無窓居室
2023-09-13 22:51:07
5531文字
Public
 

アンファン・テリブル

フォロワーさんの手芸のぬいぐるみを見ているうちに可愛い話を書きたくなったのですが、自分に可愛い話なんて書けるわけなかった。
😈👹未満のむず痒い話になります。



アンファン・テリブル Ⅲ


「ね、ちょっとだけでも食べてみない?」
「やだ!」
「美味しいよ、さとし先生はどっちも好物だな」
「むり!アタシはきらいだもん」

 給食の時間、さとしはアカネの机の前でもう十数分は説得を繰り返していた。皿の上には鰯の塩焼きと大豆の煮物が手つかずのまま残されている。他の子ども達はお昼休みの遊びを始めているのに、アカネ一人だけが頑として身動きせず椅子に座ったままだ。

「お魚もお豆も体を作るのに大事な栄養が詰まってるんだよ、食べなきゃ強くなれないぞ」
「それでも、やだぁ……

 健康優良児のアカネには意外に好き嫌いが多い。発育に影響するようなものではないが、保育士としては将来のためにも好みの偏りはできるだけ和らげてあげたいところだ。
 そのためにさとしは他の子が食べ終わりはじめた頃から励ましたりなだめたり、手を尽くしてアカネの箸を動かそうとしたものの結果はこの通り。食材の美味しさをプレゼンする作戦も空振りに終わったのでアカネの興味を引くような切り口から攻めてみようとしたが、アカネにも食べられない自分が情けないという思いがあったのだろう。一口も減っていないおかずを前に、とうとう泣き出してしまった。

「あわわ、アカネちゃん!なにも泣くこと
「おなかすいたです〜」

 慌てるさとしの横からバニラちゃんが顔を出す。給食を真っ先に食べ終えてからそう経っていないはずなのに底なしの食欲だ。

「アカネちゃん、これいらないなら食べてあげます、いただきま〜す」

 言うが早いか二品のおかずは吸い込まれるようにバニラちゃんの口へ消えた。さとしの目にはバニラちゃんがいつ箸を手に取ったのかさえ見えなかった。

「早っ!?てか駄目だよ勝手に!給食はちゃんと大きくなれるように一人一人……
「だってアカネちゃんが食べられなかったらムダになっちゃいます、もったいないです〜」

 突然の騒ぎに泣き止んだアカネは、バニラちゃんとさとしの間でまだ涙に濡れた目を瞬いている。何が起きたか分からないといった様子だ。バニラちゃんはそんなアカネの鼻先まで近づき、据わった目つきで呟いた。

「まだまだお腹すいてます〜、アカネちゃんのお顔、ふくふくしてておまんじゅうみたい。子どものほっぺたって柔らかくて、あったかくて、目もお鼻もマジパンでつくったお菓子っぽくて
「バニラちゃんだって子どもでしょ、ってまさか……
「アカネちゃん、おいしそうです〜!!」
「わーっ!!!」

 目を輝かせたバニラちゃんがアカネに飛びかかろうとし、さとしが決死の思いで止めに入ったとき、三人の中に黒い影がすべり込んできた。

「そこまでです!バニラさん、アカネさんはたべものじゃありませんよ」
「はっ……そうでした」

 正気を取り戻したバニラちゃんがこぼれた涎を拭く。アカネは話についていけないままだ。
 アカネちゃん以外も食べないでよ、と一人ごちるさとしをよそにブラックが交渉を始めた。

「これからはアカネさんが残したおかずをたべたいときは、オレちゃんのお皿からとってください」
「アカネちゃんのおかずを食べたいのに、ブラックさんから?」
「そしたらバニラさんに差し上げたおかずとおなじものを、オレちゃんがアカネさんのお皿からいただきますから」
「何その不毛なおかずロンダリング……

 思わずさとしはツッコミを入れたが、当の二人は大真面目に契約の手続きに入っているようだ。

「これなら勢いあまってアカネさんをたべてしまうこともないでしょう?」
「分かったです〜、おかずもらえるなら何でもいいです〜」
「いやそれ分かってないだろ!!」
契約整理ディール!」
「二人ともアカネちゃんの給食を勝手にアカネちゃん、本当にそれでいいのかな?」

 珍しく強い口調でさとしが問いただすと、アカネは少し考えた後に、さっきまで泣いていたとは思えないほどきっぱりと答えた。

「いいよ。アタシにはどうしてもたべてあげられないから、バニラちゃんの言うとおりすてられちゃったらおかずがかわいそうだもん。でも、せんせいが言うように給食はえいようをかんがえて作ってもらってるんだから、これからはアタシも一口だけはたべるようにする。二人がいっしょならがんばれそうだよ」

 そう言われてしまえばさとしにも返す言葉がない。なし崩しに契約を黙認することにした。

「アカネちゃん、おかずありがとうです。美味しかったです〜」
「こっちこそ、たべてくれてありがとうな!外でドッジボールやろうぜ!!」

 残りわずかなお昼休み。仲良く教室を出ていくアカネとバニラちゃんを見送るブラックの目つきに、どうにも男としてのシンパシーを感じざるを得なかったことは、保育士としての判断には影響しなかったと思うのだけれど。

(あの子にも、ヤキモチなんて妬くことがあるんだな)

 片付けられた食器の入ったワゴンを押しながら、さとしは心の中で微笑んだ。


 2023/10/20