台風一過

嵐の夜に迷子になった天化くんと、心配するコーチ。一緒に探す太乙さんと普賢さんの話。
「天化、来ていないか」

屋根を叩く雨音が部屋に響いていた。その背中はさっきから変わらず窓の前で微動だにしない。
すっかり日が落ちた窓の外は真っ暗で、何が見えるわけでもないのに、滝のように雨が流れる硝子の向こうを凝視したまま。ちらりと見た横顔は表情ひとつ変わらず、瞬きすら惜しむように大荒れの夜を見つめている。
太乙はそっとため息をついた。

道徳が洞府に駆け込んできたとき、まだ雨は降りはじめたばかりだった。これから夜にかけて本格的に雨足が強まると聞いていたから「きみが本気で走れば、土砂降りになる前に帰れるんじゃない」と笑いかけようとして言葉を遮られた。
「天化、来ていないか」
「てんか?」
「俺の弟子だ」
そういえば新しく弟子を取ったから、紹介がてら連れていくと言っていたのが今日だった。天気が崩れるようだったからてっきり別の日にするのだと勝手に思っていたのだが。
「いや、来てないよ。一緒じゃなかったんだ?」
ああ、と落胆の息を吐いて、道徳は「はぐれた」と呟いた。
「はぐれた……? ええ?」
ようやく太乙は、いつも楽観的な同僚がひどく取り乱していることに気づいた。頬がいつになく青ざめている。おそらく、相当まずい事態だ。
雨が降りそうだからちょっとペースを上げていくぞと言って、紫陽洞を出た。いつもより心もち早足で、それでも背後に子供がついて来ているのを確かめていた、つもりだった。しばらく行ったところでふと振り返ると、そこに彼の姿はなかった。
「思い当たるところを探したが見つからない。もしや先に着いているかと思ったんだけど。いや、そんなはずがないんだが、もしかしてってこともあるし、」
つとめて冷静に話しているつもりだろうが、情報と感情とが錯綜している。珍しく、かなり慌てている。
ここに来たばかりの道士が道を知っているわけがないことは、道徳ももちろんわかっている、だとすれば来た道を何度も往復し、さんざん探し尽くした末に困り果ててここに来たのだ。嵐は二、三日で過ぎるというが、夜になれば気温も落ちる。まだ右も左もわからない、修行をはじめて間もない子供がその二、三日を耐えきれるかどうか。
雨音も風の音もどんどん強くなる。
「どうする?」
控えめに訊ねてみたが返事はなかった。