見つけたらすぐに薬を塗ったりしている。豊前には今ひとつわからないが、大変そうだなとは思う。
そんな調子で豊前がぼーっとしながら刃を滑らせていたら、鼻の下の変なところに泡がついた。気づくと何だかむずむずしてきたので、指で拭おうとした。だが、それよりも早く生体反応がやって来た。

――くしゅん。

「い゛って!」

手が滑った豊前は一気に目が覚めた。顎の辺りからざりっと聞こえた気がする。隣で同じように身だしなみを整えていた桑名がこちらを向いた。彼は前髪を上げたところを見た事が無いと言われているが、今はしっかりと上がっている。額も目元も丸見えだ。しかし辺りに豊前以外には誰もいないので、残念ながら今朝も目撃者皆無のまま終わりそうだ。

「あちゃー。豊前、やっちゃったん?」
「やった」

豊前が鏡を覗き込むと薄く赤色が滲んでいた。次に出陣した時、手当のついでに直してもらおう。それまでは少々かっこ悪いが仕方ない。寝ぼけていた自分が悪いのだから。りいだあのお顔に怪我が!と嘆かれて怒られるんだろうなと、豊前は少し遠い目をした。
そうこうしていると、少し遅れて起床した松井がやって来た。

「おはよーさん」
「おはようー」
「うん、おはよう……

まだ眠たそうな松井がじっと豊前の顔を見た。焦点がぼやけた気怠げな瞳に見つめられ、少しばかりドギマギする。それでも豊前は至って普通に冷静に、どうかしたのかと松井に聞いた。

「そこ、血がついてる」
「血?ああ、これか。うっかりカミソリでやった」
「カミソリ?痛そうだね……

そう言うと、松井は豊前の肩に手を置いた。

「松井?」

――べろん

肌に舌が這う生々しい感触。背中がぞわりと粟立ち、豊前は思わず後ずさった。下手人の松井は頭の上にハテナを浮かべて首を傾げている。

「ほら、松井はさっさと顔洗って目を覚ます。豊前もそういうことやりたいなら他でやって」

冷ややかな視線で豊前と松井を一瞥し、桑名はお先に?とひらひらと手を振ってその場を立ち去った。こら桑名ちょっと待てやりたいならって何だ。あらぬ疑いをかけられた豊前が反論するよりも先に、桑名は廊下の向こうに消えていた。
桑名、あとでシメる。豊前はそう決意した。隣では洗顔を終えた松井がふうと一息ついていた。

「ところで松井サン、さっきのは……?」
「小さな怪我なら舐めておけば治るんだろ?というか、松井サンって何?」

舐めときゃ治るって、誰だそんな事を松井に教えた奴は。……俺か。まだ松井が顕現して間もない頃、日常生活で小さな怪我をした彼にそんなような事を言った気がする。豊前は特大のため息をついた。

「豊前?どうしたの?痛い?」
「別に痛くねーよ。放っときゃそのうち血も止まる。何でもねーっちゃ。さっさと行くぞ。朝飯食う時間なくなるけん」

豊前は松井の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

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